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シーン38 逆境なんかに負けられない

 シーン38 逆境なんかに負けられない


 モーラは半狂乱になった。

 アタシはGランナーのハンドルを握り、彼女を乗せてユーリシアの救急病院へと走った。


 アタシ達のロックガンと、もう一台のプレーンは、原形を残さない程の大クラッシュとなって、サーキット場では彼の生死も確認が取れなかった。

 駆けつけたセイフティマシンによって、コクピットがこじ開けられ、彼の体はそのまま救急病院へと搬送された。


 バクスターさん。

 お願い。生きていて。


 関係者用の入り口から飛び込んだアタシ達を、病院のスタッフは必死に止めた。

 状況は、良くなかった。

 2時間ほどして、アンディとリカルドがようやく到着した。

 事故後の対応に思いの他時間がかかったらしかった。

 それでも早く駆けつけた方だと、リカルドは言った。


 アンディはアタシに戻って休むように言ったが、モーラの側には女性であるアタシがついていた方が良い。そう思ってこの場に居座った。


 結局。

 妙に無表情の医者が姿を見せて、彼の命をなんとかつなぎとめた事を告げたのは、事故から8時間も経ってからの事だった。


 バクスターは重傷だった。

 怪我の具合や後遺症については今のところ何とも言えないが、少なくとも命に別状はないだろうというのが、医者の見解だった。

 説明を聞き終えると、モーラは安堵のあまり泣き崩れて、そのまま昏倒した。

 簡易ベッドをひとつ借りて彼女を休ませた。


「気が付いたら、モーラは俺が連れて帰る」

 リカルドが言った。


「アタシも残るわよ」

「お前はいい。エリックが待ってる筈だ。もう一台のロックガンを試合用に再調整すると言っていたぞ」

「もう、パイロットも居ないのに?」

「俺たちは、試合に出る事を信じて、最後まで自分のやるべき事をする。それがレーサーってもんだ」


 おや、リカルドったら。

 言うじゃないの。

 ついこの間まで、自殺志願者だったとは思えない発言ね。


 けど。

 その通りかもしれない。


「じゃあ、モーラの事、よろしくね」

「エルザも心配しているだろう。戻ったら、ひと声かけておいてくれ」

「僕は車を出すよ。ラライは救急外来の所で待ってて」


 アンディが真っ先に腰を上げた。



 アタシとアンディの帰りを、リバティスターのクルー達は、全員が不安そうな面持ちで待っていた。

 談話室に全員を集めて、まずはアンディがバクスターの様子を伝えた。

 彼の命が助かった事を聞くと、皆は一様に喜びをあらわにしたが、今戦どころか、もしかしたら今期中の復帰も危ういという状況を知らされると、雰囲気は一気に暗転した。


「いずれにしても、パイロットがいない事にはどうしようも出来ない。耐久レースに出るには、もう一人、パイロットが必要なんだ」

 アンディは頭を抱えた。


 アタシはクルーの顔を見回したが、アンディやエリックはもちろん、チーム内にはプレーンの操縦に自信を持つ者など、一人もいなかった。

 お互いに探り合うような目線を交わすが、まさか自分が出場するなどとは言い出せない様子だった。


 たった一人を除いては。


「アンディさん。俺、やってみましょうか?」

 名乗りを上げたのはマックだった。

 アタシは彼を見た。

 彼は真剣な眼差しでアンディを見つめていた。


「マック・・・」

 アンディがぽかんと口を開けた。


「お前じゃ、無理だ」

 言ったのはエリックだった。


「せいぜい重機レベルしか運転の経験が無いお前に、ロックガンが乗りこなせるか。プレーンレースを舐めるんじゃねえ」

「親父さん・・・だけど」


「マック、君の気持ちは嬉しいよ。だけど、父さんの言う通りだ」

「アンディさん・・・」

「パイロットの件は、なんとか当たってみる。あと二日、まだ時間はあるんだ」


 あと二日か。

 時間がある・・・とは、到底思えない。

 そう言えば、明日はバッドビルのオーナーとも話し合いがあるんじゃなかったか。

 そんな時に、今戦は参戦が出来ないなんてことになったら、スポンサー契約の延長が難しくなる事は、目に見えている。


 皆が言葉もなく、その場に項垂れた。

 これは、正直かなりしんどい状況だぞ。

 逆境と、言ってもいいくらいだ。


「ロックガンの整備、始めますか」

 アタシは沈黙を破った。

 エリックが顔を上げた。


「もちろんだ。だが、ラライはいい。今日は休め」

「だけど、整備はアタシの仕事です」

「俺とマックの仕事だ。バクスターの分まで、嬢ちゃんはパイロットに専念するんだ」

「そんな事言ったって・・・」


 エリックは首を振った。

 こんな時のエリックには、何を言っても無駄そうだ。

 アタシはやるせない気持ちを悶々と抱えたまま、談話室を飛び出した。


 途中エルザの部屋に寄った。

 彼女はベッドで眠っていた。

 あの、買ってあげた猫のぬいぐるみを大事そうに抱いている。

 可愛い奴め。

 ベッドサイドに腰を下ろして、彼女の髪をそっと撫でた。


 ほんの少しだけれど、彼女と一緒にデュラハンの船に乗った経験は楽しかった。

 色々と彼女のペースにはかき回されたが、全部が良い思い出だ。

 出来る事なら。

 彼女の思い出が、これからもずっと重なって、増え続けていけば良いのに。


 思ったら。なんだか泣けてきた。

 エレスシードなんかのせいで。

 この子の命が危ういなんて、そんなの、信じたくない。


 あーもう、こんな気持ちで休めなんていっても、無理だ。


 アタシは部屋に戻る気にもなれなくなって、パドック船を飛び出した。

 ユーリシアに繋がる連絡通路を通って、夜のネオンが輝く街に出た。

 海の匂いを孕んだ風が、アタシの鼻腔をくすぐった。


 繁華街にはまだ人の数が多かった。

 交差点のビルには巨大なモニターがあって、そこにニュース映像が流れていた。

 アタシは思わず足を止めた。

 そこには、GⅩ1のテスト走行で起きた事故の映像が繰り返し放送されていた。


 コレスケ機がバランスを崩し、回避しようとしたバクスターが事故を起こすシーン。

 アタシは唇を噛んだ。


 コレスケ。

 あの野郎・・・。

 わなわなと、肩が震えた。

 怒りで、目の前が曇った。


「あれは、わざとやったな」

「事故を誘ったでやんすね~」

 声がした。


 ・・・?


 ・・・やんす?


 アタシは振り返った。

 見覚えのある2人の影が、そこに立ってモニターを見上げていた。


「キャプテン! それに、バロンさん!」

「ラライさんでやんすか!?」


 それはまぎれもなくデュラハンの2人だった。

 信じられない思いがした。

 この星に来ているのは知っていたけど、こんなタイミングで出会えるなんて。

 最高じゃない。


 バロンがぬたぬたと駆け寄ってきた。

 アタシは感激のあまり抱き付こうとして、・・・やめた。


 ・・・。


 バロン。

 なんだかお酒臭いよ。


 どうやら、男二人で飲みに出てきたところだったのだろう。

 キャプテンが、がっかりした顔で、アタシの事を面倒くさそうに見ていた。


「リバティスターの事故だって聞いて、もう心配してたでやんすよ~」

「うん、バクスターさんなんだけど」

「命に別状はなかったでやんすか?」

「おかげさまでね。でも、大怪我しちゃったから・・・」

「それは、大変だったでやんす」


 バロンは心から心配そうに言ってから、ヒックと、一回しゃっくりをした。


「代わりのパイロットは誰になるでやんすか」

「それが、うちはもうギリギリしかいないの。まだ決まってないのよ」

「プレーンレーサーなんて、そこら辺に居るわけじゃないでやんすからね。それなりに腕のいいパイロットでないと・・・」

「そうなの・・・よ」


 腕の立つパイロット。

 プレーンレース経験者とまではいかなくても。

 技術があって、それなりの度胸とテクニックさえあれば・・・。


 んん。これは。

 目の前にいるじゃないの!?


「バロンさん! 今からアタシと来て。お願い!」

「ど、どうしたでやんすか。あっしはこれからキャプテンとはしご酒・・・」

「そんなの良いから」


 アタシはバロンの腕を引っ張った。

 触手が千切れるかと思った。


「ま、待つでやんす! わかったでやんすよ」

 バロンはキャプテンをちらりと見た。


「キャプテンも一緒に連れて行くでやんす。良いでやんしょ?」

「良いけど。キャプテンはいいの?」


 バロンは小声になった。


「キャプテンを、こんな所に一人にしたら、間違いなく迷子になるでやんす!」


 ああ。なるほど。

 それは、切実だわ。


「じゃ、キャプテンも来てください。いいですよね」


 有無を言わさず、アタシは彼らの手を引いた。

 キャプテンは帽子の下で、明らかに迷惑そうな顔をした。

 だが、アタシの剣幕の前では、彼が嫌と言い出すことは出来なかった。



 夜のサーキットは静まり返っていた。

 エリックが特別許可を取って、ロックガンをピットに待機させていた。


「こんな時間に、パイロット候補が見つかったって、ホント?」

 アンディとリカルドが怪訝そうな顔で待っていた。


「アタシの古い知り合いなんです。腕は確かですよ」

「えーと・・・・って、このタコの人!?」

「カース星系人です」


 タコって言うな。

 アタシもよく言っちゃうけど。


「本当に腕は立つのかい?」

「もちろんです、そうよねバロンさん」

 アタシは彼を見た。


 バロンは、がちがちになっていた。


「あ、あ、憧れの、マーキュリーブルーが、目の前にいるでやんす・・・」


 なんだ、そっちか。

 大丈夫よバロン。

 マーキュリーブルーなんて、ただのひねくれオッサンだから。

 英雄なんて幻想よ。すぐにわかるわよ。


「こう見えて、バロンさんは歴戦の・・・ってーか、実戦経験は十分あるんだから」

「へえ、どこのレースに出てたんだい?」

「えーと、それは。外宇宙のどっかです」


 うむ、我ながら説得力はない。

 だけど、仕方ないじゃない。


「とにかく、一回ロックガンに乗せてください。そうしたらわかります!」

「そ、そうだね、まずテストだけなら・・・」


 アンディが頷きかけたところを。


「駄目だ」


 エリックが一蹴した。


「どうして、テストくらい良いんじゃない、父さん」

「バロンって言ったな、お前さん、テアード用のコクピットに乗れるか?」

「・・・!」


 言われてみれば、確かに。


「そう言えば、経験無いでやんす」

「だろうな」


 エリックがアタシを見た。


「残念だが、カース人の肉体では、俺達用のコクピット形状では、肉体が支えきれん。いくら実力があっても、到底まともには操縦が出来んぞ。それに、幾ら耐久レースでも、コクピットの途中交換はルール違反になる。したがって、今回のレースに参加させるのは、無理だ」

「そんなあ・・・」


 せっかく、これで出場が出来ると思ったのに。

 アタシは愕然として項垂れた。


「ラライさん、この人の言う通りでやんす。あっしには無理でやんすよ」

「だけど・・・」

「お前の何とかしたいって気持ちはわかるがな」


 リカルドが、珍しく気遣うような言い方をした。

 くそ。

 こんな逆境なんかに負けたくない。

 アタシ、こんな所で負けたくないのに。

 嫌だ。

 流れるな、涙。


 その時だった。


 ロックガンが動いた。


「な、誰だ? どうして、動く?」

 リカルドが驚いて見上げた。

 アンディも、エリックも、信じられない思いで、自分たちの機体が目を覚ます光景を見た。


 ロックガンは、コースに出た。

 エリックが、慌てて計測器のスイッチを入れた。


「こいつは・・・」

 彼が唸った。


 アンディも、リカルドも、そしてアタシとバロンも、そこに浮かび上がる数字にくぎ付けになった。

 なんだこれ。

 やたら、速い。


 ロックガンは最初の一周で、リカルドの記録に肉薄するほどのタイムをたたき出した。


「誰なんだ。いったい誰が乗ってる?」

 驚愕するアタシ達を横目に、ロックガンは3周ほど走り続け、そして、おもむろにピットに戻った。


 アタシは見た。

 ロックガンのコクピットハッチが開き中から人影が降りたつのを。


 彼は、アタシ達を見た。

 とても、不思議そうな目で。

 自分が何をやったのか、まったく理解していないような目で。


「きゃ、キャプテン~!!」


 アタシは、そしてバロンは同時に叫んだ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] キャプテーンーッ! 結婚してくださいーッ! [一言] ……冗談です。 ここでキャプテンが出てくるとは! 予想の斜め前方を逆スライダー気味にホイップして飛び越えていきました! たぶん、…
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