シーン20 レーサーラライのデビューです
シーン20 レーサーラライのデビューです
打撲と捻挫。
幸いにして、骨に異常はなかった。
ナイスなバディを目指して、この数年、頑張って飲んできたミルクのおかげだろうか。
体形は全く変わらなかったが、もしそれで骨が強くなったというのなら、良しとしなければならない。
アタシがメディカルボックスから解放された頃には、チームメンバーの殆どは夕食も終わって、談話室でゆったりと過ごしていた。
モーラとバクスター、アンディ。それにエルザが大きなモニターを見つめて、今日のレースのハイライトを見つめていた。
アタシ達は超難関コースに挑んだ唯一のチームだったらしい。というか、最初からコースを外れた唯一のチームだった。
GⅩ1の無人カメラもアタシ達を追いかけきれず、崖下にダイブした決死の行動は一切記録に残ってはいなかった。
ただ、このラリーレイドの過酷さを大々的にアピールするシーンには、アタシ達のボロボロになったロックガンが映しだされた。
「エリックと、マックはまだガレージ?」
「ああ、今夜は徹夜だってぼやいてたよ」
「明日までに直せるの?」
「スペア機からパーツを交換して、何とかするって。ああでも、君が気に病む事じゃないし、明日もレースはあるんだから、手伝いなんていいんだよ」
アンディはアタシを気遣ってくれた。
「おねーちゃん、足大丈夫だった?」
エルザが突っ込んできた。
受け止めようとして、彼女の頭が凶器だった事を思い出した。
また頭突きをくらってはたまらない、よし、ここは横にいなして。
余計な事を考えたらわき腹にタックルをくらった。
そこは・・・。
弱いのよ。
苦悶するアタシに、エルザは嬉しそうにすりすりした。
いや、懐かれるのはとっても嬉しいし、可愛いんですけどね。
ソファに座ったアタシの隣に、彼女はちょこんと座って。
「パパとおねーちゃん、全然中継に映らないんだもん。心配しちゃった」
屈託のない顔で言った。
エレスシードの暴走か。
そんな、過酷な運命を背負っているとは、とても思えない。
本当にそんなことがあるのだろうか。
だけど、リカルドは真剣だった。
だとしたら、アタシだってこの子を救いたい。
「ねえ、アンディ。GⅩ1の優勝賞金って、幾らくらいなんですか」
アタシは彼に訊いた。
「それって、レース別?それともシーズン通して?」
「どっちも」
「年間総合優勝賞金は、200億だよ」
「に、200・・・」
アタシは絶句した。
「2位が150億。3位で100億。そこから下は、一気に額が減る」
「それでも、けっこう貰えるんですね」
「GPF1に比べると、大分劣るけどね。そもそも、チーム賞金だけだから、パイロット個人には支払われない」
「え、そうなんだ」
「一応、レースごとにも賞金は出て、こっちは優勝チームに3億、パイロット個人には1億だよ」
「そのくらい貰わんと、やってられんのも事実さ」
バクスターが口を挟んだ。
「シーズンエントリーをするなら、準備金だけで10億はかかる。勝てなきゃスポンサーはすぐ逃げちまうし、ウチみたいなチームは、毎年が青息吐息だ」
・・・ってことは。
GⅩ1のパイロットであるリカルドが20億稼ぐのは、確かに至難の業かもしれない。
年間総合で3位以内に入って、個人に果たしてどれだけ分配してもらえるか。
「だからさ、グッズの売り上げはとっても大切なんだよ。特にラライのプロマイドは増産しないと。あれは利益率が高いからね」
アンディが興奮気味にガッツポーズをした。
やぶへび~。
こんなんじゃ、また変な写真をとらされる。
あのカメラマンの話術には、どうしても勝てる気がしないのよ。
「本業で活躍しねえと、いつまでも話題頼みってわけにもいかんぜ」
バクスターは、アンディの興奮に水を差した。
ちらりと、アタシにむかって「そうだよな」って顔をした。
アタシは頷きもしないで目を伏せた。
エルザの髪を撫でた。
柔らかくて、とてもきれいな髪だ。
リカルド、アンタのやり方じゃ、この子は守れないわよ。
エルザはアタシの膝の上に頭を乗せた。
重さが、やけに心地よかった。
レースは2日目に入った。
「姉さん、ばっちり仕上げましたよ」
目の下に大きなクマを作ったマックが、アタシを待っていた。
ロックガンは、蘇っていた。
ハッチも、シートも、その両腕も。
たった一晩で、ここまでやるなんて。
アタシは感激のあまりマックを抱きしめた。
マックは、一気に眠気が吹き飛んだ顔になった。
リカルドは、エリックと一緒に歩いてきた。
何やら二人で話をしていたが、アタシを見ると不機嫌そうな顔をした。
「エリックは、良いそうだ」
「何が?」
「お前がパイロットをするって件だよ」
「ホント!?」
エリックの顔にもかなり疲労の色が見えた。
きっと、一睡もしていない。
一晩中、このロックガンと格闘していたに違いなかった。
「悪くはない、と言ったまでだ」
エリックは、いつものように気難しい声で言った。
「ラライのプレーンパイロットとしての腕は、多分トップクラスに匹敵する。調子のいい時のリカルドと比べたらどうかはわからんが、少なくとも、こいつよりはムラが無いだろう」
リカルドがフンと横を向いた。
「だが、正直ナビゲーターとしては、普通だ。取り合たてて、良くも悪くもない。だが、リカルドは違う。こいつはナビゲーターとしても優秀だ。それにこの星でのレースを、多少は経験もしている」
「じゃあ、今日はアタシがパイロットで良いんですね」
「無論、今はアンディが監督だ。あれが良いといえばの話だがな」
アンディにとっては、それこそ彼の望んだ展開だった。
アタシがパイロットをする事に、二つ返事で許可を出して、自らGⅩ1の放送局にアタシのパイロットデビューを連絡した。
スタートまで1時間を切ったにもかかわらず、アタシの周辺には人だかりができた。
GⅩ1の中継TVのコース中継担当者や、公式雑誌の記者が、どこから湧いてきたのか、ぞろぞろとついてまわってきた。
アンディめ。
これじゃあ精神集中も出来やしない。
あいつはアタシを勝たせたくはないのか。
聞き覚えのある女の声が耳を打った。
「人気者は辛いね。ラライ」
ロアだった。
「結局、レーサーデビューしちゃうってワケか。まあ、キミが大人しくレースクイーンだけをしているなんて、思わなかったけど」
「本当はしたくなかったのよ。だけど、事情が変わっちゃってね」
「良いよ。こっちとしても、やる気が出るってものさ」
挑発的な表情の中に、アタシに対する特別な感情が垣間見えた。
そして、あたしはそんな彼女の衝動を前にして。
なんだかゾクゾクした。
結局のところ。
アタシも好きなのだ。
ロアがアタシをライバル視して、挑んでくるこの状況も。
本気で競える相手が居るっていう、この贅沢な悩みも。
「やるからには負けないわよ、ロア」
「それはボクのセリフだよ。キミに勝つために、あの日からずっと、ボクは生きてきたんだからね」
パシャパシャパシャと、シャッター音が響いた。
言葉を交わし、見つめ合うアタシ達の姿は、きっとそれだけで絵になったのだろう。
新しいライバル関係、とか、女性パイロット同士の意地の張り合い、とか、興奮を煽る文句を並び立てるには、格好の構図だったに違いない。
彼女が伸ばした拳に、アタシは自分の拳を合わせた。
シャッター音が更に高まった。
ロックガンのナビシートに、リカルドはもう座っていた。
パイロット席に潜りこんでシートベルトを締めていると。
「さっきの女は、バイモスの所の新しいパイロットだな」
どうやら、アタシとロアが話しているのを、どこかで見ていたものらしい。
「まあね。古いつきあいなの」
「ベルニア人か。反応が良いパイロットだ、今後、強敵になるぞ」
「今でも、十分に強敵よ」
彼はそれ以上、彼女の事に触れなかった。
昨日同様、緊迫した時間があって、アタシ達はスタートした。
初日トップの〈無尽オルダー〉コレスケ機が飛び出し、二番手を〈プリンスオルダー〉ファルカン機が、そして、三番手を〈ヤックPRC〉が抜け出していった。
アタシは、五位でスタートエリアを抜けた。
二台挟んで、後方を、ロアが続いた。
「今日もさっそく分かれ道だ、どこを選ぶ」
リカルドが言った。
「どこが良いの!?」
「ベストコースは、やっぱり上位三チームが選んだな。四位のチームは、一番難易度の高そうなコースに飛び込んだ」
「難易度が高いって事は、逆転のチャンスよね」
「そうなるな」
「じゃ、そこ!」
「やっぱりそう来たか」
リカルドはコースを指示した。
アタシのロックガンは、真っ黒い口を開いた洞窟状のコースに飛び込んでいった。




