シーン7 タイムテストは死のテスト
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シーン7 タイムテストは死のテスト
予選は2日かけて行われる。
周回コースのラップタイムを競う形式で、宣言制で好きな時に開始できる。それを2日間。
最大で10回まで行って、ベストタイムの順番で、40チームまでが本戦に臨むことが出来るのだ。
パイロットも、チーム内のスタッフであれば自由。
だから余裕のあるチームは初日をサブパイロット、メインパイロットは2日目にタイムテストをする事が多い。
予選と言っても、すでにテレビ中継は始まっているし、お金を払って見に来るギャラリーが、もうスタンドの半分以上を埋め尽くしていた。
アタシは、目まぐるしいスケジュールに振り回されていた。
開場ギリギリまでマシンのセッティングを手伝い。
開会セレモニーにはレースクイーンに変装、もとい、クイーンになって式典の横で笑顔を振りまく。それが終わると今度はチームのグッズ販売ブース前に立って、ちょっとだけのファンサービスタイムだ。意外と客が増えて、モーラが嬉しい悲鳴を上げていた。
その後は、まだエリックとアンディの板挟みになった。
「そろそろバクスターが走るんだぞ、嬢ちゃんにはピット内でスタンバってもらわんといかん。水着で整備が出来るか!」
「予選だってカメラが入るんですよ! スポンサーが見るんですから、レースクイーンだって重要なチーム広告なんですよ」
アタシは自分が着ているクイーン用のボディスーツを見た。
肌の露出も高いせいで水着、と思っている人もいるが、実際にはキャンペーン用のちゃんとしたコスチュームで、破けにくく、しっかりとした作りになっている。
ベースになっているワンピースは、最初に思ったよりも解放部が大きく、お腹のあたりがかなりえぐい角度で開いている。へそを冷やしてしまうせいか、たまに腹が痛くなるのが困りものだ。
その上から、小さくて丈の短いベストを着て、超ミニのスカートを履く。
セクシーながらも、けっこう可愛いのではないだろうかと、鏡を見て思った。
チームカラーが黒ベースに青と白なので、そのままの配色になっている。この青とアタシの青い髪は、相性が良いようだ。
リバティスターの流星型のチームマークを背に、胸元には「バッドビル」、その他にも、あちこちにスポンサーのロゴがちりばめられていた。
「バクスターさん、もう出ますよー」
マックが呆れたように声を出した。
結局。折衷案が採用された。
アタシはレースクイーンの衣装から、スカートとベストだけを脱いで、その上から、作業用のつなぎを着た。
走行中は上半身をはだけて、クイーンとして監督席の後ろに陣取り、中継のカメラクルーに笑顔を振りまく。
そして、プレーンがピットに戻って来るとつなぎを戻して作業に加わる。で、またサーキットに出て行くとレースクイーンに変身するという、はげしい役回りになった。
それでも、その日、午後のタイムテストでは、バクスターからマシンを引き継いだリカルドが、ラップタイム2分49秒という高タイムをマークした。
現在時点での順位は16位。まずまずのポジションだ。
アンディが心からほっとした顔をした。
「これなら、明日のタイムテストをすっとばしても、十分本戦には残れますね」
「残れれば良いという問題じゃない、あと最低でも4秒は縮めんと」
エリックは渋面を崩さなかった。
「リカルドの調子が良ければ、やりますよ」
「調子に振り回されてばかりじゃ、戦略は立たんぞ」
「でも、彼以上のスターが望めますか。うちのチーム人気は、彼のキャリアに助けられている部分もあるんですから」
「だからこそ、安定してもらわんと困るのだ」
エリックの言葉は正しかった。
リカルドの走りは確かに早いが、荒い面も目立った。まるで、自分の命など、どうなってもいい、そんな思いが垣間見えるようだった。それが、場合によっては高タイムにもつながるが、時として派手なコースアウトの原因にもなっていた。
「明日は、マシンを入れ替える」
「サブ機の方を使うんですか?」
アンディが驚いたように言った。
アタシもちょっと驚いた。サブ機の方は、アタシがメインで整備をした機体だ。
「リカルド本人から希望があった。試してみたいんだとよ」
「珍しいですね」
「まあ、悪い事じゃないだろう」
内心、アタシは嬉しかった。
アタシが整備した機体が、予選とはいえ走るなんて。これは、けっこう感動ものだぞ。
食事を早々に終えて、今日はもうやる事も無かった筈なのに、ついガレージに向かった。
パドック船の狭い通路を急ぎ足で走ったせいで、角のところで人にぶつかった。
「あ、ごめんなさ」
謝りかけたが、その男は、気にもしない様子で去っていった。
あれ、リカルドだ。
彼はガレージの方から来たように見えた。
いったい何をしていたのだろうかと、一瞬だけ気になった。でも、考えてみればパイロットである彼がガレージに出入りするのは、なにもおかしい事では無い。
アタシはガレージに入って、プレーンを見上げた。
二台の〈ロックガン〉は、これまでになくカッコよく見えた。
最初ダサいと思った流星のチームロゴが、なかなか素敵に見えてきた。
2日目のタイムテストも順調に続いていた。
午後に入って、リカルドはコースに出て行った。
他のチームもタイムを出してきていたので、暫定順位は20位になっていた。
アタシは昨日と同じスタンスで仕事をしながら、この時間はメイン機のコクピットに乗って、動作のチェックを繰り返していた。
「各部異常なし―。そろそろクイーンに戻らないと」
アタシはプレーンの回線をマックにつないで言った。
マック達はコースを走るリカルドの状況をチェックしていた。
『こっちに戻ると、またお人形さんをさせられますよ。もうちょっと、そこで休んでたらどうです?』
マックが笑いながら小声で言った。
それもそうか。全然休んでないもんね。
アタシはプレーンのモニターを幾つかオンにして、リカルドのレースに目を向けた。
リカルドは、絶好調に見えた。
「すごい。2分45秒。チーム記録ですよ」
マックの興奮する声が聞こえた。
ほほう、なかなかやるじゃないか。
もしかして、10位以内のスタートポジションも夢ではないかも。
アタシはワクワクして見つめた。
ゼッケン1が、画面の端に映った。
ファルカンだ。やっぱり速い。・・・けど、リカルドも負けてない。マシンの性能差があるっていうのに、これってなかなかすごい事じゃないか?
予選とは思えないデッドヒートがしばらく続いた。
異常に気付いたのは、マックだった。
「親父さん、重圧エンジンの加圧が下がってませんよ」
エリックの表情が変わった。アタシも、驚いてモニターの音量を上げた。
「おかしい、安定器が動作していない。出力が過剰すぎる」
「どうなるんですか、父さん?」
アンディが慌てて訊ねた。
そんなの、決まってる。
重圧エンジンの加圧が止まらなければ、重力暴走を起こして、機体が内部への吸収崩壊を起こす。
「リカルド、聞こえるか、今すぐタイムテストを中止しろ。マシントラブルだ。出力を下げて、緊急停止させるんだ」
エリックが通信機に向かって、叫んだ。
返答は、無かった。
「リカルド、聞こえんのか! 機体を停止させろ、お前、死ぬぞ!」
エリックはなおも叫んだ。
だが、リカルドはアタックを止めなかった。目の前を走るファルカンのマシンにくらいつき、あと一歩のところまで迫っている。
「まずい、このままだと、本当に事故を起こすぞ。マック、エンジンの様子は?」
「駄目です! 外部からのコントロールも効きません。安定器自体が何の動作もしていないみたいです」
・・・!?
アタシのつけた安定器が原因なのか?
不良品? いや昨日までは確かに正常に作動していた。
アタシの整備に、なにか、問題があったっていうの?
リカルドの機体は、遂にファルカンを抜いた。そして、独走を始めた。
だけど、これは栄光へ続く道ではない、死への一方通行だ。
止めないと!
「ラライ、でます! リカルドさんを止めます!」
アタシは叫んで、そのままロックガンを始動させた。
固定用チューブを外して、そのままピットロードを走り出す。
「じょ、嬢ちゃん、何やっとるか―」
エリックの叫ぶ声が通信機から飛び込んだ。
「リカルドさんを抑えます。接触して直接通信すればなんとか!」
「無茶言うな、あっちは今コースレコードばりの速度になってるんだぞ」
「機体は一緒です!」
アタシはスロットルを開けた。
良い加速感だ。
サーキットの路面を離れずに走るという感覚は、なんとまあ面白い。
本線に出るという瞬間に、三機のプレーンが過ぎて行った。
先頭がリカルド。二番手がファルカンで、その次がトトロッシか。
因縁トリオの揃い踏みって奴だ。
アタシはトトロッシの機体に追いついた。
連続するカーブを、天性の勘でかわし切ると、続く大シケインで抜きにかかった。
そこでバランスが崩れた。
っどっせーい。
全身全霊で踏ん張る。
なんとか片足を地面につけたまま、思わず伸ばした足でトトロッシ機を蹴った。
トトロッシ機がコースアウトして、派手にクラッシュしたのが見えた。
アタシは青ざめたが、実はこの程度の接触なら日常茶飯事らしい。
なるほど、この辺がプレーンならでは、って事なのか。
さて、次は、ファルカンだ。
確かに彼は速くてスマートだ、だが、その前を走るリカルドがうまい具合にコースを塞いでいる。
ファルカンの走りに苛立ちが見えた。
イライラして、後ろが見えていない。
この辺が、一位になれない原因かしら。
ホームストレートでは分が悪い。
アタシは最終コーナーの手前で仕掛けた。
無理やり彼のアウトから速度を上げて、コースに被せる。
ファルカンは腕を振ってアタシを妨害しようとしたけれど、アタシはその腕を待っていた。掴んで一回転。で、離す。
ファルカンはスピンを止められなくなって、そのうちに転倒した。
あたしは、まるでスケートの選手張りにキレイに一回転して、再びリカルドを追った。
ストレートで、空気抵抗を利用して彼の真後ろから接近する。
「嬢ちゃん、今だ!」
エリックの声が聞こえた。
アタシは必死に腕を伸ばして、リカルドの機体にしがみついた。
彼の動揺が、挙動を通して伝わってきた。
「リカルドさん、止まって!」
『その声、ラライか』
よかった、通信が届いた。
「安定器が動作してないの。このままだと、エンジンが暴走しちゃう」
『エンジンが!?』
彼の戸惑った声が届いた。
しばらくして、二体のロックガンはピットに戻った。
拍手喝采で迎えられるとは思わなかったが、想像以上に暗い雰囲気で、アタシは出迎えを受けた。
「まず、無事で良かった。ラライ、よくやった」
エリックが口を開いた。
怒られるかと思ったので、アタシは安堵した。
「そうだよね、事故が無かったんだから、良しとしないとね」
言いながら、アンディがリカルドに歩み寄っていくのが見えた。
彼は見るからに肩を落としていた。
「ああそうだ、生きてりゃ次がある。死んだら、元も子もないからな」
エリックが首を振った。
プレーンを降りたリカルドが、アタシを物凄い形相で見つめていた。
なんと表現していいのかわから無いけど、アタシは彼と目を合わせるのを避けた。
マックがアタシに走ってきた。
「どうしたの、みんな。無事だったのに、暗い顔になってる」
アタシはまだ状況が飲み込めずに言った。
「それは」
マックは少し言いあぐねた後、重い口を開いた。
「姉さんが飛び出しちゃったから。予選走行の規定違反と、他チームに対する、故意によるテスト妨害行為で、失格が決まっちゃった」
「え、失格?」
エリックが頷いた。
「今回は、本戦には進めない。そういう事だ」
彼は、モニターに映る表示板を見つめて呟いた。
そこには、幻となったコースレコードの記録が刻まれていた。
2分35秒12 リバティスター
2分34秒44 リバティスター
ともに、失格のマークが浮かび上がっていた




