sideマイヤー3
1度、カンナ殿と手合わせをしたことがあった。
本気を見たいと願い出たが、笑って誤魔化された。
それでも、実力差は明白。あたかも1人で竜と戦っているかのような畏怖を感じた。
休日等は、暇そうなカンナ殿を捕まえて相談をしたこともあった。
「エリザ様の実力は充分過ぎる程です。魔法の授業も遠くから拝見しましたが、無詠唱などむちゃくちゃだ。彼女もそれを分かっていないらしいが、彼女の年齢の『普通』を教えるべきでは無いだろうか。何かこう……大丈夫だろうか。何だか、えも言われぬ焦燥や不安が募る……」
「そうかい?理由は分からないけど、エリザ嬢は何処まででも高みを目指しているように感じた。ならそれに応えるまで。それに、普通を教えちゃうと現状に満足しちゃったりするかもしれないしね。何しろ、普通の基準を知った時の彼女の反応が気になってね」
カンナ殿はいたずらそうにはにかんだ。
彼女は人にものを教えるのは初めてらしく、何処か実験のように、高度な物をさも当たり前かのように教えていたそうだ。
事実、固定概念に囚われない彼女はそれらをものにしていった。
今のエリザ様は、国でもトップクラスの武力を持っている。
全く、自分の事で悩んでいた自分がちっぽけに感じたものだ。
ある日、彼女の方からも相談があった。
部屋に着くと彼女は大切そうに布切れを抱き締めていた。それは何かと尋ねると「たった一つの、故郷の大切な羽織りです」と答えた。
いつも笑顔を貼り付けていた彼女の表情には、初めて見る陰りがあった。
「そんなことより」
膝を叩いた彼女はもういつもの顔に戻っていた。
「ロウダ様から呪いの話は聞いています。だとすると、エリザ嬢の異常な成長速度や知識量の多さが気になってきます。マイヤーさんも身をもって感じたと思いますが、おおよそ子供だと思えない戦闘技術だ。それに、誰に仕込まれた訳でもないらしいのにあの丁寧な言葉と態度。違和感を覚えませんか?」
エリザ様が異常だと感じていたのはカンナ殿も同じだった。
私は神童だと言って片付けた。
世の中にはいるのだ。幼くして国の将軍よりも強い者も居れば、宮廷魔導士よりも聡い者もいる。
彼女もその類だ、と。
彼女は納得いかなそうに唸った。
私もそれは本心ではない。
だが、だったらなんだと言うのか。私には想像ができない。だから説明もできない。
私らしくない考えだが、エリザ様についてはそこまで不安がらなくても良いとは私は判断した。
優しく気配りもでき、天真爛漫な姿はまさに善であり、害をなすような物ではないからだ。
とはいえ一抹の不安を覚えた私は、それ以来剣の授業の終わり必ず同じ事を言うようになった。
「剣は大切な物を守るためのものであり、障害を乗り越えるものであります。それを心に留め、得た力を振りかざさぬよう心得て頂きたいと思います」
子供は褒めてもらうために、自分の優れた所を全面に出すものだ。だから、その点ではエリザ様の行き過ぎた力は脅威になりうるではないだろうか。やはり、学園に通う歳になるまでは常識を教えてやるべきだ。
そうカンナ殿に伝えた。
カンナ殿もその辺の分別はついているそうだった。
月日が流れ、契約期間も過ぎたが、志願して秋口まで居残ることにした。
ロウダ様も「娘は君の授業をね、学ぶことが沢山あり、とても良い先生だと毎日言ってる。こちらからもお願いしたいくらいだ」と言われた。
有頂天になって張り切っていたらカンナ殿とエリザ様から変な目で見られ、羞恥を感じた。
この数ヶ月、本当に楽しかった。騎士団に入団した時以来の、学びと出会いを果たしたとさえ思う。
帰り際にエリザ様が私を呼び止め、言った。
「マイヤーさんは教えた方がとても上手です。先生としての態度もしっかりしていて、剣も型もしっかりしています。まさに理想に近い先生でした。何やら職を探していろいろやっていると聞きましたが、家庭教師はいかがでしょうか。マイヤーさんならきっと大成出来ると思います!」
彼女の大きな輝く瞳は、確かにそうかもしれないと自信をつかせてくれるものだった。
「そうだなぁ、それもいいかもしれん」
教師。ソルラヴィエ学園にでも応募してみようかとも思った。
彼女は私の視野を広げてくれただけでなく、今後の指針も示してくれた。
ロードランを出る頃にはもう肌寒くなっていた。