sideサーシャ
ぱっと湧いて出たメイドのサーシャさんの話です。
おはようございます!私はサーシャと申します〜。
ロードラン卿の元でメイドとして、3年ほど前から働かさせてもらっています〜。
私はとにかく鈍臭くて、前の職場で解雇されたのを拾ってもらったのです〜。
ロウダ様もエリザ様も、つい去年からガラッと変わってしまい、困惑しつつある今日この頃でございます〜。
と言っても、良い変わり方をしたので私的には万々歳ですけどね〜。
初めてお会いしたロードラン侯爵様は、とても怖いお方でした〜。とっても不機嫌そうに眉間に皺を畳ませ、ぎっと私を睨みつけておりました。
「娘の世話を任せる。後は好きにしろ」
ぶっきらぼうにそう言い放ちました。娘を大切にしていないのか、この貴族はぁ!そう思いました。
貴族の中にはそういった人もいるので普通のことなのかもしれませんが、納得いきませんでした。
ロードランの英雄とは武勲だけだったんでしょう。怖い人だなぁとビクビクしてしまい、答える声は上ずってしまいましたぁ…。
でも、先輩達はロウダ様の事を根は優しい人なんだと口を揃えて言いますぅ。今はただ疲れているだけで、立ち直ったらきっと昔の優しいロウダ様に戻られるはずだと言うのです。先輩達が言うのですからきっとそうなのかもしれませんが、にわかには信じられませんでした〜。
しかしながら、こんなへっぽこに御息女を任せる理由はすぐに分かりました。
エリザ様の部屋に入った私は、すぐにエリザ様を見つけることが出来ませんでしたぁ。
ベッドに腰掛けているエリザ様は、最初は精巧なお人形さんかと思っておりました。
以前私が勤めていた方の御屋敷では、友達のいない娘の為に大きな人形を作らせていたものですから、その類かと判断したのです。
一切動かず、リアクションもせず、話もしません。絹のように滑らかな紺の髪に、見開かれた大きな黄色の眼。おおよそ生気を帯びていない彼女の目に、私は子供の頃のことを思い出しました。
ちょうど私がエリザ様と同じくらいの歳だったと思います〜。
母に連れられ、王都の大通りを歩いていた時です〜。一体なんのためにあそこを歩いていたかは覚えていないのですが、とにかく立派な人形屋さんが建っていたのです。道に面した大きな窓からは店の中が見る事ができ、沢山の可愛らしいお人形さん達が並べられておりましたぁ。
中でも、少し奥に置かれた紺色の服を着たお人形さんに心を奪われ、母に何度もねだったものでした。今思えばあれほど精巧な人形は相当高いものでしょうし、母には悪い事を言ったなと思います〜。
結局買っては貰えませんでしたが、母が余った布でぬいぐるみを作ってくれました。最初は文句を言っていましたが、今ではとても大切な宝物です。
さて、エリザ様の容姿はまさにあのお人形さんそっくりだったのです。私はもう子供じゃ無いですし、貴族様の御息女でもあります。
抱き上げたい衝動を何とか抑えていましたが、ロウダ様の言葉が頭を過りました。
「後は好きにしろ」
身の回りのお世話さえしっかりしていれば、好きにしてもいいのでしょうか。
ごくりと生唾を飲み込む音がやけに大きく聞こえました。
扉をそっと閉めて、辺りを見渡し、エリザ様にごめんなさいと呟いてから、少しだけ抱き上げました。
そっと抱き上げたエリザ様の体は壊れてしまいそうなほど軽く、とてもほっそりとしておりましたぁ。
ですが、しっかりと感じる体温と、耳元で微かに聞こえる呼吸音は確かに彼女が生きている事を証明していました。
もう一度ベッドに横たえさせ、ごめんなさいと謝りました。
「世話」とは本当に事細かに彼女の生活のお世話の事で、全て私に一任されていました。
着替え、食事、入浴、その日の様子の観察記録、本人は全く動かないので体のマッサージや体位変換など、仕事内容は多岐に渡りました。
ですが、時間だけは沢山あり、エリザ様も全く動かないので鈍臭い私にも十分仕事が果たせ、ある意味充実していたのです〜。
あまりに余裕が出来た時など、エリザ様を着せ替え人形のようにして私が遊んでしまったりもしましたぁ。
ですが、ちょうど去年の春。私は住み込みだったので、屋敷で聞こえた大きな物音に目を覚ましました。エリザ様のお部屋から聞こえたような気がして、恐る恐る廊下を辿って行きました。すると、エリザ様の部屋の扉が少し開いており、廊下に細い光の筋が伸びています。
そして、何か男の人の悲しそうな声が聞こえました。
何事か。夜とはいえ、お世話を任せれている以上エリザ様に何かあっては私の責任になりますぅ。冷や汗をかきながら扉の中の様子を除きました。すると、中に居たのはロウダ様でした。
少しおかしいな?と思いましたが、ロウダ様なら安心安心。そう思い、部屋に戻ろうとした瞬間、もうひとつ部屋の中の異変に気がついてしまいました。
エリザ様が、壁際に倒れており、その首があらぬ方向にぃ…
思い出すだけでも力が抜けてしまいますぅ。声を上げることも出来ず、頭の理解も追いつかず、その日は押しかける勇気も出ず、部屋に戻って朝を待ちました。
ロウダ様は何をしていたのでしょうか。明日から私はどうなるのでしょうか。エリザ様はご無事でしょうか。
ぐるぐると頭の中を不安が巡ります。
ロウダ様とエリザ様が変わられたのはその翌日からです〜。1年経った今でもよぉく覚えています。本当に衝撃的でした。人生で一二を争うくらいの驚きでした〜。
翌朝、寝ぼけ眼でエリザ様の部屋に入り、ぎょっとしました。部屋にはまだロウダ様がいて、昨晩の事を思い出したのです。
気まずく思い、なんと声をかければ良いのか悩んでいましたが、よく見るとロウダ様の背中を2本の小さな腕が握っていました。
その時は本当に驚きましたぁ。昨晩に引き続き、私の頭の中ではてなが渦巻いていました。
朝を告げる小鳥の鳴き声のように優しく、小さな声が聞こえました。
「お父……様?」
それがエリザ様の声であると理解するのに結構な時間がかかりましたぁ。
私に気づいたロウダ様は、2人にさせてくれ、と呟きました。
その日の朝はひとまず顔を洗い、自室で待機しておりました。
その日、屋敷で働いている全ての人が集められました。
先輩達からエリザ様とロウダ様のお話は聞いていましたが、どういう訳かエリザ様の呪いが解けたと言うのです。
果たして今まで自我の無かった子が突然話せるものでしょうかぁ。だって、産まれたての赤ちゃんみたいな感じじゃないの?
なんて考えていたら、そのまた翌日、ロウダ様に呼び出されました。
こ、この流れは……解雇でしょうかぁ。それにあのロウダ様と1対1で向き合うだなんて心臓が持ちそうに無いですぅ。
バクバクと脈打つのが体全身に感じましたぁ。
しかし、ロウダ様のお部屋に入った私は少し安心しました。
いつものロウダ様とは違い、優しげな表情をしていたのです。何か今までの疲れがどっと溢れ出たような、安心しきったような、微睡んでいるような表情でして、私の緊張もどっととけちゃちましたぁ。
「…エリザの呪いが解けたようなのだが、お前には今まで通りエリザのお付きをして欲しい。エリザもそれが良いと言っていた」
「はわぁ…!」
「連絡が遅れてすまない。仕事が無くなるかもと不安だったろう?」
その顔は本当に穏やかで、気配りがよくできて、実はロウダ様じゃないんじゃないかと疑う程でした。
部屋を出るとエリザ様が待ってくれていました。
「サーシャさん、今まで私の介護してくれてありがとうございます」
そう微笑んでくれるエリザ様を見ると、とっても新鮮というか、とても可愛らしかったのです。そのせいでしょうか、私はすんなりとこの事を受け入れる事が出来ましたぁ。
それから、私の仕事は大きく…ではないですが少し変わりました。
エリザ様はお着替えや入浴の際は恥ずかしがり、1人でできます!と私がお手伝いをする事を拒むようになりました。
ですが、1人では心配なので付き添うことだけは何とかお許しを頂きました。
エリザ様はとても勉強熱心で、今までの分を取り戻す勢いで剣や魔法の先生の話をしっかり聞いていました。
魔法の先生であるカンナというキョウの人は何故かエリザ様と意気投合し、最近は私と一緒にいる事が少なくて寂しいと感じることもあります。
ところで、驚いた事にエリザ様は初めてやるはずの事を、まるで何度もやってやり慣れたと言うのくらい熟れたようにする事があります。
こう言ってはなんですが、今まで何もしてこなかったのに自分で自分の体を洗えたり、服は少し慣れていないようでしたが1人で着ることもできて、おおよそ貴族がしないような、料理や自室の掃除なんかもやるようになり、私の仕事がめっきり減りました。
楽ではありますが、これでお給料を貰っているのですから、なんだか申し訳ない気分です〜。
エリザ様は聡く、よく気が付きます。急いでいる使用人がいれば道を譲り、わがままも言いません。
物も欲しがらず、常に一段上から物事を見ているような素振りで、どんな些細なことにもお礼を忘れません。私よりも賢いんじゃないかと思うくらいです。
でも、本当に鼻につくことも無く、私が失敗した時でさえ「失敗してなんぼですからね。慌てなくても良いですよ。ゆっくり丁寧に。サーシャさんにはサーシャさんのペースがありますからね」と微笑んで下さいましたぁ。
あぁ、なんていい子なんでしょう!いったいどうすればこんな性格に育つんでしょうね。
さて、本日はピアノが御屋敷に運び込まれました〜。ピアノなんてロウダ様も使わなければ誰か音楽に明るい人もいません。いったいどこで存在を知ったのでしょうか。
エリザ様は届いたばかりのピアノに興味津々で、すぐにでも弾きたい様子。
でも、弾き方がよく分からないようで困っています。
ふふ、やっぱりエリザ様だって初めて見る楽器なんて弾けませんよね〜
私は弾いたことはありませんが、以前の雇い主様がよくピアノを弾いていたので、こんな感じですと説明してあげるととても目を輝かせてお礼を言ってくれましたぁ。
その笑顔を見ているだけで私の顔も緩みそうでぇ……あぁ、ダメですね〜。今は仕事中ですぅ。
何か知っている曲でもあるのでしょうか。暫くの間同じフレーズを何回か繰り返しながら、考えて込んでいます。
そして指の位置を確認しながら鍵盤の上に手を置くと、何やら綺麗な曲を演奏し始めました。憂いのあるような、どこか陰鬱そうな、ですが、ゆったりと美しい曲でしたぁ。
初めて聴く曲ですが、前の雇い主様にも勝るとも劣らないような見事な演奏だと思いましたぁ。ですが、驚いた事に曲ではなく今適当に考えたと言うのですぅ。
本当に何でも出来ちゃうんだなぁ、とっても凄いなぁ。
ですが、1週間後。ピアノの先生がやって来ました。気難しそうな女の方でしたが、エリザ様ならきっと褒められるんだろうなぁと思っていました。
まさか、あんなに叱られるなんてぇ……




