sideマイヤー2
カンナという女が刀を教えこんでいた事もあり、エリザ様と模擬戦をすることとなった。
エリザ様は刀で戦われるという。
教えている最中に、もしかするとカンナ殿は抜刀術にも長けているのではないかと感じたが、エリザ様がどこまでそれを活かせるかは分からない。
だが、正直なところ、かなり舐めていた。
模擬戦にはカンナ殿だけでなく、ロウダ様も見に来ていただいた。
ロウダ様が手を抜いたら私の方が負けるやもと言ったの聞き、大人気なく本気を出そうと思った。
所詮6歳児。それに、習ってきた刀は洗練されている方とはいえ、大したことはないだろうか。せいぜい自衛用か。
油断していた訳では無い。注意深く相手の隙を探った。
驚くべき事に、隙があまり無かった。全くという訳では無いし、騎士団の者よりも隙だらけだが、それでも6歳にしては異常だった。
あたかも手練の魔物を相手にしているような気分であった。
暫くは向かい合っていたが、向こうの方が痺れを切らしたようで先に動いた。
速い。
低い位置から切り込む速度は驚く程速く、狼系の魔物のようだ。だが、大きく振りかぶった姿は隙だらけで、刀を弾くように剣を叩きつけようとした。
だが、この程度なら流石にロウダ様もあんな事は言わない。
フェイントと見て動く。
後ろに下がって私が空振りしたら追撃をするだろうか。それなら返す剣でも弾ける。
途中で方向を変えるか。
いずれにせよ、この速さならもう少し早くても余裕で対応できる。
それは慢心だったのかもしれない。
刀に私の剣が確実に当たった。まさかフェイントですらないのか?と疑問に思いつつ、弾くように振り抜いた。
王国剣術は剣は相手を弾き、受け流す戦い方をする者はバックラーを装備するのが基本だ。
故に刀に力を込めていないということを予想をしていなかった。
弾かれた刀は地面と平行に倒れ、私の剣は一直線に伸びていった。
エリザ様は矢のように私の脇腹を掠め、後ろから背中を、剣先で下から上へ撫でた。
予想外のフェイントであったことや、私の考えが至らなかった未熟さ。それらの感情が、いっぺんに吹き上げ、私の剣が流された後、無抵抗のまま試合が終わった。
斬る刀は叩き切る剣に比べ、掠った時ですら殺傷能力が高い。
彼女の場合わざと掠った程度にしたのだろうが、当たったということは今の私の装備では即ち死を意味する。
それは子供に大した抵抗も出来ずに負けたというプライドの話か、負け惜しみか、エリザ様は化け物ではないかと心の中で悪態をついた。こんなに強ければ私の教えなど要らないのではないか。
否、私が悪態をついたのは、エリザ様ではなくあのキョウ人だ。
片腕がないとはいえ、これだけの抜刀術や戦闘の方法を教えられるのだ。只者ではあるまい。
それに、無詠唱で魔法を使っているのを見た。
詠唱の短縮は我が国の宮廷魔導士団でも使っている者はちらほらいる。
一般的「詠唱破棄」と呼ばれる、魔法名のみの詠唱ですら、魔導士団の中でも数える程しかいない。
まして完全な無詠唱となると、それこそ世界中で見ても両の手の指で数えられるくらいだ。
ニコニコと笑顔を貼り付け、その本心は伺いしれぬが、魔法は超がつく一流。抜刀術、否、戦闘力でも私を圧倒出来るほどとなると、彼女こそ真の化け物かもしれない。
実はその細めた目を開けたら、赤い目ではなく、化け物が巣食っているのでは無いかとすら妄想した。
食えない女だ、そう思った。
折れかけた私のプライドが保たれたのは、他でもないエリザ様本人の態度だった。
貴族らしくなく謙虚に、大人しく格下である私の話を聞いてくれた。言われた事は直ぐに実践し、注意されれば直した。
素直すぎて少し気持ちが悪いが、王国剣術も取り入れ、エリザ様はその才覚をめきめきと現していった。
週に一度は確認の為に模擬戦をしたのだが、結局最後まで私が勝てることは無かった。
それでも、彼女は私を「マイヤー先生」と慕ってくれた。
エリザ様に聞いたことがある。なぜ格下である私の教えをすんなりと受け入れられるのか、と。
彼女はさも当然であるかのように笑って見せた。
「戦闘面ならカンナさんの方が長けていますが、マイヤー先生はしっかりとした基礎や堅実な戦い方を教えてくれます。マイヤー先生とカンナさんは、基本と応用の関係です。基本が疎かでは、応用等出来ませんからね」
その時近くにいたカンナ殿も頷いていた。
「まぁ、私のは型もへったくれもない、むちゃくちゃな剣術だからね。マイヤー殿は私の及ばぬ領分を埋め合わせてくれる。まさに剣の先生だよ」
その2人の言葉に自信を取り戻した。
そうだ。私は純粋な力では彼女らに劣ってはいるが、私には私の領分がある。それを真剣に伝えていくまでじゃないか!
それに、相手が強いならば私も学べるというもの。
そう考え直してからは、世界はガラリと変わった。エリザ様とカンナ殿は、私の中でも大きな存在となった。
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