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38ページ目、ピアノ

1年が過ぎると、結構新しい生活にも慣れてきました。新しい世界の時間はゆっくり過ぎますが、慣れてくるにつれ時間が加速していくのが悲しい今日この頃です。


あれからは料理長やカンナさん、それにメイドのサーシャさんという人にも協力を仰ぎ、ケーキやら茶碗蒸しやらあれこれ挑戦しました。

私も趣味でやっていた程度なので、作り方を忘れたところもありましたが、料理長がこの世界でのやり方で補ってくれました。

その度に料理長が自己アレンジを加え、食卓がどんどん日本風になって言ったのは嬉しいと思います。

カンナさんは喜んではいましたが、時々暗い表情を見せる事がありました。

当日の私はまだ若く、それがなんなのか察する事ができませんでした。


しかしながら、時間だけはたっぷりありました。勉強や部活、宿題、塾がないのです!

ある意味魔法や武術の習得がこの世界においての「勉学」に当たるのでしょうがゲーム好き且つゲームの主人公の如きスペックの身体がある私的にはゲームの延長線上に思え、全く苦ではありません。

なので、趣味を全開でやることが出来ます!

以前、私は趣味を無駄に沢山持っていました。

大好きなゲームでさえ時たまやる気が起きなくなったりしました。そんな時、趣味が沢山あれば何か一つくらい没頭できるものがあり、何とか気力を保つことが出来たものです。

ま、忙しくて趣味なんて全く出来てなかったんですがね。

料理も好きでしたし、音楽を聞くことも好きでしたねぇ。そういえば、ピアノも独学でしたがやっていました。祖母の家に、祖母が嫁入りした時に祖父から買ってもらったというピアノが置いてあったのです。

趣味でやっていたのですから楽しめればそれで良いと思っていました。ですが、楽しむ為にはそれなりの技量も必要になってきます。

久しぶりにピアノを引きたくなってきました。

思い立ったが吉日。

私の専属のメイドさん、サーシャさんにピアノの存在の有無を確認し、お父様におねだりしに行きます。そのための貴族です。お金は沢山あるでしょうに。


「おとーさま」


「ん?どうした?」


私が部屋に入ると、直ぐに顔を上げて話を聞く姿勢を取ってくれます。


「あのですね、欲しいものがありましてぇ……私ももう7つになったじゃないですかぁ…」


「ああ、なるほど。何か欲しいものがあるんだな?」


「…そのぅ…ピアノが欲しいです」


それを聞くと少し眉を動かし、腕をこまねきました。


「だめ…ですか?」


「いや、別に良いのだがな。エリザ、ここには音楽に心得のある者が居なくてな。買ってくるのにも、講師を呼ぶのにも時間がかかる。それでも構わないか?」


「…!はい!構いません!ありがとうございます。いつもものをねだってばかりでごめんなさい」


「いや、子供は皆ものを欲しがるものだ。エリザはもっと色んなものを欲しがってもいいんだぞ?」


「私はお家でこうやって皆と一緒に居るだけでも十分幸せです」


にっこりと微笑み頭を下げました。

事実、自分の好きな事をやらせてもらえるだけで十分だと心の底から思うのです。



それから約1ヶ月後、ピアノが運び込まれてきました。翌週には先生もやってくるそうです。

ちょっとかっこつけたかったので、今のうちにリハビリをしておこうとピアノの蓋を開けて私は驚きました。

白鍵と黒鍵が交互に並んでおります。そして、一定間隔ごとに灰色の鍵盤もありました。


「うむぅ?これどっからスタートだろ」


思わず声がこぼれてしまいましたが、それに気づいたサーシャさんが助言をくれました。


「私はピアノの心得はありませんが、以前弾いていた人を見た事があります〜。ここに親指を置いて、他の指はこんな感じの配置で弾いておりました〜」


サーシャさんがピアノに触れないように手をかざしました。親指はちょうど灰色の鍵盤の上にありました。つまり、「ド」が灰色の鍵盤に当たるのでしょうか。


「ありがとうございます。頼りになりますね、サーシャさんは」


お礼を言い、早速椅子に腰かけ、ピアノに向かいます。久しぶりなので、猫踏んじゃったあたりでも弾きましょうか。


弾き始めて違和感を覚えます。なんか少し音がズレているというか、音が低いというか。


半ば手探りの状態で暫く弾いていると、あることに気がつきました。これ、灰色の鍵盤は地球のピアノの「ド」から2音低いです。


つまり、灰色の鍵盤の2つ隣の鍵盤から始めるといつもの聞き慣れた音になりました。


1年弾いていなかっただけですが、もう何年も弾いていなかったかのように手はおぼつかなく、そもそも手が小さいのであまり速い曲は弾けそうにありません。


しかし、久しぶりのピアノです。古い友人に再開したかのような感動を覚えながら、ジムノペディをゆっくりと弾いておりました。


新品なので鍵盤が軽く、音も綺麗に鳴りました。誰からも急かされないという事は良い事です。


弾き終えると、サーシャさんがじっとこちらを見ている事に気がつきました。


「あの〜、エリザ様ぁ。今の曲?でしょうか?それはどこでお知りになったんでしょう〜?ピアノなんて初めて弾くはずだと思うのですが、とてもお上手ですね〜」


……あまり考えずにピアノを引いてしまいましたが、料理長に調理技術について勘ぐられた時のようになってしまいました。

学習をせんのか、私は……

とはいえ、こう言ってはなんですがサーシャさんは少しぽけーっとした人なので誤魔化せるでしょうか。



「これは…そう、オリジナルです!」


「お、オリジナル!?」


「はい、そして、別に弾き方とか分かりませんでしたので適当に鍵盤を弾いていただけです」


「な、なんとぉ…でも、曲って言ってもいいくらい素晴らしいメロディだと思いましたわ〜!」


すまん、エリック・サティさん……でも、ここは異世界なのでバレないはずです!

著作権?知らない子ですね。


なんというか、サーシャさんが「凄いなぁ」と呟きながら目を輝かせておりますが、悪いことをしましたね…。ですが、場は誤魔化せたのでひとまずは安心です。


しかし気になるのは、ここでの弾き方と日本での弾き方はおそらく違うので、先生が来たら新しい弾き方とか強要されるのでしょうか。


そう思うと少し……気が重くなります。

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