18ページ目、コロッケ
早くも問題が発生しました。
「その……なんだ?カンナさん、あんた、じゃがいもの皮…剥けるのか?」
「あーーー……」
本人もすっかり忘れていたようで、凄く残念そうに左袖を見つめました。
皮剥きもですが、形を整えるのも、みじん切りも難しそうです…
揚げる事は出来そうですが……その時はカンナさんに任せようと思います。
「では、料理長と私が」
そう言い、包丁を手に取ると料理長が慌てました。
「エリザ様!?危険ですよ!もしあなたに何かあったら絞められるのは私ですからね!?」
確かに料理長の言うことは正しいです。ですが。
「2人でやった方が早いですし、料理長に任せっきりで何が『私の手料理』でしょう」
にっこりと笑顔を作り「ですが…」と呟く料理長を威圧します。
「最悪、私が言い出したことだから私のせいにすれば良いさ」
とカンナさんが言って、料理長が折れてくれました。
包丁の付け根で芽をえぐり出して、じゃがいもを回しながら薄皮を剥いていきます。
久しぶりだということもあり、刃物に若干の恐怖を覚えましたが、難なく全て剥き終えました。
「あ、あの?エリザ様?こういうのって初めてですよね?皮剥きだけでなく芽のことも知ってるようですし、やけに手際が…」
「初めてです」
にっこりと笑顔を作り、有無を言わせず次の工程に移ります。
少量塩を入れて茹でます。
タイマーが無いので、こればかりは体感時間ですが、カンナさんに様子を見てもらうことにしました。
その間に玉ねぎをみじん切りにするのですが、目が痛くなるのでこれは料理長に任せました。
料理長、ありがとう。
玉ねぎを塩と砂糖、バター、ひき肉と一緒に炒めます。
じゃがいもが茹で上がり、私では力が足りないので料理長に潰して貰います。
流石にマッシャーはないだろうと高を括っていましたが、料理長はマッシャーのような調理器具を使っています。
木製でしたが、この世界で何が発達して何が発達していないのか分からなくなりました。
さて、いい感じに炒める事が出来たので、それを潰したじゃがいもと混ぜます。
手が油だらけになります。料理長も顔を顰めています。
これだけだと、まだ茹でたじゃがいもと炒めた肉と玉ねぎの練り物ですからね。
形を整えている間にカンナさんに油を温めて貰います。
小麦粉……正確には小麦ではない植物のものらしいですが…それを全体にまぶし、溶き卵に絡め、パン粉を表面につけます。
「これを、カンナさんが温めてる油に入れるのですが、油が飛んじゃうかもしれませんので、気をつけてくださいね」
「あぁ、なら俺がやろう」
「ありがとうございます」
個人的に最難関だと思っていたので、その申し出は助かりました。多分揚げ物を作る上で、油が跳ねるというところが1番怖いところだと思います。少なくとも私は。
初めて火を使う料理を作る時に火が怖いというアレですね。
「炒め物をする時よりも派手に飛ぶので注意してくださいね」
と声をかけ、私は手を洗う事にしました。
ハンドソープはなく、硬い石鹸のような物がありましたが、流石は油汚れ。なかなか落ちてくれませんでした。
洗っている最中、ある事に気が付きました。
「あれ?菜箸ってありますか?」
「あ、いや、ないのだが…」
帰ってきたのはカンナさんの声でした。
ぱっぱと手を払って水を切り、カンナさんの方に駆けつけると、短い普通の箸でコロッケをすくい上げています。
「え、ちょ!?それは…」
「あ、一応しっかり洗った、マイ箸だ。まぁ、見ての通りとても危険だが」
油がぽつぽつと跳ねている、その僅か上をカンナさんの指が動きます。
料理長も目を開き、心配そうに見守っています。
「安心してくれ、ほら、私は魔法の先生だぞ?防御魔法で手を覆っている」
半笑いになりながら見つめる、彼女の手は明らかに震えていました。
安全でも、怖いですよね。気分の問題ですから。
料理長を見やると、呆れたように引きつった笑みを浮かべていました。
最後に跳ねた油が手にあたるというハプニングがありましたが、カンナさんの無駄に強力な防御魔法で防がれていました。
出来たコロッケをお皿に盛り付け、完成!
そのうちの3つを別の皿に取り分けて試食会をします。
「熱いから気をつけるんだよ」
「はい、あふいへふがおいひいです」
「こらこら食べながら喋るんじゃないよ」
むふふーと笑いながら頬張ると、コロッケは噛む度ザクザクといい音をたてます。
久しぶりに食べたコロッケは、自分で作ったという事もあり、とても美味しく出来上がっていました。
カンナさんも満足そうに食べていました。
「どうでしょうか?」
料理長を見ると、一口食べては何か思案し、また一口食べては唸っています。
「いや、驚いた。あんなねちゃねちゃしたものが、パン粉を付けて油に入れるだけでこんな食感になるなんてな……美味い。それに、エリザ様の手際の良さには驚かされました。料理人見習いも顔負けですよ。レシピはどこで知ったのですか?」
とりあえず大成功と言えましょう。ですがレシピについては、言えませんね。というか、信じてもらえるかも分かりませんし。
「ですから、私とカンナさんの秘密のレシピですよ〜」
私は人差し指を口の前に持ってきてはにかみました。
料理長さんは残念そうに肩を落としましたが、この調理方法を軸に色んな料理も作れるのではと直ぐに立ち直りました。
「カンナさんとエリザ様は他にもこんな料理を知っていたりするのですか?」
その目は研究者が研究対象を見つけた時のようにギラギラと輝いています。
こくりとカンナさんが頷きました。
「そうか。こんな料理たくさん作れるなら俺の立場は危ういな」
料理長がカラカラと笑いました。
「いえいえ、作り方知ってても材料揃えたり、上手に作ったりは出来ません。長年の勘とか、細やかな技術とか必要ですからね。私は料理長の作ってくれるご飯、美味しくてとっても好きですよ?いつもありがとうございます」
少し頭を下げ、お礼を言うと料理長は少し顔を顰め、「ぉ、おう。ありがとうございます」とぎこちなくに答えました。
その時、彼はどういったことを考えていたのでしょうか。
料理人としてのプライドを逆撫でしてしまったのでしょうか?
理由がわからず、申し訳ない気分になりましたが雰囲気を崩す訳にもいかず、そのまま流しました。
正直なところ、気になりましたが、今はお父様がなんと言うかの方が気になっています。
そろそろ夕飯の時間ですし、ドキドキしてきました。