19ページ目、充実と焦燥
夕食の時間、お父様はお皿の上に置かれた奇妙な丸い食べ物を見つめていた。
それを見た料理長がお父様に耳打ちをしました。
「先刻、エリザ様とカンナ殿が厨房へ参られました。その際、是非ロウダ様の為に手料理を作りたいと申されこのコロッケという料理を作られました」
「……エリザが作ったのか?」
お父様は驚いたように顔を上げました。
そりゃあ、誰からも料理を習っていない者がこんなもの作れたらちょっと引きますよね。
「えへへ」と笑って誤魔化そうとしましたが、いつの間にかお父様の親バカ化が進んでおり、杞憂だったようです。
「美味しいじゃないか!他の貴族の祝宴会でもこれ程のものはなかなか食べれない。凄いな。流石我が娘だ!」
そう言い、私の頭を掻き回しました。
大袈裟だなぁと思いながらも、ニカッと笑うお父様の顔を見ていると、体の芯から温まるような感覚が広がっていきました。
「わ、私も参加したんですからね!」
と何故かカンナさんも便乗してきました。それには流石のお父様も「お、おう?ありがとな?」と困惑していました。
一応感謝の言葉を吐かせたカンナさんはドヤ顔で胸を張っていました。
まぁ、参加は…参加ですしね。助かったところもあるので目を瞑りましょう。
ついでに料理長と席に着かせ、今晩は4人で夕食を食べました。料理長が少し居心地悪そうにしていましたが、食べ終わる頃には柔らかい表情を浮かべるようになっていました。
「ご馳走様でした」
私とカンナだけですが、手を合わせ食後の文句を言ってみました。
「なんだ?それは」
「カンナさんの故郷の文化で、食前だけでなく食後にも感謝を捧げる行為なんですって」
そう言葉を濁してみました。
この世界は食前に1回、感謝の念を黙祷するだけです。
言葉に出して、しかも食後にも感謝を捧げるのはここいらじゃ珍しいのでしょう。
ですが私としては「ご馳走様でした」を言わないとむしろ気分が悪いような感じです。
カンナさんが横にいると「カンナさんが言ってた」と言い訳できるので楽ですね。
食後、料理長やカンナさんとも談笑をし、部屋に戻り、ベッドに潜り込みます。
寒い日のベッドは格別で、しっかりと羽毛の詰まった掛け布団があるのも幸せです。
あの日から今日まで、どこかゲームのキャラを育成しているみたいに私を鍛えてきましたが、体に積もる疲労や筋肉痛は本物で、ゲームのような虚無感がありませんでした。
今日も充実した一日だったと眠りにつけるのです。
時々、これはそういう夢を見ているのではないかと疑う時があります。
家に帰って、塾に行って、深夜に帰ってきてから宿題をこなし、30分の読書タイムを終えて、寝るまでゲームをする。そんな体に悪い生活の果てに見た夢の中ではなかろうか。
そんな気がしてしまう。
車もなく街灯もない。街の明かりも届かぬこの部屋は、ランプを消せば真の暗闇が広がっていく。
天井を見上げたが、そこにあるのはただの黒。
いつしかそこから一筋の光が指し、気がつくと目覚まし時計が不快な音をたて、学校へ行く準備をしなくてはいけないのではないか。
そんな妄想をしながら眠りについた。
今晩は、こんな現実から逃げてきたような生活をしていて大丈夫なのか、こんな堕落した自分のままで大丈夫か、私の同級生達は立派な大人になっているだろうか、そんな焦燥がふと込み上げてきて、気分が悪くなりました。
その事を考えているうちに何だか涙腺が緩み、息が荒くなる。
「ごめんなさい」
何に対してか分からないが、そう言葉が漏れた。
一体自分は何しているんだろう。今や関係ない話では無いか。
それでも、嗚咽が込み上げてきて、なぜだか上手く眠れませんでした。
翌朝、涙の後と眠そうな私の顔を見てお父様とカンナさんが心配してくれましたが、何だかまた申し訳ない気分になっていきました。
それは、雪が1週間連続で降り続いた朝でした。




