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sideギルベルタ2

部屋を出ると糸目のキョウ人は居らず、代わりに鈍臭そうなメイドがエリザの部屋まで案内する事になった。


「……エリザ嬢は7歳なのよね?」


広く長い廊下を歩きながらメイドに尋ねる。


「はぇ?あ、ええ、そうですよ〜」


そうすると前妻との子か。ならばあのキョウ人は何者だ?

自分の推理が外れているそうで、ギルベルタは眉をしかめた。いや、本来なら詮索しなくても良い所だが、なにか自分の中で確かめておきたいと言って引っかかるのだ。


「あ、あの〜?なにかぁ?」


「先程、私を部屋まで案内してくださったキョウ人の女性がいらっしゃったのですが、あの人はどういった関係でこの屋敷に居るのですか?」


「あぁ、多分カンナさんですね〜。キョウ人なんて、カンナさんしか居ませんし。カンナさんは、去年から雇われてる魔法の先生ですよ〜。最近では『刀』っていう剣みたいな武器の扱い方も教えてらっしゃいますね〜。カンナさんも住み込みで働いてるので、何度か顔を合わすと思いますよ〜」


「なるほど」


ギルベルタは再び思案する。つまり、彼女も客人の類であるはずだ。そんな彼女がなぜ、使用人の様な真似をしてギルベルタを案内してくれたのか理解に苦しんだ。

メイドが言った。


「カンナさんは手が空いてる時、私達が忙しそうにしてると、代わりに仕事をしてくださったり手伝って下さったりするんです〜」


そう言う性分なのだろうと、浮かぶ疑問を押し潰した。


「……ところで、先程そこそこ上手な演奏が聞こえたのだけれどどなたが弾いていたのでしょう?」


「んぇ…?この屋敷だとエリザ様しかピアノは弾けませんよぉ」


「そうですか。誰からピアノを教わったのですか?」


「ん〜…誰からでしょうかぁ。ピアノを購入したのもつい1週間前くらいですし、教える事が出来る人なんていませんしねぇ」


「誰からも習っていないのにあんなにピアノを弾けるものですか」


「あれ?そうですねぇ。おかしいですねぇ。でもぉ、上手なんですからいいじゃないですか〜」


能天気そうに笑うメイドにギルベルタは頭を抱えた。

さっきのキョウ人といい、習ってもないピアノを弾ける御息女といい、この脳天気なメイドといい、まともそうな奴は居ないのかと嘆いた。


メイドが扉を3回叩く。

どうぞと声が帰ってくる。

メイドが扉を開くと、ピアノ椅子に座っていた少女が椅子から飛び降りた。


「あなたがギルベルタ先生ですね?御機嫌よう、私はエリザ・フォン・ロードランと申します」


エリザはドレスの両裾をつまみ、挨拶をする。

金色に輝く瞳が真っ直ぐにギルベルタを見つめた。







何故ピアノを弾けるのかという問に、エリザは微笑むだけだった。

弾いていた曲についても同じである。

彼女は指もよく動き、私ほどではないが随分熟れた様子である。おおよそ初めてには思えないが、メイドや周りの者の話を聞くにピアノに触れたのはつい1週間前くらいだという。

聞くところによれば、エリザは魔法も武術も長けており、王国騎士団の副長を圧倒する程だそうだ。

天才。その言葉が頭をよぎった。ギルベルタはその言葉が嫌いだ。

あの男の影がちらつく。

人がどんなに努力しようが、それを嘲笑うかのように超えていく。少しでも努力しようものならあっという間に成長する。

そして今、唯一ギルベルタが得意だったピアノにおいてすぐに抜かされそうなのである。

練習曲を弾かせている間、彼女はずっと眉を歪めていた。



なにか失敗したら嫌になるくらい叱りつけてやろう。しかし、ロウダ卿の言葉を思い返す。

「娘にいい思い出を作ってやって欲しい」

腹立たしい事だが、あの男は良い人間なのだろう。何の翳りもなく、ただひたすらに娘を想っている目をしていた。

一瞬顔を合わせただけだが、彼が悪い人間では無い事はわかった。

そんな彼を裏切る様なことは心苦しい。


娘が生まれてからロウダ卿は表舞台から姿を消した。この一見なにも考えていなさそうな娘にも、何かがあるのだろうか。


「先生?先生!」


ピアノの音のような透き通った声に、意識を現実に戻される。


「大丈夫ですか?ご気分が優れないようでしたらお休みになされますか?」


心配そうにギルベルタを覗き込む瞳は、ギルベルタの心をいっそうざわめかせた。


なんだその目は。なんで私を見つめる。なんでそんな綺麗な目をしているのだ。雇い主だと言うのにどうして私をそんなに心配する。どうして―――


「いえ、あなたに心配される程じゃありません。そんな事よりも、あなた弾き始めの位置が違いますわ。灰色のところに親指を起きなさい。それから、楽譜を読むのが遅すぎます。こんな事も出来ないようではピアノなんて出来ませんわ」


口をついて、ついついキツい言葉を吐いてしまう。いくら教師の立場といえ、侯爵家に楯突くのは悪手である。

それくらい、ギルベルタは十分に理解していた。しかし言ってしまった手前、堂々とするしか無かった。


ギルベルタは額に若干の汗を浮かべながらエリザを見る。

エリザは苦虫を噛み潰したような表情を見せたが、すぐに表情を消し、申し訳ありませんと答えた。


やけに素直なエリザにどこか違和感のようなものを感じながらも、ギルベルタは仕事を全うすることにした。

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