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シーン8 めげてる場合じゃありません

 シーン8 めげてる場合じゃありません


 自己嫌悪。

 いや。アタシは悪くない。頑張ったんだ。

 そう思っても、色々な考えが頭の中を巡って、眠れなくなった。


 もっと他にやりようは無かったのか。例えば緊急連絡を管理本部に出して、コース内にセイフティプレーンを入れてもらうとか。


 だけど、もしそれが遅れていたら?

 あと一周、リカルドがあの走りを続けていたら?


 一歩間違えば、もっと酷い事になっていたのかもしれない。


 トラブルの原因は、単純なものだった。

 安定器そのものを制御する、指令回路のプログラミングミスだ。

 本来は一定のところでかかる筈のリミッターが外れていて、しかも、接続しているエンジン容量がもっと大きなものだと、機械が誤った認識をしていた。


 エリックはアタシを責めなかったけれど、原因を知った誰もが、アタシのせいだと思ったに違いない。


 あの女が、整備ミスをしたって・・・。


 言い訳はしたくないし、出来なかった。

 取り付けをしたのも、最終調整をしたのも、アタシだ。

 でも確かに、アタシはリミッターの設定をオンにしていた筈だ。

 その辺はマックだって二重にチェックしてくれていたし。そんな初歩的なセッティングを、アタシが間違うわけがない。

 そりゃ、確かにアタシはドジなところもある。

 炊事とか洗濯とか、家庭的な事はまるっきり駄目な女だけど、こと、プレーンに関する事だけは別だ。整備も含めて、その取扱いは誰にも負けない自信がある。


 アタシはベッドに飛び込んで、悔しくて泣いた。

 自分の事だけじゃない。

 チームがこれまで頑張ってきた事が、一瞬で駄目になってしまった。

 それなのに、みんな文句の一つも言わなかった。その心中を思えば思う程、悔しくてどうしようもなくなった。


 バロンと一緒に映った写真をとりだして見つめて、ますます涙が止まらなくなった。

 二人とも、最高の笑顔で映っていた。


 会いたいよ。


 アタシはつい思ってしまった。


 彼は今、どこの宇宙で、何をしているのか。

 もし今一緒に居てくれたら、それだけでアタシは勇気づけてもらえる。彼なら、こんな時、ぜったいにアタシを庇ってくれるはずだ。

 優しくて、時々頼りないけど、絶対にアタシの味方になってくれて。

 きっと、アタシが間違っていなかった事を、証明してくれようとするはずだ。


 だけど。


 アタシはそんな思いを振り切ろうと頭を振った。


 それを望む事って、どうなんだろうか。

 それって、アタシが望んじゃいけないもの、じゃ、ないだろうか。

 少なくとも、・・・今のところは。


 アタシはおもむろに起き出して、冷蔵庫からジュースを取り出した。


 こんな時は甘いものに限る。

 甘さは力だ。

 甘いものを飲んで、しっかりと自分を甘やかして、それから気合を入れなおさねば。


 負けるなアタシ。

 今はまだ、こんな所で彼にすがりついてはいられないんだ。


 一緒に船に乗ろうって言ってくれてる彼の誘いを断ったのは、もっと自分に自信をもって、今度こそ彼に対する思いを直視できるくらい、最高の自分になるためだ。


 今のままじゃ、まだ彼に顔を合わすことは出来ない。


 アタシは彼の写真をもう一度見つめてから、再び猫のティッシュケースの底にしまった。


 それにしても、何故安定器の設定が狂ってしまったのだろう。

 アタシはぼんやりと考えた。


 プログラムが勝手に変わってしまうなんてありえない。あれがアタシのミスでないとするならば、誰かが設定を変えたとしか考えられない。

 だけど、そんな事、誰が出来る?


 答えなんか出るわけがない。

 それでも、アタシは真実を追及する必要があると思った。


 次のレースは、絶対にこんな思いをしたくない。

 チームの誰にも、させたくない。

 その想いだけは、固く胸に刻んだ。



 翌朝、アタシは寝坊した。

 レースが無くなってしまった事に油断したのだ。

 アタシを起こしたのは、アンディからの悲鳴にも似た呼び出しだった。


「・・・どうしたのアンディさん」

 アタシは流れていた涎を慌てて拭きながら、モニターを開いた。


「コスチュームに着替えて、今すぐサーキットの物販ブースに来てくれ、今すぐだ、とにかく急いで、頼む!」

 彼は驚くほど早口で言った。


 へ。

 物販ブース?

 もう今回はレース出場権も無いのに、なんで?


 思いながらも、大慌てで着替えとメイクを済ませてパドック船を出た。

 バクスターが車を用意して待っていた。


「お待たせです。って、どうしたんですか?」

 アタシは助手席に飛び乗るなり訊ねた。


「アンディの奴が、口を滑らせちまったんだ」

「何を?」


 バクスターは肩をすくめた。

「昨日の失格事件、結構なニュースになって報道されちまってね、アンディが事情説明に行ったワケなんだが」


 彼はハンドルを切りながら、アタシをちらりと見た。


「機体トラブルを止めに入った、って話したところまでは良かった。 ・・・ところがさ、インタビュアーの一人が、あのパイロットは誰だったんですか?って、聞いてきやがった」

「それで、アンディはなんて?」

「あのバカ、慣れない報道陣にあがりやがって、正直に全部話しちまった」

「正直に・・・。全部・・・?」

 バクスターは頭を掻いた。


「ほれ、到着だ。心して行くぞ」

「え?」


 アタシはサーキットの前で車を降りた。

 バクスターは関係者用の駐車場に車を止めてから走ってきた。

 並んで物販ブースに向かって歩いていくと。


 ・・・。


 ・・・・。


 ・・・・・。


 な。


 なんだ、あの人だかりは。


 モーラが切り盛りする物販ショップには、数百人を超える客が列を作っていた。

 バクスターが困惑したような笑みを浮かべた。


「昨日の事件が報道されてから、逆に注目を集めちまってよ。今朝からグッズはバカ売れ、それに、アンタのプロマイドも完売状態だ」


「え、ええええええ!?」


 アンディが走ってきた。


「ラライっ、よく来てくれた。ほら、はやくファンサービスして。グッズを買ってくれた人と握手してくれるだけで良いから。こんな事、うちのチーム始まって以来の事態なんだ!」


 アタシがブースに近づくと、並んでいるお客さんがどよめくのが聞こえた。

 どういう事だ。

 なんで、アタシを見て騒ぐんだ?


 まだ、アタシの頭は事態を飲み込めないでいた。

 物販列の横には、すでに買い物を終えた客が、アタシとの握手タイムを待って別の列を作っていた。

 訳も分からず握手会を開始すると、先頭に並んでいた、いい年をして独身っぽい小太り親父が、

「ラライさん、昨日の走り凄かったですねっ」

 ものすごい笑顔で話しかけてきた。


 続くカメラ小僧も、

「ファンになりました! 整備士でモデルでパイロットなんてすごいです!」

 とか。

「第三戦の耐久レースでは出場するんですか!?」

 とか。

「リカルド選手よりも速いんじゃないですか!」

 など。


 まるでアタシがパイロットであるかのように声をかけていく。

 混乱した握手会は、レース本戦が始まるお昼過ぎまで、ほとんど途切れることなく続き。

 気付いた時にはチームの公式グッズは殆どが完売状態になっていた。


 最後の客が帰り、ブースに終了の看板を出した頃には、アタシは笑顔どころか、声すらも出せないほど疲労困憊になっていた。

 仮設店舗の奥にある休憩室に入って、無言で椅子にもたれる。

 さすがのモーラも無口になって、アタシの正面に腰を下ろした。

 数分ほどそのままでいただろうか、いつの間にか居なくなっていたアンディが、サンドイッチの盛り合わせとイチゴっぽいミルクドリンクを差し入れに持って、戻ってきた。

 アタシは恨みがましい目で彼を見た。


「そんな目でみるなよ。悪気は無かったんだ」

 アンディはばつが悪そうに言った。


 応えたのはモーラだった。

 彼をじろりと一瞥して。

「普通正直に答えるかねー。いくら事実にしたって、まさか素人のレースクイーンが現役のレーサーをぶっちぎっちまったって聞いたら、そりゃ、騒がれるに決まってるだろうよ」

 呆れたように言った。


「それで今、苦情を言われてきた」

「誰にさ」

「プリンスオルダーと、Tミラージュの連中さ。なにしろ、向こうは面目を潰されたわけだからね」

 アンディは肩をすくめて見せた。


 なるほど、それであの状況か。

 アタシは絶対目立ちたくはなかったのに、アンディめ、なんて事をしてくれちゃったんだ。

 アタシは天を仰いだ。


「面目がつぶれたのは、俺も一緒だぜ」


 突然別の声がした。


 話が聞こえていたのだろう、リカルドが入ってきた。

 彼はアタシに複雑な表情を向けていた。

 目が少し据わっていて、まだ昼だというのにアルコールの匂いがした。


 リカルドはアタシの側に立った。


「ラライ、あんたレース経験があったのか?」

 彼はアタシに向かって訊いた。


 アタシは首を横に振った。


「それであの走りか。何者なんだ? お前?」

「ただの整備士なんですけど。って、信じてくれませんよね」

「あんな走りを見せられて、信じるとでも」


 アタシは笑ってごまかした。

 とりあえず、笑ってれば何とかなる。

 と、思うしかない。

 これまでも、幾度となく愛想笑いで切り抜けたアタシだ。


「まあ、何でも良いじゃないか、それよりさ、リカルド、あんたこそ大事な事を忘れてないかい?」

 モーラが口を出した。


「大事な事?」

「ラライはあんたを助けてくれたんじゃないか。結果としてこんな事になったけど、お礼を言うべきじゃないの?」


 リカルドは痛いところを突かれたように、眉根にしわを寄せた。

 ひとつ、小さな舌打ちをして。

「余計な事なんだよ」

 吐き捨てるように言った。


 サンドイッチの中から、アタシが食べようかと思っていたハムサンドをしっかりと選んで口に含む。それから、甘そうなドリンクを避けて、サーバーからホットコーヒーを入れて口に含んだ。


「ったく」

 モーラがぼやいた。

「素直じゃないんだからさ。男ってね。・・・ラライもそう思うだろ」


「ええ」

 そんなに男心がわかりはしないが、とりあえず話を合わせた。


 リカルドは肯定も否定もせずに、もぐもぐとサンドイッチを平らげた。


「あんたが何者であれ、あたしはラライに感謝してるよ。リカルドの事を助けてくれたのは事実だし、それに、チーム始まって以来の売り上げにもなったしね」


 モーラはアタシにウインクをした。


 まあ。

 仕方ないか。ここは、とりあえず良かったという事にしておこう。


「そうなんだよラライ、もしかしたらこれは、うちのチームにとっては大チャンスかもしれないんだ。喜んでくれ、次戦のパンフレット、巻末のグラビアページにラライの写真を1ショットとりあげてくれるって」

 アンディがにこやかな口調で言った。


「へー、良かったですねー。・・・って、ええー!?」

 こ、このアタシのグラビアショットだとぉー。

 それは、・・・恥ずぃ。

 かなり、恥ずかしいぞ。


 アタシの了承も得ずに、この男は勝手に引き受けてきたというのか・・・。

 彼の満面の笑みを前にして、アタシはわなわなと震えた。

 リカルドが、鼻で笑うのが見えた。


 その時だった。


 遠くの方で、大きな爆発音がした。

 これは、サーキットの方だ。


 アタシとアンディ、それにモーラは休憩所を飛び出して、音のした方角を見た。

 サーキット場の中から、黒い煙が上がっているのを、アタシ達は茫然と見つめた。

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