36ページ目、帰省
王都を出発してから8日目の早朝、ようやく懐かしの我が街まで戻って参りました。
新年の祝いというのは、日本では年明けのうちに済ましてしまい、4日か5日、遅くても10何日目にはそんな浮かれたムードは吹き飛びます。
しかし、どうやらこの世界は随分とのんびりしているらしく、久しぶりに戻ってきたロードランの街は未だに新年ムードでした。
領主の子どもは殆ど誕生式の為に王都に行ってしまい、このお祭り騒ぎに参加出来ないのは可哀想だと言った者が昔いたそうで、それからは約1ヶ月間はこの調子なのだとか。
この素晴らしいのんびりとした時間を、昔の自分に分けてあげれたら自殺なんて選ばずに済んだのかなと、たらればを考えてついつい暗い気分になってしまいます。
いけませんね。今や私には関係の無い話です。明るく行きましょう。
私は、新年は家でゴロゴロする派なのですが、戻ってくるなりお父様や街の人達が待ち構えております。
「エリザ、おかえり」
お父様の言葉に続いて、周りの人達も口々に新年の挨拶をしてくださいました。
その様子を見て、あぁお父様は慕われているのだなぁと感じました。
私も、ああなりたいものです。果たして、私なんかがお父様程慕われる人間になれるのでしょうか。
久しぶりにお父様を見ると、年甲斐もなく抱きついてしまいました。いや、まぁ、身体年齢は7歳ですがね。
お父様の胸の中にいると、不思議と底知れぬ安心感が湧き上がってくるのです。
私は以前から、父の暖かみに飢えていたのでしょう。
しばらくこのままでいたいとぼんやり考えていますと、お父様が私を抱えたまま立ち上がりました。
「久しぶりだなぁ。向こうではいい子にしてたか?何か面白いことでもあったか?色々聞かせてくれ。ゆっくり街の屋台でも見ながらな」
「はい!」
頭を撫でられ、自分でもだらしなく口が緩んでいるのが分かります。
嬉しさに包まれながらお父様を見やると、穏やかに微笑んでから、視線をカンナさんに移しました。
「それから、カンナ殿。エリザの護衛を1人に任せてしまって申し訳ないな。よくやってくれた。何か奢ってやろう」
「ほんとですか!あ、いや、護衛として雇われたのですから、当たり前ですよ。報酬は貰っていますから更に報酬はいただけませんが……私も2人に同行してもいいですか?」
「そうか?欲のない女だな。その程度なら構わんよ」
カンナさんは頭をかきながら、どこかバツの悪そうに笑っていました。
「ありがとうございます」
そうして私達は3人で街をめぐりました。
お父様だけでなく、カンナさんも街の人達から慕われているようで少し意外でした。私の授業が休みの日はよく街で過ごしていたそうですので、妥当なのかもしれませんね。
嬉しかったのは、何人かの人がカンナさんでもお父様でもなく私に直接話しかけてくれたことです。
そういえば貴族なので、当たり前かもしれませんが、あまり街に出向かない私にとって、誰かから声をかけてもらえるのはそれだけで嬉しいと思うのです。
夕方になると、街全体に満足気な倦怠感が覆いかぶさりました。
人も若干少なくなり、屋台も半数以上が店を畳んでしまいました。
「そろそろ私達も帰りますか?」
カンナさんがお父様に尋ねます。
「そうだな、エリザも帰ってきたばかりだ。体力的にもきつかろう」
皆さん帰るモードに移行していますが、私はもう一つだけ見ておきたいものがあります。
「あの、お父様」
「ん?どうした?」
「帰る前に、私、見たいものがありまして―――」