シーン48 結局、出たとこ勝負なの
シーン48 結局、出たとこ勝負なの
宇宙船の中だってことは、すぐに分かった。
ブロックを隔てる隔壁の構造、そして、通路の大きさから推測して、軍用船ではない。でも、貨物船や旅客船の様な民間機でもなさそうだ。
だとすれば、考えられるのは、警備艇か護衛船だ。
おそらく、民間警備会社の船に偽装しているのだろう。犯罪組織や傭兵団が良く使う手だ。
アタシは連行されながらも、注意深く周囲を確認した。
プレーンや兵器、そして、こと宇宙船に関しても、アタシはマニアだ。
あんまり知識をひけらかすと、逆にドン引きされる事もあるので普段は黙っているが、こういった狭い分野に関してなら、クイズ番組に出て優勝できるぐらいの自信はある。
アタシは緊急隔壁の下に書いてあるメーカー記号を盗み見て、この船がブラックダイヤ重工製のドルーブ型の船だと確信した。
いや、これって重要な事なのよ。
だって、いざ逃げ出す時には、船の構造を知ってるってのはものすごく強みなんだから。
まあ、逃げ出せればの話だけども。
結局そんな隙は一切なく、アタシは船体の格納庫付近まで連れてこられた。
ゲイリーはアタシに、衣類を脱ぐように言った。
冗談じゃないわ。
って、抵抗しようとしたら、銃で脅された。
だけど、アタシ男の前で服を脱ぐなんて、そんな事出来ない。
どうしよう・・・。
アタシがまごまごしてるので、ゲイリーがだんだん苛立った顔になってきた。
と、その時、足音が聞こえて、二人が振り向いた。
現れたのは、ブッフェルだった。
救けが来たわけではない。あの男も、奴らの仲間だ。
ブッフェルはどこかふらついた足取りでアタシ達に近づいてきた。
「お前、今までどこに行ってやがった?」
ゲイリーが聞いた。
ブッフェルは頭を振って。
「昨日、女に誘われたまでは覚えてるんだが、そこからの記憶がなくてよ・・・。くそ、頭が痛え」
言いながら、アタシに視線を止めた。
「リバティスターのラライか? へへ、いい女だと思ってたんだよな」
マジか・・・。
アタシはたじろいだ。
そういえばいつだったか、彼がロアの後ろからアタシを見ていたことがあったけど、そんな風に見ていたの?
「この女好きが・・・」
「言いっこ無しだぜ。どれ、脱がすのか?」
ブッフェルは好色めいた顔でアタシに手を伸ばした。
「やめてよ!」
いきなり髪を掴まれてアタシは叫んだ。
けど、腕力じゃかなわなかった。
簡単に腕を捻り上げられ、アタシは悲鳴を上げながら降参した。
アタシを救ったのは、ある意味エルザだった。
エルザがアタシを見て大声で泣きだした。
あまりにも激しく泣いたので、男たちも興がそがれた様子になった。
「けっ、早く脱ぎやがれ」
ゲイリーに小突かれて、アタシは半ば泣きべそをかきながら服を脱いだ。
さすがに下着まではと思って、恐る恐る顔をあげると。
「武器とかは、どこにも隠して無さそうだな」
笑いながら、ブッフェルがアタシの肌に触れた。
あまりの気持ち悪さに総毛が立って、理不尽さへの怒りで前が見えなくなった。
格納庫の下が、檻になっていた。
正確には車両収納用のスペースなのだが、そこを牢獄代わりに使っているのだ。
小さなハッチが開いて、階段が現れた。
中に入れって、ことなんだろう。
こんな所で辱めを受けるよりは、まずはこいつらから逃れたい。
その一心で、アタシは自らの足で階段を降りた。
エルザは、幸い警戒をされなかったらしく、そのまま中に入った。
彼女はまだ子供だ、変なことをして心に傷を負わせたら、絶対に許さない。
アタシは思いながら、彼女をぎゅっと抱きしめた。
入り口が外側から閉められると、一気に周囲は暗くなった。
黄色い非常灯が灯ってはいるが、眼が慣れるまで数秒かかった。
人の気配がある。
アタシは目を凝らした。
人数は、三人か。
ようやく視界が回復して、その姿がはっきりと見えてきた。
どれも女だ。
アタシと同じように下着だけの格好にされて、ぐったりとうずくまっている。
一人は、全く知らない。
もう一人は、これは見覚えがある。金色の髪に豊満な肉体。若作りをしているが、中年に差し掛かったその相貌は、涙にぬれて別人のように皺が浮かんでいた。
言うまでもない、セリーナだった。
そして最後の一人と目があった。
女は、緑色の大きな目を、一杯に見開いて、アタシを見返した。
彼女は笑った。
唇の端を吊り上げると、犬歯にも見える八重歯が見えた。
「なーんだ、ラライ。キミも捕まっちゃったの?」
「アンタ、・・・ロア!? 生きてたの!?」
「何だよ藪から棒に。ボクがどうして死ななきゃいけないの?」
「だって爆発があったから・・・、アタシ、心配したんだから」
アタシはロアに抱き付いていた。
自分より背の低い小柄な彼女が、ためらいがちに、アタシの髪に振れた。
「ラライ、泣いてるの?」
これが泣かずにいられますかって。
ロア、アンタは本当に心配かける子なんだから。
「なっさけないなー。捕まって泣きべそかいちゃってさ。ま、昔っからキミは、プレーン戦以外じゃ役立たずだもんね~。まったく世話が焼けるよ」
「何よー。アンタだって捕まってたんじゃない。それにアタシだって」
銃さえ持ってれば不覚は取らないわよ。
と、言いたがったが、エルザの手前やめた。
「ボクは、わざとここに居るの。キミとは違うんだよ」
「わざとって・・・?」
ロアは不敵に笑った。
「まずは座ろうよ。体力は最大限温存しなきゃ。キミだって、子連れみたいだし」
「そうね、エルザ、・・・大丈夫?」
アタシは壁際に座った。
背中を壁につけたら、金属が思ったよりも冷たくて震えた。
エルザは大分落ち着いてきたが、やはりかなり怖かったのだろう。アタシの太ももにすがるように横になって、程なく目を閉じた。
ロアはアタシの横に座った。
セリーナともう一人の女も身を寄せ合っていたが、アタシ達が腰を下ろすと、呼んでもいないのに近づいてきた。
おそらく、心細いのだろうと想像がついた。
涙を拭いて彼女達を見返すと、セリーナが妙な表情になった。
アタシの顔に見覚えがあるが、誰か思い出せない、そんな様子に見えた。
「アタシ、リバティスターのラライです。えと、パーティでお会いしましたよね」
あと、公園と、カフェでもお見かけしましたが。
「ああ、あのレースクイーンの?」
セリーナが声をあげた。
どこかしらホッとしたような響きが滲んでいた。
少しでも見知った相手だと知って、安心したに違いない。
「やっぱり、セリーナさんも誘拐されてたんですね」
「その言い方だと、他にも誘拐された人がいるの」
「第三戦の後あたりから、大会関係者の誘拐が続いているって、ある人が言ってたんです」
「ある人?」
ロアが喰いついてきた。
「シェードっていう探し屋。アンタも会ってるよ、ニースとかってカメラマンに扮していたでしょ」
「えー! アイツが、シェードだったんだ!?」
「シェードの事知ってるの?」
「知らないわけないでしょ。シェードって言えば、黒の道化師だよね」
ロアの声が、どこかしら興奮したように感じられた。
「どうしたの、あんたシェードのファンだったりしたの?」
「ううん。だって裏社会じゃ有名な賞金首だよ。生きて捕まえたら、数十、いや数百億だって出す連中は居ると思うよ。あ~、もったいないことしたなあ」
す、数百億の賞金首?
まさか、そんな素振りも様子も、全然なかったのに。
って、ロア、
アンタ、シェードを捕まえる気満々みたいね。
・・・。
まあ、いいか。
そう思いながら、アタシは待てよ、と思った。
つまり。
アイツを捕まえれば、エルザを救うための20億なんてすぐに手に入るって事か。
・・・全宇宙の女性の為にもなるし。
・・・良いかもしれない。
けど。
やっぱり駄目だ。
あの変態野郎を生け捕りにする労力を考えたら、普通に20億稼いだ方が簡単かもしれない。
下手に手を出すと、痛い目にあうのはこっちの方かも。
「でも、そういう事なら、ボク達が連れていかれる先には、他にもさらわれた人たちがいるかもしれないって事だね」
「そう思う」
「面倒だなー」
ロアが思案気な顔になって呟いた。
「ラライさん、あの人たちは私達を、どうするつもりなんでしょう?」
セリーナがすがるように聞いてきた。
父親の側に居た時とは、随分と雰囲気が違う。
結局、権威という傘の下で護られていないと、何も出来ないタイプか。
もう少し芯の強そうな女の人だと思っていたけど、ふたを開けてみれば、ただの人なんだ。・・・まあ、セレブなんて呼ばれる人種は、案外こんなものなのだろうか。
「GⅩ1の開催そのものを中止させたいみたいです。おそらく、その為に人質を集めてるんだと思うけど。・・・きっと、そっちの人もGⅩ1の関係者ですよねー」
アタシはもう一人の女に視線を向けた。
女は震えながら頷いた。
「彼女は、カシムラの社長令嬢だよ」
ロアが言った。
黒髪の、随分小柄な女性だ。
アタシが声をかけると。
「ヨーコです。ヨーコ・カシムラ」
女性は聞こえない程の小声で言った。
プレーンカスタムパーツの有名メーカー〈カシムラパーツ〉のお嬢様か。
カシムラパーツといえば、いくつかのチームに部品提供もしているし、プライベートチームも参戦させている有名どころだ。
素人考えでも、大会運営には大きな発言力を持っているのは間違いない。
「つまり、人質を盾に、運営委員会で開催中止を決定させるって企みかー」
ロアの言葉に、アタシは頷いた。
でも、わからないのはなぜ連中が、そこまでしてGⅩ1の開催を止めたいのか・・・だ。
「ラライはアイツらの正体は掴んでるの?」
「シェードの話だと、リブス解放戦線だって、言ってた」
「リブスか・・・。なかなかの大物だね」
セレブの女二人は、リブスの名前を聞いて、ますます震え上がった。
ロアはそんな二人に軽蔑するようなまなざしを向けた。
アタシはさっきのロアの言葉を思い出した。
「そう言えばロア。アンタ、さっき自分から捕まったみたいなこと言ったよね。あれってどういうこと?」
「ああ、それね」
ロアはアタシを見てニヤリと笑った。
「バイモスさんに話を聞きに行ったんだけど、もう逃げちゃった後だった。で、ゲイリーを見つけて追いかけたんだ。そしたらこの船に辿り着いてね」
彼女はアタシに向けて、例の如く鋭い爪を伸ばしてみせた。
「その気になればこの爪で引き裂くことも出来たけど、それよりもバイモスさんともう一度だけ話したかったし、・・・ボクを騙して、こんなひどい事を仕掛けた連中には、仕返しをしないと気が済まない。・・・折角だからこのまま本拠地まで案内してもらおうかなって」
舌なめずりをしたロアの姿に、アタシはゾクッとした。
ロアってば、怒ると、
・・・かなり。
かなり怖いのよね。
「じゃあ、アンタはリブスの本拠地にわざと行こうって、そんな事考えてるワケ」
「もちろんさ。まあ、まずはバイモスさんと話してみないとね」
彼女は爪をしまった。
バイモスの名前を出す時、彼女の表情には苦痛にも似た悲しみの影がよぎった。
きっと、本気で彼の事を信用したんだろう。
本気で、レーサーになる夢を、見たんだろう。
彼女はずっと孤独だった。
そして、誰よりも純真だ。
だから、まだ、裏切りを信じる事が出来ないでいる。
アタシは彼女の心情を思うと、胸が詰まった。
「それで、どういう作戦なの?」
アタシは訊いた。
「作戦って?」
「相手の本拠地についたら、どうするつもりなの。どうやって、バイモスに会うの?」
「そんなの、出たとこ勝負だよ」
「え?」
ロアはきょとんとした顔になった。
いや。
きょとんじゃなくてね。
「まさか、アンタ何にも考えてないの?」
「ラライだって、ボクがそーゆーまどろっこしい事キライなの知ってるでしょ」
ああ。
アタシは天を仰いだ。
ここにリンがいてくれればなあ。
アタシは「蒼翼」時代のパートナーにして、チームの作戦参謀リンの事を思い浮かべた。
きっと彼女なら、どんな絶望的な状況の下にいたって、針の穴を通すほどの小さな希望を見つけて、アタシ達に何らかの術を与えてくれるはずだ。
だけど、今、ここに居るのは・・・。
チーム一番の爆弾娘ロアと、チームリーダーだけど基本、突撃要員のこのアタシ。
作戦や計画なんて、もっとも無縁の二人だ。
「出たとこ勝負・・・」
「そ。・・・どーせラライだって、何にも考えなんて無いんでしょ」
ロアはずばりと言い当てた。
「だったら、黙ってみてなよ。まあ、何とかしてみせるからさ!」
彼女は親指をあげて、力強く笑みを浮かべた。
その自信は、・・・いったい、どこから来るのだろう。
アタシは乾いた笑いを浮かべながら、それでもこの小さなベルニア娘に希望を託すしかないのかと考えた。
残念だが。
現状ではアタシもセリーナと同じで、暴力に抗う術を、たった一つも持ってはいなかった。
せいぜい、絶望しないだけの根性を除いては。




