32ページ目、魔道具店
「私、有名な冒険者さんからサインを集めてるんですよ!良ければサインお願いできませんか!?」
鼻息荒く、カンナさんににじり寄る職員さんですが、尊崇の念に満ちた目をしてらっしゃいます。
先程腕の良い上位50人の事だと言っていましたし、カンナさんは確か8とかだったと思うので、かなり強いんですね。
というか、職員さんの目がアイドルを見るミーハーのそれなんですが…
ついに押し負けたカンナさんが「サインとか練習しとけば良かった」と愚痴を言いながら、渡されたペンで色紙に「神無」と漢字で書いて送り返しました。
「なんて書いてあるんですか?」
「うむ、これは特別な文字でな、神が居ないと言う意味である。『神威』に相応しかろう」
とか適当にあしらって、他の人に絡まれぬうちに冒険者ギルドをそそくさと出ました。
Fランクのプレートですが、初めて異世界でゲットした肩書きなので少し嬉しくなり、次の目的地である魔道具店までスキップしていました。
あまりにはしゃいでいたようで、カンナさんに「失くさないようにね。身分証の代わりにもなるからね」と叱責を受けました。
さて、魔道具というと、先程ギルドでもあったように魔法を誰でも使えるようになるアイテムです。
その効果は様々で、中には人間だと難しかったり、仕組みがわかっていない魔法まで行使できる物もあります。
しかし、私が1番注目しているのはその外見です。
大きさこそ様々ですが、高級な魔道具になると滅多な事がない限り使いません。なので、普段は観賞用として置けるように無駄に凝った装飾が施されていたりするのです。
これがまた随分とオシャレに思え、せっかく異世界にしかない道具なので、買いたいのです。何店舗か回ってなにか面白そうなものが無いか検討を付け、また後日買いに来ようと思っているのです。
近くに冒険者ギルドから少し離れたところに魔道具店の看板がぶら下がっている家屋を見つけました。
中に入ってみると、意外と冒険者さんや主婦と思われるおばさんも多くいました。
「あれ、結構賑わってるんですね」
「うん。ここは庶民用の魔道具店だから、安くて使い易い物が取り揃えてある感じかな。その分、見た目にはあまり拘ってないと思うよ?」
店内を眺めながらカンナさんが答えてくれます。
確かに効率を求められ、収納に困らないような形状をしており、飾りっけのない見た目です。
一通り見て回って帰ろうと思いました。
大きさや形も様々で値段を見ると、日本円換算で数千〜数万円するようです。
1番高かったのは、綺麗な水をいつでも作り出せる魔道具で、なんと50万円程でした。高いのですが、便利な家電だと思えば妥当でしょう。
一番隅の棚の、最下列に小さな石が置いてありました。何の変哲もない、強いていえば綺麗に磨きあげられたツルツルとした表面をしているだけの、直径5センチくらいの楕円の水晶のようなものです。
そのくせ値段は5万円もするので、何か特殊な効果のあるものでしょうか。
カンナさんを見やると、彼女も分からないと首を振りました。
そんな時には店員さんです。たまたま近くを店員さんが通りかかったので呼び止めます。
「すみません、この棚の一番下の……これ、なんの魔道具なんですか?」
店員さんはその場にしゃがみ込み、その魔道具を手に取って眺めています。それから少し首を傾げ、頭を下げました。
「ちょっとぉ…よく分からないです。すみません。店長に聞いてきますので少々お待ちください」
「はぁ、分かりました」
店員さんが知らないってなんなんだろうとカンナさんに話していると、眼鏡をかけた青年が店の奥から姿を現しました。
「すみません、ここの店をやってるルッツと申します。こちらのお客さんですよね?」
彼が振り向くと、斜め後ろで先程の店員さんが頷いています。
「これはですね、知り合いの冒険者から貰った魔道具で、大陸の外の魔道具なんですよ。他の魔道具と違って術式が張り巡らされてるんじゃなくて、直接魔法がかけられているタイプなのと、簡単に手に入らないので少し値段が高いのですが……おもちゃの類です」
そう言って店長さんが石に魔力を流すと、亀裂が入りました。その亀裂から手足と首が出来、小さな竜のレプリカに変形しました。
「魔力を流すとこのように竜の姿に変形しますし、込める魔力を増やして命令すると少しだけですが自立して動いたりもします」
すると、その竜が羽ばたき、数センチだけ中に浮かんで尻尾を振りました。
「か、可愛い…」
いつの間にかそんな言葉が漏れていました。得てして小さい物はそれだけで愛らしいのです。
なるほど、おもちゃに5万円は高いですがお金があるなら買っちゃいそうです。
お金があるなら、買っちゃいますね。間違いなく。
カンナさんを見やると、苦笑いを浮かべていました。
以心伝心と言うやつでしょうか。
「カンナさん」
「ダメです」
「まだ何も言ってませんよ?」
「そうだね、じゃあなにさ?」
「私の財布預けてましたよね」
「ダメです」
確かに衝動買いだろうとは思いますが、無性に欲しくてたまらないのです。
両の手を結び、上目遣いで懇願しますがカンナさんは首を横に振ります。
「くぅー、こんなに可愛い子がおねだりしてるんだ、少しだけなら負けてあげますよ。お姉さん、買ってあげなさいよ」
カンナさんは落ちませんでしたが、店長さんが落ちてくれました。渡りに船です。
「いいでしょ、ね、ね!それに、私の方から出すんですよ?これは数少ない私の娯楽に成りうるかもしれないのです!」
カンナさんの腕にしがみついてぴょんぴょん飛び跳ねてると、ようやく折れて財布を返してくれました。
どうせ痛むのは私の財布ですし、そもそもカンナさん序列8位とやらなんですから、きっとお金も沢山持ってるでしょうに。無駄に財布の紐が固いカンナさんに心の中でぼやきながらその魔道具を購入しました。
魔力が抜けたその魔道具は先程の光沢のある石に戻っていました。
失くしてはいけないので財布に閉まっておくことにしました。今晩自室で動かしてみようとか考えながら、足取りは更に軽くなりした。
ぼちぼち更新頻度が下がって来るかもです……できる限り更新頻度は高めにしたいのですが、リアルとの兼ね合いもありまして、悪しからず。