外伝 その後 年明けにて。
今回のは本編のその後にあたる、お正月のお話です。あんまり関係ないです。
玄関のチャイムが鳴り、来客を知らせた。
時刻は11時42分。こんな夜遅くに家を訪ねるなど、非常識極まりない。一体どこのどいつだ。
扉を押し開けると、懐かしい糸目の女が笑っていた。相も変わらず着物の上から羽織を羽織っており、右手に甘酒の缶を持っている。
左袖は寒そうに風になびいていた。
「いや〜、久しぶり。ごめんね、なかなか顔出せなくて。ちょっとゴタゴタしててさ」
「それはいいんですけど、大晦日ですよ?しかもこのタイミングで来るなんて…」
「うん。君ん家で年を明かそうと思ってね。残念ながら、君ほど親しい友達居ないしねー」
「はぁ……いやまぁ、私もカンナさんが来てくれて嬉しいですけど……来るなら来るって言ってくださいよ。部屋もあんまり綺麗じゃ無いですよ?」
「いいよいいよ」
カンナさんはケラケラと笑いながら家へ上がってきた。
「というか、イマドキ和服なんて誰も着ませんよ。目立ちませんか?」
「まぁね。私達があちらで日本に執着している間に、日本は日本の文化を忘れていくなんて皮肉なものだね」
そう頷きながら、カンナさんが居間の炬燵に足を突っ込む。
「そうですね」と笑いながら、私もカンナさんの向かい側に座る。
テレビをつけるともう紅白歌合戦は終わっていた。
今年も終わりかぁ、もう正月とは光陰矢の如しですな、と考えながらテレビの画面を眺める。
ふと、カンナさんが鞄から1冊の分厚い本を取り出した。
「これこれ、覚えてる?君が私達を地球に返してくれる時に、『私を忘れないでください』って言って渡してくれた日記」
その本は、もう何年も昔から描き始めた物だった。今生の別れになると思い、カンナさんに託した本だったのだが……
「私もこちらに来るなんて考えていませんでしたからね。そんな恥ずかしいモン、引っ張り出して来ないでくださいよ」
「はっはっ、良いじゃないか。君がこんな視点で物事を捉えていたとか分かって、案外面白かったよ。それに、これを渡してくれた時のあの顔。可愛かったなぁ。いや〜、懐かしいなぁ」
微笑みながら、彼女の指が本の背を撫でる。
彼女の指がその古ぼけた日記をなぞると、その本を購入したあの世界を思い出す。
甘酒にアルコールが入っているのか、カンナさんは顔を赤くしながらその本を恍惚と眺めている。
「はぁ……なんで戻ってきちゃったんだろ」
「良いじゃないか、良いじゃないか。私はこうやって君と話せてとっても嬉しいぞ?君はここに居ていいんだよ」
カンナさんは笑いながら机を甘酒の入った缶で、数回叩いた。
「それに……あの世界が夢幻じゃなかったって再確認出来て、私にとってはとても大切な物だよ」
伏せ目がちにふっと笑ったその顔はやけに艶めかしく、少しどきりとしてしまった。
目をそらそうとして気づく。
時刻はもう12時13分になっていた。
「や、カンナさん、12時過ぎてますよ。あけましておめでとうございます。ハッピーニューイヤーですよ」
「ん?あ、ほんとだ。今年も、これからもよろしくね」
カンナさんが近くに居ると、やっぱり戻ってきて良かったなぁとしみじみ感じる。
未練がない訳では無い。あちらで過ごせたらな、とは思う。
だけど、今やこの世界には、私の新しい居場所が築き上がっている。大切にしたいし、しなくちゃいけない。
もし、あの世界に戻れるよと言われても、今の私ならここに留まると答えるだろう。
あぁ、生活がどんなに辛くても、私は今とっても幸せなのだ。
カンナさんの安心しきった顔を見ると、そう思うのだ。
「んへ?なんだいなんだい、見とれちゃって。そんなに私が綺麗かしら?」
「いや、別にそんなんじゃないですよ」
「もー、素直じゃないねぇ…このっ!」
完全に出来上がっちゃったのか、カンナさんがへらへらと笑いながら掴みかかってくる。
流石に、昔は序列持ちの冒険。なかなかに力が強くて振り解けない。
だが、こんなくだらない事でも心底楽しく思った。
「変わりましたね、私も…」
新年の夜、あの世界での出来事は無駄ではなかったのだと痛感する。
窓を見やると雪が降り初め、地面を斑に白くしていく。
この時間が続くならば、私はどんな困難にも立ち向かえる。そんな気がした。
あけましておめでとうございます。今年度も、どうかお付き合いくださいませ




