14ページ目、黒髪、黒目。
マイヤーさんは3人の中では1番弱いのかもしれません。
1週間に1度手合わせをしましたが、結局1度も負けませんでした。
だいぶ慣れてきて、彼も手を抜いているわけではないと気づきました。
とはいえ彼の謙虚で堅実な姿勢と、洗練された剣筋は師範にするには相応しく、多くの事を学べました。
「たしかにエリザ嬢は私なんかよりも強い。6歳にして、普通私に打ち勝つものなどいません。驚くべき才覚もお持ちだ。ですが、それでもまだまだ完全ではありません。型も未だ、なっていません。聡明なエリザ嬢には要らぬ忠告かもしれませんが、慢心せず高みを常に目指してください」
彼の授業はその言葉で閉められました。
良き教育者になれそうだと思います。その事を伝えてみると「そうだなぁ、それもいいかもしれません」と微笑みました。
秋口になると「そろそろ帰らねば道が塞がりそうだ」とマイヤーさんは帰っていきました。
ロードラン領は四季に富んでおり、冬になると王都とこちらを繋ぐ道は雪が積もり通れなくなるそうです。
カンナさんはと言うと「ここで余生を過ごすのもありかねぇ」等とボヤいていました。
何歳なんだ、あんたは。
初めて私がこの世に生を受けて、半年以上がすぎました。
カンナさんは魔法と刀だけでなく、冒険者をやっていた頃の庶民の生活や一般教養も教えてくれました。
今ではすっかり家族の一員のようになり、お父様もカンナさんを信頼するようになりました。
例えば私が街に見物に行きたいと言った時、お父様の都合が悪い時はカンナさんを護衛として歩かせるくらいには信頼してました。
カンナさんも「衣食住にも困らないし治安も良い。追加料金は要らないよ」と言い、お父様の頼み事はすんなりと受け入れます。
冬になると、朝も昼も、家の外も中も冷え込みます。
窓越しに見る庭にはしんみりと雪が積もっています。
ちらちらと降りていゆく雪を見ると、日本の冬を思い出しました。
小学生の頃。学校が何かの事情で早く終わり、急いで家に走りました。足首辺りまで積もった雪は靴の中まで容易に侵略し、玄関に着いた時には足は真っ赤になっていました。
靴下を洗濯機に放り込み、真っ赤になった手先や足先を電気ストーブで暖めた時のあのじんわりと広がる幸福感。
ストーブがなかなかつかなかったりしてイラついたりもしたなぁ。
そんな事を考えていると何か暖かいものが頬を伝いました。
冷えた人差し指でそれを拭い、舐めてみると少ししょっぱい味がしました。
あーあ、何であんなことしちゃったんだろう。
今が幸せだからと言って、決して昔に後悔が無いわけでもない。
自ら断ったとはいえ、未練がない訳でもない。
もう少し、あともう少し頑張れば何か変われたのかな。
私が好きなことばっかじゃなくて、嫌な事も全部受け止めて進んで行けたらもっと世界は素晴らしかったのかな。
あの畳の貼られた和室。しめ飾りが年中飾ってある玄関。温かい炬燵。
「炬燵……ほしいな…」
「へっ!?」
後ろで間の抜けた声が聞こえ、ばっと振り向くとカンナさんが目を見開いていました。
ずっと糸目だったわりにパチリと開かれた瞳は大きくて可愛らしく―――真っ黒に輝いていました。