side料理長
そろそろ夕食の準備に取り掛かろうかという時、エリザ様とカンナさんがやって来た。
カンナさんは半年前ら辺からこの家に住み着いたエリザ様の家庭教師だ。
最初は家庭教師を理由にロウダ様に取り入ろうとしている狡い奴かと思っていたが、特にロウダ様に媚びへつらっている訳でもなく、授業風景を遠くから見たが真剣に魔法を教えているようだった。
屋敷の使用人達とも気軽に話をし、暇な時は仕事を手伝ってくれる時もあった。
背は女性にしては高い方なのだが、顔が幼く、愛嬌のある人物像は屋敷の者達からも頼られ、可愛がられるようになっていった。
とはいえ、流石に厨房には姿を現さなかった。あの腕だ。料理はできないだろう。というか、そもそもカンナさんは冒険者だ。料理なんて程遠いだろう。
そう思っていた。
今朝、ロウダ様が朝からばたばたと屋敷中を駆け回っていた。
何事かと思えば、エリザ様が自室に居なかったのだ。
そして、それがカンナさんの部屋で一晩を明かしていたらしく、屋敷の者達は皆戦慄した。
ロウダ様が暴れ回らないか、あの愛想の良い女が追い払われてしまうのではないか。
エリザ様のファインプレーでロウダ様が落ち着いたと聞き、俺も含め皆安心した。
昨日何をしていたのか?それは気になることではあるが、女同士だし、皆カンナさんを信頼していたのでやましい事はあるまい。
事実、ロウダ様もカンナさんを信頼しているらしく、街へ行く時はエリザ様の護衛を任せたりする。
だから今朝の出来事もすぐに流したのだろう。
さて、そんなカンナさんがエリザ様と一緒にこの厨房に来たのだ。驚かぬ理由はあるまい。
どうやら2人で料理がしたいとの事だが、正直困った話だ。
食材は無限ではない。それをエリザ様のわがままに使ってしまっても良いのか。
だが私も長年ここに務める身。昔のエリザ様も知っている上、ロウダ様には極力自由にさせてやれと言われている。
カンナさんが「責任は私が持つ」とも言ってくれたので、だいぶ悩んだが、許可を出した。
材料を揃え、器具も用意した。説明を聞いたが、イマイチピンとこないまま料理が始まった。
「まずは、じゃがいもの皮を剥きます」
そうカンナさんが言ったのだが…
「その…なんだ?カンナさん、あんた、じゃがいもの皮……剥けるのか?」
「あーーー……」
カンナさんの左腕を見ると凄く悔しそうに呻き声を漏らしていた。
エリザ様に乗せられて来たものの、腕の事忘れていたのか?
カンナさんがどのくらいその体で生活してきたかは知らんが、それほどに違和感がなくなるものだろうか。
それに、昔は料理が得意だったのだろうか。もし俺が腕を片方でも失ったら……いや、考えたくないな、
カンナさんは自分の出来ることは手際よくこなした。「ころっけ」なるものは俺の知らない料理だが、それを何度も作って知っているような手つきだった。
対するエリザ様も、今まで包丁など取ったはずもないのに妙に手馴れた手つきで皮を剥いていった。
エリザ様は俺達に上手く指示を出し、自身も素早く作業をこなしていった。
俺程では無いし、ここで働く他の料理人達程でもないが、見習い程度よりも圧倒的に手際が良かった。
油をたっぷりと入れた鍋にころっけを入れ、それを取り出そうという時、カンナさんは「サイバシありますか?」と尋ねてきた。そのサイバシとやらが一体何なのか俺にはわからん。
ない、と答えたらカンナさんはキョウで使われる箸を取り出した。
「これの、長いやつなんですが…」
キョウではそんなものもあるのか、と感心していると「やむを得ん!」
とその箸を油の鍋に突っ込んだ。何をしているんだと焦ったが、その箸でころっけを裏返しているらしい。
油がぶくぶくと泡を弾かせているが、それが飛んだら火傷をしそうだ。
心配していると手を洗いに行ったエリザ様からも声がかかった。
「あれ?菜箸ってありますか?」
エリザ様もそのサイ箸というものを知っているらしい。カンナさんの入れ知恵だろうか。
カンナさんのやっている事を見て、エリザ様も驚いていた。流石にあれは危険らしい。
防御魔法で手を覆っているから大丈夫だ、そう言う彼女の手先は見るからに震えていた。
防御魔法のような戦闘用の魔法を厨房で使う奴など初めて見た。
噂に違わぬ面白いやつだ。
さて、正直半信半疑だったが、出来上がったころっけは狐色に焼き上がり、美味しそうな匂いが厨房に立ち込めた。
「揚げる」とい手法を使った料理らしく、初めてそれを見た。これでも料理に関する事は殆ど知っている。こんなアイデア、どこから持ってきたんだ?
美味しそうにそれを食べる2人はとても幸せそうだ。
俺も一口食べてみたが、驚いた。正直、言葉が出なかった。
油を大量に使うので頻繁には作れんがこれは革新的だ。しかも、こういったレシピをカンナさんは沢山知っているようだ。もしや大陸の外の料理かもしれない。気になるのはエリザ様の料理スキルと「カンナさんとエリザ様の秘密の料理」というワードである。
もしかすると、2人で編み出したものなのか。
プライドがごっそりと削れた。普段謙遜はしているものの、俺は自分の料理に自信を持っていた。
そして、常に新しい美味しいものを作ることを生きがいとしていた。
それがどうだろう?
異国の人間と自分の仕える屋敷の御令嬢に劣るかもしれないだと?
技術の話ではない。簡単に再現出来そうであり、且つ美味い料理という全く奇想天外なものだ。
正しく発想の勝利という感じである。
こんなもの俺は創れるだろうか。
激しい無力感に苛まれそうになった時、エリザ様が微笑みかけて下さった。
「いえいえ、作り方知ってても材料揃えたり、上手に作ったりは出来ません。長年の勘とか、細やかな技術とか必要ですからね。私は料理長の作ってくれるご飯、美味しくてとっても好きですよ?いつもありがとうございます」
エリザ様の、笑顔は母親に似ていた。上品さを気取らずに、にっと弧を浮かべる天真爛漫なその顔は、いつぞや母親のためにご飯を作り「美味しいよ」と笑った母親に本当にによく似ている。
この時、俺は初めて気づいた。私は人の笑顔のために料理人になったのでは無い。
ましてや、他人に褒めてもらうためだとか、他人の幸福などは一切考えていなかった。
俺は、今は亡き母親の笑顔の為に料理の腕を磨いたのだった。
だが、その言葉は私の救済たりえなかった。
同情されていると感じた。まだ6歳だったかの少女にそんな言葉を言われて、むしろ苛立ちを感じる自分が嫌になった。
彼女に何の悪意はないだろう。しかしその可憐な、母親を嫌でも思い出させる笑顔は少し疎ましくも思えた。