17ページ目、お料理
朝。ロウダはいつものように娘を迎えに行った。
そして、ベッドに娘が居ないことに気づき、心底焦ったのだろう。
廊下を走り回る音で意識を取り戻し、ばあん!と扉の勢いよく開けられた音に身を起こしました。
お父様が起きるよりも早く起きて、自室に帰るという計画は早くも崩れ去った事を悟りました。
窓の近くに置いてある日時計を見ると、寝過ごしたという訳でもありません。お父様の起床時間がいつもより早いだけでした。
何故よりによって今日なのか。
「お父様?」
朦朧とする意識の中、息を切らしたお父様の姿が見えました。
お父様は、ベッドの上で眠たそうに目を擦る娘と、地べたに布団を敷き寝転がるカンナさんを見て「この状況はどういう事だ?」と思案した。
そして結論を出す。
「カンナ。うちの娘に何をした?場合によっては……処すぞ?」
「んぇ?」
物騒な事を言い出すお父様の殺気に、ようやくカンナさんは目を覚ましました。
「ちょ、ちょっと待ってください、お父様!内緒にしてたのは悪いのですが、これは事情というか、とにかく私の了承の上で昨晩はカンナさんの部屋に遊びに来ていただけです!」
必死に弁解する私に、お父様は眉を釣り上げました。
「ほう?」
「そーです。ろーだ様。昨日は楽しくお話をしていただけです」
「娘を連れ出してか?一体何を考えている?さぞ重要な話をしていたんだろうな」
お父様の額に青筋が浮かび上がっているのが見受けられます。
こ、これはまずい。
そう思った私は咄嗟にお父様に飛びつきました。
「自室のベッドに居なくてごめんなさい。心配かけました。本当は朝には戻るつもりでしたの。でも、エリザはどこかに行ってしまわないから安心して?」
上目遣いをし、精一杯可愛らしい?仕草をしました。
果たして効果はあったようで「そうか、ありがとう。もう離さないぞ」と微笑み、そのまま私は自室に連れられました。
カンナさんの部屋の扉が閉まる直前、申し訳なさそうにしているカンナさんがチラッと見えました。
さて、昨日の事はなんとかあやふやにしつつ、刀と魔法の授業も程々に、2人で料理長の元へ赴きました。
「お父様の為に私も料理をしたいのです!」
そう言われた料理長は顔を顰め、長い間考え込みました。
「……そう、ですね。私の目の届く範囲でなら、厨房を使っても構いません。ですが、エリザ様は本来はこのような事せずとも大丈夫な身分。ロウダ様は許しますでしょうが、本来貴族としては料理などはせぬ方がよろしいでしょう」
それは承諾と言うより、妥協というような雰囲気でした。
とはいえ許可は得ました。カンナさんを振り返るとグッジョブと親指を立てています。
料理長は呆れたように私たちを眺めています。
「どのような料理を作るのです?食材は遠く異国の物もありますが、無限ではありません。私に相談したくださいませ」
「はい、コロッケを作りたいのです!」
「コロッケ……?」
聞き慣れない言葉に、料理長も興味をそそられたようで目を少し大きくしました。
「知らない料理ですね。キョウの料理ですか?」
料理長はカンナさんの方を見ましたが、カンナさんは首を横に振り、いたずらそうに微笑みました。
「エリザ様と私の、秘密の料理です」
料理長は「はぁ」とため息をつき、めんどくそうにしながらも自分の知らない料理を知りたいというような目をしています。
彼は料理長。料理というものには人一倍こだわっているのでしょう。
向上心と言うと、前世の私の地雷を踏み抜くワードですが、料理長はまさにその心を持っているようでした。
カンナさんが材料を確認してくれ、器材はばっちしです。
料理長さんにも手伝ってもらいながら作ることにします。
夕食に出したいので急がねば。
この世界、野菜や肉をじっくりと煮込んだスープや、柔らかいパンや、良い具合に焼かれた肉料理等はありますが、揚げ物は普及していないようです。
大まかな説明を聞いた料理長は疑わしそうにカンナさんを見つめます。
「大丈夫です。私もどういうものか知っていますし!美味しいですからね!」
胸を反らし、自信満々に言うと「まぁ、なら大丈夫ですかね」と笑ってくれました。
ですがそれは、ままごとに付き合ってあげようかというような目をしているのを私は見逃しませんでした。
「本当ですからね?カンナさんも知っていますしね!」
「わかりました、わかりました。じゃあ作っていきましょうか」
そう言うと、料理長さんは伝えた材料を取り出してきてくれました。
さて、久しぶりの自炊です。
カンナさんも「腕が鳴るぜ!」と張り切っています。