シーン4 女の平手に罪はない
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シーン4 女の平手に罪はない
ファルカンはごく普通のテアードだった。
目が細くて神経質そうな顔をしている。
髪の色はくすんだアッシュで、オールバック気味に撫でつけているのが、アタシの眼にはインチキやくざにしか見えなかった。
まあ、世の中一般には悪い顔ではないのだろうけど、はっきり言って好みじゃない。
アタシが楽しい人間観察を続けていると、やばい、目があった。
何も悪い事はして無いはずなのに、目が合うとそらしてしまうのは何故だろう。
ファルカンはアタシを見て、ほんの少しだけ唇を震わせた。
「マーキュリー、相変わらずだな。まだ彼女の面影を追っているのかい」
ファルカンが言った。目元に乾いた笑いが張り付いていた。
彼女? 誰の話だ?
アタシは話の続きが気になった。
「結局、アンタはいつもそうだ。何年たっても、一歩も前に進んじゃいない」
ファルカンの声には侮蔑の色が宿っていた。
侮蔑、いや、これは微かな怒りにも聞こえる。
リカルドが、激しい勢いで立ち上がった。
何をするのかと見ていると、突然ファルカンの胸ぐらをつかんだので、アタシは驚いた。
「ファルカン、お前っ!」
リカルドの怒鳴り声が店内に響き、女達が悲鳴を上げた。
「ちょ、やめてっ」
リカルドは今にも相手を殴りそうだった。アタシは慌てて彼の袖を抑えた。
「おいおい、サーキット外でのトラブルはごめんだぜ」
悪びれる様子もなく、ファルカンは言った。
しかし、その額に汗が滲んだのを、アタシは見逃さなかった。
「アンタだって、ただでさえ色々と大変なんだろ。こんな所で問題を起こして、レースに出場できないなんて事になったら、困るのはそっちじゃないのか」
「くっ」
ファルカンに痛いところを突かれて、リカルドが唇を噛むのが見えた。
ファルカンは笑った。
「見たくないもんだね、そういう姿さ。あの宇宙チャンピオンだったマーキュリーブルーが、今じゃあ、聞いた事も無いような貧乏プライベートチームのパイロットなんてな」
その言葉には、アタシもカチンときた。
ほほう、言うねえ。
ってーかさ。
なんだよこのファルカンっての。
リカルドの事はともかく、今、アタシのチームを馬鹿にしたな。
ま、アタシもまだ採用二日目で、このチームに愛着がわいてるってワケじゃないけど。
それでも、そんな事を他人に言われる筋合いはない。
アタシはリカルドの手を抑えたまま、無理やり二人の間に割って入った。
「えっと、ファルカンさんでしたっけ。焚きつけといて、そういう言い方は、無いんじゃないですか。・・・あなた、性格悪いですよ」
「え?」
ファルカンはぽかんとした顔をした。
アタシは。
思い切りファルカンの横っ面を張った。
リカルドがあんぐりと口を開いて、女たちの表情が固まった。
けけけ。
いい気分だ。
リカルドが手を出したってんなら問題だけど、アタシだったらどう?
女に張り手を喰らっても、訴えてきますか―。
ファルカンは、一瞬何が起きたかわからないような顔をしてから、頬を抑えて、ゆっくりとアタシを見た。
睨みつけられるか、手を出されるか、少しだけ覚悟した。
だが、彼は不思議そうにアタシを見ただけだった。
「謝りませんよ。先に侮辱したのはそっちですから」
アタシは啖呵を切った。
ファルカンは言葉を探しているようだった。
斜に構えてスター気取りの割には、案外想定外の事態には対応できないものらしい。
反応したのは女達だった。
自分たちのヒーローが、どこの馬の骨とも知れない女に殴られたことを理解すると、二人そろってものすごい剣幕でアタシに詰め寄ってきた。
ヒステリックな大声と、ただ事ではない雰囲気に、周囲の客が目を向け始めた。
「おい、もうよせ」
リカルドがアタシを守るように立って、諫めた。
向こうの方ではファルカンが。
「いいんだ、これは俺の問題だから」
青筋を立てた女達を制していた。
「面白い子だね。新しい女か」
「うちの整備士だ」
「整備士?」
「ああ、ついでにチームのイメージガールらしい」
「なんだそりゃ」
ファルカンが呆れる顔が見えた。
まあ、整備士でレースクイーンなんて、アタシが一番おかしいと思ってますよ。
けど、人の事をとやかく言わないで。
もう一発ひっぱたいてやろうかしら。
思ったが、ファルカンはそれ以上アタシの事を深追いしなかった。
女たちを振り向いてファルカンは何かを話した。
どうやら、これ以上事を荒立てるのは良くないと判断したらしい。
「邪魔したな。次はレース場で会おう」
一方的にそう言って、アタシ達から離れた。
ったく、どこにでも嫌なヤローはいるもんだ。
ファルカンは支払いを済ませて、そのまま出て行くのかと思ったら、最後にまた一瞬だけアタシのところに顔を出した。
「そう言えば、君、名前は?」
「アタシですか。・・・ラライ・フィオロンです」
「ラライか。綺麗な髪だね」
「ありがとう、ございます」
一応お礼は言った。
でもなんで、みんなアタシの髪しか褒めないんだろう。
「マティルダを思い出すな」
去り際に彼が言った言葉が、アタシの耳を打った。
「え?」
「せいぜい、気を付けなよ。彼女みたいにならないようにね」
「ファルカンッ!」
リカルドがまた大声をあげた。
ファルカンは肩をすくめて、逃げるように店を出て行った。
マティルダか。
人の名前なのは間違いが無い。
だけど、一体誰なんだろう。
昨日リカルドもアタシをそう呼んだ。
もしかして。
いや、多分そうなのではないだろうか。
アタシはリカルドを振り返ったが、彼は明らかに不機嫌な顔で腕組みをしていて、とてもじゃないが声をかけられるような雰囲気ではなくなっていた。
パドックシップに戻ったのは、もう夕方過ぎの事だった。
沈黙が痛いバスの帰り道を終えて、なんだかへとへとになっていたアタシを待っていたのは、エリックの罵声だった。
「あと三日後にはテスト走行で、四日後にゃ予選が始まるんだぞ、それまで二台とも最高の状態に仕上げなきゃならん。モデルの真似事なんて、やっとる場合か!」
いやいや、あんたがやれって、言ったんでしょうよ。
『兼務で良いな』って。
反論したかったが、出来るわけもなく、アタシはプレーンの調整に駆り出された。
二体のプレーンはどちらもバランスの取れた体形をしていた。
チーム専用に開発されるワークスマシンと違って、市販されたレース用マシンをチューニングしていくのがプライベートチームのやり方だ。
この機体のベースは、アタシの好きなリンキ―社の〈コキュロート・ガンマ〉。通称、ロックガン。
爆発的な推進力と、切れのある瞬発動作が持ち味だが、トップスピードの持続力不足や機体剛性の低さ、また、整備性の悪さがメカニック泣かせと言われている。
結局深夜まで働いて、部屋に戻ったら、そのままバタンと寝てしまった。
翌日の朝、ようやくシャワーを浴びて談話室に行くと、アンディとエリックがまた口論をしていた。
アタシは二人を無視して、部屋の奥に置かれた大型モニターを見た。
当面のスケジュールが入力されていた。
それによると、今日はレースクイーンの仕事はない。
でも、二日後のコーステストに向けて、機体の最終調整に入らなければならない。
今日も、休む暇がなさそうだ。
「ラライの嬢ちゃん」
エリックが声をかけてきた。
「出力安定装置の交換はできるか。どうも重圧式エンジンとの相性が悪い」
「それくらいなら、やった事ありますよ。ロックガンだと、腰の後ろですよね」
「心配はいらんようだな。昼前には届くはずだ」
アンディが向こうでため息をつくのが見えた。
どうやら、部品の発注の件で喧嘩をしていたものらしい。
「それまでは何します?」
「スポンサーマークのペイントだが、それは俺とマックでやる。嬢ちゃんはそれまで休んでおけ」
「はーい」
ラッキー、少しでも時間が出来た。
アタシは何をしようかなと考えながら談話室を出た。
で、人にぶつかった。
って。ぶつかってきたのは向こうだ。
アタシは女の子の突進というボディブローを受けて、悶絶した。
「ごめんなさい。あ、この前のお姉ちゃん」
「・・・だ、だじが、エルザちゃ、ん、だっだっげ」
「大丈夫?お姉ちゃん」
きょとんとして、エルザは聞いてきた。
あなたこそ、大丈夫? だとしたら・・・いい頭してるわ。
「おい、エルザ、走るなよ。・・・ん?」
リカルドがうずくまるアタシを見つけて怪訝そうな顔をした。
「おはようございますリカルドさん。昨日は、どうも」
アタシは必死ににこやかな顔を作った。
「ああ、誰かと思ったらアンタか」
彼はアタシの事など、気にもならない様子で、娘の姿を目で追った。
「エルザ、大人しくしてないと駄目だ。俺は今日、講習日だからな」
「講習?」
思わずアタシは聞いた。
「ああ、今回のレースについてのルール講習だ。事前に内容は来ているが、一応集合講習を受ける決まりになっている」
「一人で行くんですか?」
「アンディと一緒だ。監督とメインパイロットは出席が義務付けだからな」
リカルドは面倒そうな顔をした。
「モーラが買い物に行くんでしょ、一緒に言っちゃダメ?」
エルザが廊下の向こうから大きな声を出した。
「駄目だ。モーラにも色々仕事があるんだ。遊びじゃない」
「パパのケチ―」
「こら!」
なんだかその光景が、微笑ましく見えて、アタシはくすっと笑った。
そうか、エルザは留守番か。
アタシの脳裏に、ちょっと面白い考えが浮かんだ。
「エルザちゃん、じゃあ、お姉ちゃんと遊ぶ? アタシ、午前中は暇だから」
「え、いいのお姉ちゃん」
エルザが嬉しそうな顔をした。
「おいアンタ。いいのか、アイツ見た目以上に大変だぞ」
リカルドが申し訳なさそうな様子でアタシに言った。
まあ。
子供の世話なんかした事ないけど、彼女は頭もよさそうだし、どうせ何もすることが無いのだ。少しくらい、こういう経験も悪くないだろう。
「構いませんよー。ねえ、エルザちゃん、アタシの部屋に来る?」
「行くー。何があるの?」
「大したものはないけど、携帯ゲームくらいなら」
「あ、やってみたい。パパ、良い?」
「ゲームか?」
リカルドは困ったように呟いた。
あれ、ごめん、もしかして教育方針的に駄目だったかな。
リカルドはアタシと娘の顔を見比べてから、小さくため息をついた。
「まあ、いいか。エルザ、そこのお姉ちゃんを困らせるなよ」
「はーい」
エルザが嬉しそうに走り寄ってきた。
屈託のない笑顔に、愛らしい動作。子供ってのはなかなか可愛いもんだ。
「良いんだな、本当に大変だぞ」
リカルドが漏らした言葉の意味を、子育ての厳しさを知らないアタシは、その時全く理解する事が出来なかった。
物語はまだまだ始まったばかり
これからどんな事件がはじまっていくのか
お楽しみに!
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