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シーン16 男も辛いが女も辛い

 シーン16 男も辛いが女も辛い


 バクスターの告白を聞いた後で、アタシはリカルドを探した。


 部屋に彼は居なかった。

「さっきまでは居たけど、どっかに行っちゃった」と、エルザが教えてくれた。


 きっと、あそこだ。

 さっきもきっと、彼はあそこに行こうとして、アタシ達の話を聞いてしまったに違いない。


 アタシはガレージに向かった。

 静かに並ぶ巨大なレーシングプレーン。ロックガンの頚部ハッチが開いて、ぼんやりと灯りがともっていた。


 昇降用ロープが垂れていないところを見ると、誰かがそこに居るのだろう。アタシは作業用のフライングボードに乗って、10数メートルの高さにあるプレーンコクピットに昇った。


「やっぱりここだったね、リカルド」

 アタシは声をかけた。


 ラリーに向けて複座に変更された狭いコクピット内で、彼は腕を組んでいた。

 飲んでいるわけでも、寝ていたわけでもない。

 おそらく、『彼女』の事を考えていたのだろう。


 彼の眼が、一瞬だけ、面倒そうにアタシを見た。

 酔いは大分冷めたらしく、いかにも気まずいような顔をして、横を向く。


 アタシは、彼の隣の席に降りた。


「勝手に乗ってくるんじゃねえ」

 彼は振り向きもせずに言った。


 ったく、どこまでも意固地な奴め。


「勝手じゃないわ。だって、次のレースはここがアタシの席だもの」

 アタシはそう言って、目の前の計器類をさらっと眺めた。


「俺みたいなバカの運転にはつき合う気はねえんだろ」

「酔っぱらいのくせに、よく覚えていたじゃない」

「うるせえ」


 それはこっちのセリフよ。

 本当に子供みたいな性格なんだから。


 アタシは開いたハッチに刻まれた、小さな名前に目を向けた。

 『マティルダ』

 そう、刻んである。


「奥さんの名前、ずっと背負って走ってるんだね」


 ピクリ、と、彼の肩が震えた。


「バクスターだな、余計な事話しやがって・・・」

「余計な事、なんて言わなくてもいいでしょ。それを聞いて、アタシ、あんたに謝りに来たんだから・・・」

「謝りに・・・?」

「そうよ。知らなかったとはいえ、ひどいこと言っちゃった」


 アタシは自分の言葉を思い返した。

 『・・・アンタみたいなバカの運転に付き合って、事故にでもあったりしたら、死んでも死にきれないわ・・・』


 それは、彼にとって、拭い去れない真実だったのに。


「ごめん。アタシ、言いすぎた。そこだけは、謝る」


 彼はゆっくりと、アタシを見た。

 いや、アタシの青い髪を見つめた。


「だからアンタも謝ってよ。アタシに酷い事言ったでしょ」 

「覚えてねえ」

「嘘つかないで。覚えてるでしょ」

「ほんとにうるせえ奴だな」


 リカルドは呆れたように、頭を掻いた。


「バクスターは何て言ってた?」

 彼は訊いた。


「詳しくは教えてくれなかったけど、アンタと組んで、ラリーの最中に事故で無くなったってコトくらい。それ以来、アンタが走れなくなったって」

「俺は今でも走ってる。この間のレースだって・・・」

「でも、昔のリカルドじゃないって、彼は言ってたわ」

「本当に、余計な事ばっかり言う奴だな・・・」


 文句を言いながらも、彼の声には温かみが戻ってきていた。


「何があったのか、詳しく教えてくれる?」

 アタシの言葉に、彼は思案気な顔になった。


 静かに黙ったまま、アタシは彼の答えを待ってみた。

 沈黙が続いて、どこか肌寒いような錯覚に襲われた。


 突然。


「6年前、ここと似たようなラリーでのレース中だった」

 リカルドはぽつり、と呟くように言った。


「俺はGPF1の優勝記録を更新中で、キャリアの中でも最高の時だった。どんなルールでも、どんなコースでも、俺に勝てないレースは無いと思っていた」


 自嘲気味な笑みが、彼の相貌に張り付いていた。

 彼は言葉を続けた。


「マティルダは、俺がまだGX3の駆け出しだった頃から、ずっと俺をサポートし続けてくれた。勝てない時代も、良いマシンに巡り会えなかった時代も、文句ひとつ言わずに俺を支えてくれて・・・。あいつの支えがあったから、俺はやってこれたのに、いつの間にかそんな事も忘れてしまっていた」


 アタシは会った事も無い、その女性の事を思った。

 おそらく、一瞬だけ見えた、写真の女。

 青い髪をした、あの女性が、きっと、マティルダだったのだろう。


「あの日、あいつは久しぶりに俺のナビゲーターをやると言い出した。俺は、・・・止めなかった。特別な事じゃなかった。GPF1では初めてだったけど、昔はよくやってくれていたし、軽い気持ちであいつを乗せた」


 彼は手を伸ばした。

 そこに、彼女の姿が見えるとでもいうように。


「俺は、有頂天だった。あいつに、今の自分の走りを見せつけてやると、そればかり考えて走った。あいつが危険だって、何度忠告してくれても、俺は速さを求めて、一番短い距離のコースを選んだ」


 リカルドの手が、一瞬握り拳を作って、そして開いた。


「そして、ドカンさ」


 アタシに向かって、彼は悲しく笑った。


「気付いたら、操縦席はめちゃくちゃになっていて、俺は、奇跡的に助かったが、あいつは・・・即死だった」


 そこから、彼の転落が始まった。

 バクスターが語ってくれた話と、一緒だ。


 リカルドは彼女を殺した自責から逃れるように、ドラッグやアルコールに溺れた。

 ドラッグを買うため、素性のしれない連中と付き合ったり、暴力事件を起こしたりして、遂にはGPF1を追放された。


 それでも、絶望の縁にいた彼を、ギリギリのところでつなぎ止めたのは、マティルダが遺した、娘、エルザの存在だった。


 バクスターは何とかして彼を立ち直らせたいと、このチームに彼を誘った。

 当時チームの監督だったエリックは、バイモスの裏切りに会ったばかりで、ショックからチームを解散しようと考えていたらしい。

 だが、リカルドを再生させることに意味を見出して、息子のアンディに監督を譲り、リカルドの為のチームを再編してきたというわけだ。


 数年をかけて、ようやくリバティスターはシーズンのフル出場が出来るようになった。

 それが、去年の話だ。


 しかし、シーズンの中盤、リカルドはまた酔ってトラブルを起こした。

 仔細はわからない。おそらくは、飲んだ席での口論だろうか。

 喧嘩になって、相手を病院送りにしてしまった。

 悪い事に、それが、GPF1の現役選手だった。


 GX1も勿論だが、GPF1の選手には、とんでもない金額の保険が掛けられている。

 骨折させたりすれば、それだけで億単位の金がかかる。


 リカルドは数試合の出場停止、そして、チームは補償金を支払わなければならず、想定もしなかった程の資金難に陥った。


 今期、スポンサーが第4戦まで結果が出なければ、と、撤退を申し出たのも、こういった経緯を聞けば、それでもよっぽどの温情措置だったのかもしれない。


 そして、そんな苦境に陥ってさえも、彼を守ろうとするリバティスターってチームは、なんてお人よしの集団だろうか。


『あんたは、マティルダにそっくりだ。いや、顔が似てる訳では無いんだが、髪の色のせいかな、どこか、そう、雰囲気が似ている』

 バクスターは、そうアタシに言った。


『去年、リカルドが問題を起こしたのも、ちょうど、ラリー戦の時だった。俺は、アイツと組んで出場した。だが、アイツは明らかに様子が違って、何でもないカーブでクラッシュして、リタイヤした。それでやけになって飲んだ帰りに、例の事件を起こしちまったってわけだ』


 アタシはリカルドを見つめた。

 彼は、決して強い人間じゃない。

 まあ、人間なんて、たいていそんなもんだ。

 得意な事、誰にも負けないものも、何かしらは持っているし、そのくせ、笑われるくらいに弱い部分だって、間違いなく持っている。


 アタシだって、一緒だ。


『あんたが、リカルドと乗ってくれれば、もしかしたらアイツのトラウマを払しょくできるんじゃないかって、俺は勝手に思っちまったんだ』


 バクスターのその言葉は、まあ、理解は出来た。

 理解は出来たけど、アタシはそう簡単な事には思えなかった。


 心の傷なんてもんは、癒えるわけはない。

 乗り越えようなんて、生易しいもんじゃない。

 誰かの力で薄めたり、消し去れたりするようなら、誰も最初から苦しんだりはしない。


 だから、アタシは今、リカルドの為に此処に来たわけじゃなかった。


「ねえ、リカルド。アタシはやっぱりラリーに出る。癪だけど、アンタのナビゲーターをやってあげるわ」

 アタシは言った。


「お断りだって、言っただろ。俺には、お前なんか必要ない。ちゃんとルールを見たのか? ラリー戦はナビゲーターの補助が認められているが、ナビゲーター無しで参加しても、何の問題も無いんだ。・・・俺は、一人で走る」


「うぬぼれないでよ、アタシは何も、アンタの為に乗るんじゃないわ」


 少し語気が強くなってしまった。

 またちょっとだけ、感情的になってしまっている。


「アタシはね。アンタじゃなくて、マティルダさんの為に乗るのよ。アンタが変な感傷を持ちすぎちゃってるから、彼女は、きっと今も苦しんでる」

「お前、マティルダの事を何にも知らないくせに・・・」

「バカにしないでよ。同じ女だもの、その位はわかるわよ。どんなに馬鹿で、どんなに最低な奴だって知ってても、好きになった男が自分の為に苦しんでる姿を、見たい女がいるとでも思ってんの!」

「・・・・!」


 たとえ、それがアタシだとしても。

 好きな人を残して死んだら、魂だけになったって、絶対にその人の事を見守り続ける。

 それが、人を愛して生きたって、事じゃないの?


 リカルドが、言葉を失った。


「アタシはラリーに出る。そして、きっちりとポイントを稼いで、このチームが存続できるようにする。でないと、アタシも居場所を失っちゃうもの」


 アタシはそれだけ言うと、立ち上がった。

 リカルドが、俯く姿が見えた。


 反論をしてこない。

 どうやら、少しは気持ちが伝わったのだろうか。


 アタシがフライングボードに乗った時、

 彼の呟く声が聞こえた。


「そんなんじゃない」


 リカルドは、きっとアタシに向かって言っていた。

 だけど、なんだかもう、言い合いするのも嫌になった。


「そんなんじゃない。俺があんたに乗って欲しくないのは・・・」

 彼の呟きを聞き流して、アタシは下に降りた。



 いっこうに晴れない気分のまま、談話室に戻ったアタシを待っていたのはアンディと、なんとも嫌なニュースだった。


「第一戦で起きた、爆発の詳細がわかったんだ」

 彼は開口一番にそう言った。


 談話室にはリカルド以外のメンバーが集まっていた。


「今、GX1の緊急会合があってね、そこで聞かされてきたんだ」

「で、何だったんだ」

 バクスターが眉をあげた。


「事故じゃない。事件さ。サーキットには爆発物が仕掛けられていた。何者かが開催の邪魔をしたんだよ」


 アタシはマックと顔を見合わせた。


「それが、本当なら、犯人は?」

「まだわかっていない。だけど、使われた爆薬からして、素人の仕業ではないって。おそらくだけど、テロリストか何かが関わっているのかも」

「テロリストが、なんでGX1の開催を邪魔するのよ?」

「僕に言われても分からないよ。ただ、そういう可能性が高いって、本部の連中から聞かせられてきただけで・・・」

 アンディは肩をすくめた。


 テロ・・・か。


 アタシはどうにもまだ腑に落ちなかった。

 なんだか、いろいろと変だ。


 ロックガンの安定装置のトラブル。

 第一戦で起きた爆破事件。

 リーパの街で、アタシを襲った男達。

 そして、アタシのプロマイドを買い占めた怪しげな連中。


 これらの事件は、バラバラに起こったものなのだろうか。

 それとも、どこかで何かが繋がっているのではないだろうか。


 考えれば考えるほど、アタシは訳が分からなくなった。

お読みいただいてありがとうございます

少しずつ、事件の匂いがしてきました


ブックマークや評価とても嬉しいです

感想・コメントなどもお待ちしています

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