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シーン6 因縁あってのライバルチーム

シーン6です

よろしくお願いします

 シーン6 因縁あってのライバルチーム


 広大なサーキットの中を、レース用プレーンの巨大な機体が駆け抜けていた。

 専用の重圧式エンジンが生み出す独特の低音が響き渡り、コースに設置した脚部ローラーの焼ける匂いが立ち込める。


 アタシの整備した〈ロックガン〉が、二台連なって、猛スピードでホームストレートに入ってきた。


 本物のサーキットでプレーンが走るのを見たのは生まれて初めてだ。

 アタシは整備用のつなぎに、アンディに貰ったチームのロゴ入りの帽子を被り、売店で買った安いサングラスをつばの上に乗せていた。

 いかにもピットクルーって感じで、気分が上がってくる。

 正直、変にお洒落な水着っぽいコスチューム姿よりも、自分にはよっぽど合っている感じがした。


「こうしてみると速いですね、どの位のスピード出てるんですか?」

 アタシは隣でラップタイムを計るエリックに尋ねた。

「大体だが、時速にすりゃ550キロってところか」

「550? もう少し出てると思いました」


 ちょっと意外だった。

 プレーンの大気圏内最高速度は、だいたい時速1200キロだ。宇宙なら、その数倍は出る。550キロだと、音速も超えていないじゃないか。


「今回は地上レースで、しかも常時接地しての走行って縛りがあるからな、まあ、下手に空を飛ぶよりはかえってスピード感が見えるし、ショーとして考えればいい速度だろう。・・・とはいえ、ワークスの連中は、ストレートじゃ600近くは出しとるな」


 そのワークスチーム〈ヤックPRC〉のプレーンが目の前を横切った。

 確かに、流石はワークス。かなり速そうだ。


「あれだと、ラップタイムは、2分40秒台には乗せとるだろう。うちはといえば、2分55秒か。ようやっと3分切るのが関の山だな」

 エリックがため息交じりに呟いた。


「それって、駄目なんですか?」

「優勝争い出来るタイムにゃ、程遠い。なんとか10位以内に入って、プラスポイントが稼げりゃ御の字だな」

「はあ~」


 見た感じだと、十分速いと思うのに、なかなか奥深い世界だ。


「うちのチームって、去年の成績はどうだったんですか?」

「全戦をフル参戦した中じゃ、30チーム中24位だ」

「ああ、だからゼッケンナンバーが24なんですね」


 エリックが、アタシにパンフレットを手渡した。


「読むか」

 あら、こんなの売店に売っていたっけ?

 パラパラとめくっていると、気付いてマックが覗き込んできた。


「それって最新のパンフだ。もしかして非売品?」

 彼も手に計測器を持っていた。

 どうやら、バクスターの乗る、スペアマシンの計測を行っていたようだ。


「明日から、売店に並ぶとよ」

 エリックはつまらなさそうに言った。


「初戦だからな、各チームの紹介も乗っている。興味があるなら見とけ」

「へえ、実際には30チーム以上あるんですね」

 アタシは参加チーム数を数えてみた。


 なんと、45チームもある。


「残りのチームは地元の連中だ。基本的には相手にするほどの連中でもないが、チームもパイロットも、ここで目立って、スポンサーをつけようって、ぎらぎらしとる」

「優勝候補は、やっぱりワークスチームなんですか?」


 エリックは不愉快そうにフン、と鼻を鳴らした。


「残念ながら、そうなるな」

 彼はずっと遠くに見えるパドック船を指さした。


「優勝候補の大本命は、現在二年連続でチャンピオンを取っているオルダー社のワークスチーム〈プリンス・オルダー〉だろうな。今年のパイロットはなんと、GPF1でも優勝経験のあるニック・ファルカンだ」


 その名前なら知っている。

 アタシは先日の事を思い出して、少しだけまだ胸がむかついた。


「次は万年二位の、これまたワークスチームで、さっき目の前を走っとった〈ヤックPRC〉。パイロットは超ベテランのビル・トレンスが今年も現役だ。・・・で、3番手はオルダー直孫のカスタムブランド、〈無尽オルダー〉のコレスケ・アリタ、あたりだろうな」


 やっぱり、資金力の強いチームが強いのか。

 アタシはぼんやりと、走りゆくプレーンの姿を眺めた。


 アタシが乗ったら、結構いい線、行くんじゃないかな。

 ちょっとだけ思ったりもする。


 だけど。駄目だ。

 そんなに目立つような生き方をしてどうする。

 いくら過去は消し去ったって言っても、下手に有名になって、過去を探られでもしたら、途端に怪しまれるに違いない。

 だって、過去が無さすぎる女、なのだもの。


 アタシの眼が、一台のライムグリーンの機体にとまった。

 ゼッケンナンバーは23に見えた。

 ってことは、去年はウチのチームと争っていたレベルのチームか。


 機体は自分たちと大きくは違わないようだが、随分と機敏に見えた。

 遅れている数台のプレーンが道を塞ぐのを、僅かな動作で躱して前に出る。その動きが、驚くほどに滑らかだった。


「あの23番、上手いですね」

 アタシが指さすと、エリックの顔色がみるみると変わった。

 マックが焦った様子でアタシを引っ張った。


「駄目ですよ姉さん。あのチームの事に触れちゃ」

「なんか、あったの?」

「因縁の相手なんですよ」


 マックはパンフレットを開いた。

 チーム名〈Tミラージュ〉。機体はカザキのダジールマッハか。


「オーナー兼監督のバイモスってのがいるでしょ、その人、親父さんの教え子で、もとはうちのチームの整備士あがりなんですよ」

 マックが小声で言った。


「ところが、数年前、大手ケミカルメーカーがプライベートチームを立ち上げるって、白羽の矢を立てたのがそのバイモスさんで。それだけならまだしも、当時のうちの整備士やら、よりにもよってメインパイロットのトトロッシさんを引き抜いちゃったんです」

「ヘッドハンティングってやつね」


 マックはうんうんと頷いた。

 なるほど、そんな相手が居るなら、エリックの気持ちも穏やかではないに違いない。

 それにしても、ヘッドハンティングは汚いな―。


 アタシの中で、敵愾心がメラメラと燃えた。

 エリックは厳しいが、悪い人じゃない。

 少しくらい、彼の勝利に貢献できればいいのだが。


「来たぞ」

 エリックがロックガンの接近に気付いた。

 さっきより、リカルドとバクスターの差が目に見えて開いていた。


「やっぱり、リカルドさんは速いなあ」

 マックが機体の後ろ姿を目で追いかけて、感心したように呟いた。

 その視線が、隣のパドックを見つめて止まった。


「あれ?」

「どうかした?」

 アタシは彼の見ている方角に目を向けた。


「あそこ、隣のピットに居るの、メインパイロットのトトロッシさんだ。ってことは、さっき走ってったのは、サブパイロットの方か」


 へえ、あれでサブか。

 ってことは、あのメインパイロットはもっと速いのかな。

 アタシはトトロッシという男をじっと見つめた。

 だが、ちょっと距離がありすぎて、後頭部がだいぶ薄い、という身体的特徴くらいしか印象には残らなかった。


「データは取れた。あと2周もしたら、ガレージに戻って再調整に入るぞ。マック、ラライ、予選までの間、休めると思うな」


 エリックが、情け容赦の無い声をあげた。



 そこから数日間は、本当にガレージに缶詰のような状態だった。

 チューニングをしては走行テストを繰り返し。

 だが、調整以上に大変だったのは、リカルドの気分にむらがありすぎる所だった。


 きっと天才肌ってのは、ああいうのを言うんだろう。

 ものすごく良いタイムを出したかと思えば、急に、とんでもないロスを発生させる。かと思うと、急に帰ってしまったりして、肝心のテストが出来なくなる。

 エリックもイライラしたが、アタシも十分イラっとさせられた。


 翌日に、予選のタイムアタックを控えた夜。

 晩ご飯を食べに食堂に戻ると、エルザがモーラと一緒に本を読んでいた。

「リカルドは?」

 聞くと、モーラが困ったような顔をした。


「あいつ、時々出て行って、遅くまで戻らないんだよ。レースも近いのに困ったもんさ」

「よくあることなの?」

「まあね。しょっちゅうさ」


 エルザと目が合った。

 彼女は気にしない、という風を装ったが、その表情には寂しさが垣間見えた。


 とにかく食べるだけ食べてから、アタシはガレージに戻った。


 アタシとマックは、整備士として良いコンビになれた。


 彼の整備士としての腕は一流だったし、何よりもアタシを「姉さん」と呼んで懐いてくれた。性格も真面目で明るくて、おまけに顔も悪くない。アタシがこれまで知り合った「良い男」にロクな奴はいなかったが、彼ははじめてアタシの固定概念を壊してくれた。


 ただひとつ。

 彼は明らかに年下だった。

 多分、スクールを出たばかりなんじゃないだろうか。

 アタシは年下には興味が無いのだ。なんだろう、年下だと思うと、母性本能は働くが、途端に男性としては見えなくなる。


 重圧エンジンの圧縮エネルギーの奔流を、アタシが調整した安定器がしっかりと循環させて、スムーズな動力を生むようになっていた。

 アタシはパイロット席に乗って、二時間ほどテストを行った。


「その辺で良いだろう。そろそろ休め、明日は本番だぞ」

 エリックに声をかけられた。


 正直言って、大変ではあったが、充実した数日間だった。

 やっぱり、人に頼られるってのは、良い。

 今度こそ、アタシは天職に巡り会ったのかもしれない。

 本気でそう思った。


 遅いシャワーを浴びて、部屋に戻ったアタシは、頭からベッドに飛び込もうとして、突然声をかけられた。

 こんな時間に、まさか人が尋ねてくるとは思わなかったアタシは、不意を突かれてかなり驚いた。


 声の正体はエルザだった。


 エルザは僅かに目の縁に涙をためていた。


「どうしたの、こんな時間。リカルドがまた心配するわよ」

「パパ、また出てっちゃったの・・・」

「え、こんな時間に」


 エルザは頷いた。

「少し前に戻ってきたんだけど、私が眠ってる間に、またどっか行っちゃったの」


 ったく、あの男は何をしてるんだか。

 素行不良でスキャンダルを起こしたりしたら、承知しないぞ。

 なんだか、過去にも色々やってるみたいだし。


 エルザがアタシの袖をぎゅっと掴んだ。

「パパが帰ってくるまで、一緒に居て? 駄目?」


 うーん。困ったな。アタシも疲れているんだけど。

 でも、こんな子供のお願いを、断るわけにもいかない。


「仕方ないなあ、じゃあ、パパが来るまでだよ」

 アタシはエルザに「ラライの部屋に居ます」という書き置きを準備させて、彼女を自分お部屋に招いた。

 ちょっと夜更かしをしたが、お互いに疲れていたのか、いつのまにか寝てしまって。

 気付いたら、もう朝になっていた。


 リカルドは、迎えに来なかった。

 戻ってきている事をバクスターに訊いたアタシは 怒り心頭で彼の部屋に怒鳴り込んだ。


 彼は部屋にいた。

 パイロットスーツを身につけて、エルザの事など忘れているかのように、精神統一をしている最中だった。


「リカルドさん!」

 アタシが睨みつけると、彼はアタシの要件を察したようだった。


「あんたの所に居るなら、心配ないと思ったんだ」

 リカルドはぶっきらぼうに言った。

「エルザはあんたに懐いたみたいだし。あれは賢い子だからな」


「だからって、顔くらい出しなさいよ」

「レースが終われば、ちゃんと謝るさ」


 彼はアタシの肩をポンと叩いて、部屋を出て行った。


「待ちなさいよ」

 追いかけようとしたアタシははっとして足を止めた。閉じていく扉の隙間から、一瞬だけ彼の部屋が見えた。

 奥にテーブルらしきものがあって、写真立てが飾られていた。

 顔はわからなかったが、映っていたのは、青い髪の女だった。


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