シーン1 華麗な世界に飛び込んで
シーン1 華麗な世界に飛び込んで
撮影会は数時間続いた。
パイロットの方は早々に帰ってしまって、残りはアタシがメインでの撮影になった。
レース用のパンフレットなのになんで、と思ったが、チーム専属レースクイーンの特集ページがあって、結構人気があるらしい。
GⅩ1の公認カメラマンだというトーマ人の男は、アタシの髪と肌をしきりに褒めまくった。さすがにプロは褒め方も上手で、アタシは段々と気分が乗ってきて、気付いたら彼の言われるままに、色んなポーズを取っていた。
その時は、本当にモデルになったようで楽しかった。
だが、後々考えたら恥ずかしいのと、そういえば顔とか体形とか、肝心なところは全然褒められなかった事を思い出して、複雑な気持ちになった。
最後はチームの顔であるレーサー用プレーンの頭部にキスをしているポーズを撮影して、その日は終了になった。
これがグラビアってやつか。
初体験というか、まさかこんな体験をする事になろうとは思わなかった。
シャワーを浴びてから、談話室と呼ばれる船内のコミュニケーションルームに戻った。
室内では、アタシを「採用」した若い方の男が待っていた。
「いやあ、助かったよ。うちみたいな貧乏プライベートチームだと、レースクイーンもなかなかシーズンの専属契約が出来なくてね」
彼は満面の笑みでアタシを迎えた。
「ほら、知っての通り、専属ともなると何か月も宇宙の渡り鳥生活になるし、待遇だって、他のチームみたいに専用のホテルシップは用意できないしね」
へえ、ホテルシップなるものがあるのか。
こういった華やかな世界には今まで縁が無かったので、アタシにはそれがどんな生活なのか想像が出来なかった。
モーラという女が、『バッドビル』という真っ黒くて体に悪そうなエネルギードリンクを差し入れた。このドリンクは知名度も低いし、味もいまいちだが、ここのチームのメインスポンサーらしく、さっきのプレーンにもマークが入っていた。
「そう言えば自己紹介が遅れたね、僕はアンディ・リーブス。この〈リバティースター〉チームのオーナー兼監督だ。とは言っても、実質マネージャーみたいなもので、本当のリーダーは父のエリックの方だけどね」
彼の手に、小さなほくろのような痕があった。
テアードだと思ったが、キリル人か。
あれはキリル人特有の感覚器官で、キリルの眼と呼ばれるものの痕跡だ。キリル人と一般的なテアードを分ける唯一の肉体的特徴なのだが、まあ、それがどうした、っていうレベルの話である。
第一印象では、アンディはアタシよりもずっと年上に見えた。だが、こうして実際に声を聞いていると、見かけよりも若いのかもしれない。
背は高いが、腹周りがけっこうパンパンしていて、顎の下にも肉がついている。視力が悪いのか、しきりに目を細める仕草をするのだが、それが余計に彼を老けさせてみせるのだ。
まあ、こうしてまじまじと正面から彼を観察すると、つまるところ決して良い男ではない。
とはいえ、アタシの持論としては、見た目でカッコいい男ほど、まともな奴はいないので、それはそれで良しと考えた。
「アタシはラライ・フィオロンです。ゼロさんの紹介で来たんですけど」
「ゼロ?」
アンディが少し怪訝そうな顔をした。
おかしいな。
確かに連絡をしておいてくれるって、話だったんだけど。
手違いでもあったのかな。
と、思っていると。
「ドッグ星のゼロ・マジックの野郎か。そういや、誰か来るとか言ってたな」
しわがれた声が割って入った。
アンディと、入り口で言い争いをしていた男だ。
アンディよりも背が低く、細身で頬もこけている。整備士らしい帽子を被って、若干神経質そうな目が疑い深くアタシを見ていた。
さっき父さんって呼んでたな。じゃあ、この人がエリックか。
「ゼロのやつ、なんでまたレースクイーンなんかを紹介してきやがったんだ。あの野郎、商売替えしやがったのか」
「あ、アタシはですねー、整備士としてここに来たんですけど」
アタシはここぞとばかりに整備士のライセンスを出した。
どーだ、これを作るのに、結構なお金がかかったんだぞ。
全宇宙プレーン整備士協会一級だぞ。
エリックはそれを見て鼻で笑った。
「ふん。偽造品か」
つまらない物でも見たように、ポイとそれを返した。
・・・え~!?
アタシは笑顔のまま固まった。
「な・な・な」
何でそれを、と、言おうとしたが、エリックは
「俺の眼を甘く見るなよ。まあ、GⅩ1の認定申請になら使えそうだから持っておけ。ゼロの紹介ってんなら、ライセンスは偽物でも、腕は確かなんだろう」
そ、そーです。その通りなんです。
アタシはコクコクと頷いた。
「父さん、彼女はレースクイーンとして採用したんだけど」
アンディが父親に言った。
「整備士、兼、レースクイーンって事で登録すれば良いだろう。それなら、うちの人件費も一人分で済む。整備士が足りねえのは事実なんだ。お嬢ちゃんも、それでいいな」
エリックは有無を言わせなかった。
できれば、両方の仕事分きちんとお給料を頂ければ、と思ったが、口を出せる感じではなかった。
そもそも、ライセンス偽造を見抜かれて、その上採用してくれるって言うなら、アタシには文句の言いようがない。
「整備士兼レースクイーンか、そんな無茶な」
アンディが頭を掻いた。
側で話を聞いていたモーラが楽しそうに口を挟んだ。
「面白いじゃないのさ、案外、他にいないだろうし、注目されるかもよ。ただでさえうちのチームは最近マイナスのイメージばっかりで、スポンサーも減っちゃってんだしさ」
「マイナスイメージ?」
アタシは聞き返した。
「あ。その、色々とあってね」
モーラが失言に気付いて口を押えたが、そこに、聞き覚えの無い声が飛んだ。
「それって、俺の事だろ」
アタシは声のした方を見た。
この人は、確か、チームのエースパイロットだ。
さっきの撮影で、ちょっとだけ一緒になったけど。そういえば、ずっとムスッとしていて、何一つ話さなかったんだっけ。
名前は、リカルド・マーキュリー。
始めてお会いしたけど、どっかで聞いた名前だな。
リカルドは、まあまあ良い男だった。
青年というよりは、壮年に入った位の年齢に見えた。目つきは厳しく、頬がこけて若干ワイルドな雰囲気を醸し出していた。
「誰もあんたの事だなんて言ってないよ」
「そうかい」
リカルドは談話室に入ってくると、「バッドビル」の缶を手にした。
彼が通り過ぎる時、ほんの少しアルコールの匂いがした、
「俺は反対だぜ、エリックの親父さんよ」
リカルドは彼に言った。
「女が片手間で整備したプレーンなんかに乗れるかよ、こっちは命を懸けてるんだぜ」
「整備の腕に、男も女もあるまい」
エリックは彼を見返した。
「信用できねえプレーンには、乗りたくねえって、言ってるんだ」
「信用できるかどうかは俺が決める。こいつの腕が偽物なら、整備は俺とマックの二人だけでやる。お前は余計な事を考えるな」
「・・・」
リカルドはアタシを見た。
何故だろう、殆ど初対面な筈なのに、彼はアタシに、敵意のような感情を浮かべていた。
「このシーズンに、俺は賭けてるんだ」
「奇遇だな、俺もだ」
エリックは引かなかった。
アンディがおろおろした様子で二人の表情を見た。
微妙な空気になってしまった事を察したのか、モーラが立ち上がった。
「そういや、部屋を案内しておくかね。アンタも、ここに寝泊まりするんだろ」
アタシの手を引く。
「あ、そうさせてもらえると助かります」
「アンディ、この子の契約書は後でもいいんだろう、あたしは部屋を案内してくるよ」
「ああ、頼む」
アンディが言った。
アタシはモーラに案内されて、居住ブロックへと向かった。
「ごめんよ、色々あって、ちょっと皆、苛立っててさ。本当は良い奴等なんだけど、へそを曲げると途端に面倒な奴ばっかりでね」
「モーラさんは、ここで、どういったお仕事してるんですか?」
「あたしかい? あたしは家事手伝いさ」
「家事手伝い?」
「あたしの旦那が、ここのチームのサブパイロット兼チームオペレータ―をやっててね、サーキットをついてまわるついでに、女手のないここのお母さん役をやってるってわけ」
「あーなるほど」
なるほど、って言ってみたが、本当はあまりよく分かっていなかった。
後で知ったところによると、こういったレースチームでは、家族がチームに帯同して各地を転戦するのは当たり前の事らしい。彼女もそんな一人で、もう何年もの間、この船を生活の場にしているとの話だった。
「この船には、もっと乗組員がいるんですか?」
「ああ、といっても、全部で10人位かな」
「意外と、少ないんですね」
「少なくなっちまったんだよ」
寂しそうに言ってから、モーラは小さなドアの前で足を止めた。
「ほら、ここの部屋が空いてるよ、好きに使いな」
「ありがとうございます」
「なんだかんだで、これから忙しくなるだろうから、少しは休んでおきなよ」
アタシが頭を下げると、モーラは笑顔で戻って行った。
見送ったアタシの眼に、一瞬、通路を走る小さな子供の姿が見えた。
あれ、と思ったが、すぐにその背中は見えなくなった。
誰かの子供か。女の子かな。
アタシはぼんやりと考えながら、部屋の照明をつけた。
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