シーン15 そんな言い方ないじゃない
シーン15 そんな言い方ないじゃない
リカルドは酔っていた。
離れていてもアルコールの匂いがした。
まったく、プレーンレースのパイロットの間では、昼間から酒を飲むのが流行りにでもなっているのだろうか。
「今、俺の話をしてただろう。俺とバクスターがどうしたって?」
リカルドがマックとアタシを交互に睨んだ。
「バクスターさんと、リカルドさんは、良いパートナーだって、話してたんですよ」
マックは、アタシを庇うように立って言った。
「そうか。事故がどうとか、聞こえたけどな」
「最近、変な噂があるから、誤解を解いていただけです」
「・・・どうせ、俺の素行不良のせいで、皆が迷惑してるって話だろ。バクスターなんか、面目潰れちまったもんな。俺なんかを招いたばっかりによ」
「そんな言い方って・・・」
マックが困った顔になった。
それを見て、リカルドが余計に顔を顰めた。
「なんだよ、俺になんか文句でもあんのか・・・」
身を乗り出してくる。
アタシはちょっと、彼の態度にムカついた。
いくらエースパイロットだって、いくら酒を飲んでいたって、こういう言い方は、同じチームメイトに対する接し方じゃない。
「やめなさいよ。リカルドさん。頭冷やしたら!」
アタシは口が先に動いていた。
たまに、考えよりも唇が先に行動してしまうのは、アタシの悪いくせだ。
「それでもエースなの。酒なんか飲んじゃってさ。いま何時だと思ってるの!まだ、夕方にもなってないわよ」
敬語を使うのも忘れて、アタシは彼に噛みついた。
「お前、ラライ・・・」
アタシを見る彼の顔つきに変化が生じた。
「くそ、アンディの野郎。・・・俺は認めてねえぞ」
彼は何かを思い出したように、吐き捨てるような口調になった。
「お前が俺のナビゲーターだって。冗談じゃねえ。俺は、一人で良いんだ。ナビゲートなんかいらねえ」
「何言ってるのよ、ラリーなのよ。一人じゃ勝てっこないでしょ。センサーとかも制限されんのに!」
「うるせえ、このどブス!」
・・・!
ぷち、っときた。
生まれてこのかた、ポンコツだとか、愚図だとか、弱カスだとか、色んな言われ方をしてきたけど・・・。
この性格だし、これからだって、まだまだ色んな悪口を言われたりもするんだろうな~って、多少は覚悟して生きているけど・・・。
どブスってのは、ヒドイんじゃない。
こうみえても、容姿だけは多少なり自信あったんだ。
あーだこーだ文句言ってるけど、実はレースクイーンって言われて、ちやほやされているのも、結構嬉しかったりしたんだ。
ちょっとだけ、自分に自信も取り戻しかけてたのに・・・。
許っせない!
「よくも言ったわねっ! この甲斐性無しアル中駄目オヤジ!」
アタシは怒鳴りたてた。
「ふざけんじゃないわよ、アンタのナビゲートなんてね、こっちから願い下げよ。誰が頼まれたって乗るもんですか」
「誰も頼んでねえ! 何がレースクイーンでパイロットだ、胸も尻もねえ、棒っきれ女のくせに。経歴だって、訳も分からねえくせしやがって」
「棒っきれって・・・!!!」
アタシはもう、頭に完全に血が上った。
もう泣きそうな程怒り心頭になった。
「誰が棒っきれよ。アタシだってね、ちゃんとファンがいるんですからね。プロマイドだって売り切れたくらいなんだから」
「そいつは趣味の悪い連中もいたもんだ!」
かーっ。
こんの野郎、言わせておけばっ!
「あーもうっ。アンタなんて、ラリーで事故って死んじゃえばいいのよ。アタシはごめんだわ。アンタなんかと一緒にレースだなんて、絶対に出るもんか。アンタみたいなバカの運転に付き合って、事故にでもあったりしたら、死んでも死にきれないわ!」
「事故って・・死ぬ!?」
リカルドの表情が変わった事に、アタシは気付かなかった。
彼は青ざめて、そして、これまでに見たことの無いくらいの憎しみを込めた瞳になった。
「ラライ、手前っ!」
リカルドは我を忘れたようになって。拳を振り上げた。
瞬間、アタシは殴られたと思った。
実際、殴った音がした。
アタシは咄嗟に目をつぶったが、痛みは無かった。
おそるおそる目を開けた先で、リカルドの拳が、マックの頬に当たっているのを、アタシは見た。
マックが、庇ってくれたんだ。
「お前、マック・・・」
リカルドが我に返ったように呟いた。
マックがのけぞって倒れ、アタシは慌てて彼に駆け寄った。
リカルドは呆けたようにその状況を見つめていた。
「お前たち、何をやってるか!!」
エリックの怒鳴り声が飛び込んできた。
ちょっと、遅いわよ。
アタシは言いたかったが、それよりもマックが怪我しなかったかが、心配だった。
マックは頬を晴らした程度だった。
それよりも、エリックの怒りの方が何倍も凄くて、アタシ達二人はその場に正座させられて、こんこんと頑固親父の説教をくらった。
リカルドは、騒動の張本人にもかかわらず、逃げた。
今回の件は、本気で頭にきた。
エリックの手前、反省してます感は出しておいたが、次会った時は、なんとしてくれようかと、心の中は煮えたぎっていた。
程なく解放されて、アタシは部屋に戻った。
もう夕方だったが、食事をとる気にもなれず、早めのシャワーを浴びてから、ベッドに倒れこんだ。
色んなことがありすぎて、頭はグルグルするし、気持ちはモヤモヤしっぱなしだ。
アタシは第三戦のパンフレットを買ってきた事を思い出して、眺めてみる事にした。
『期待の超新星、サーキットの妖精、ロロノア・コルト』か。
特集記事を読むと、彼女のインタビュー記事が4面も組まれていた。
『夢は、宇宙一のレーサーになる事です』
自信満々の笑顔とともに、彼女の言葉が太字になって強調されていた。
『憧れのパイロットは居ますか?』
興味のある質問だ。
答えを見て、アタシはふっと笑った。
『レーサーの中にはいません。けど、宇宙一のパイロットと言われる、蒼翼のライに、勝てるくらいのパイロットになりたいと思っています』
なんだよ。
可愛い事言ってくれちゃって。
ついつい、にやけた顔になる。
大丈夫。ロアならきっとそうなると思うよ。
アタシは、自分がライバル視されてるような気にはなれずに、そんな事を思った。
何の気なしにページをめくると、突然アタシの顔が載っててびっくりした。
チームインタビューのページだった。
アンディがインタビューに答えているのだが、アタシの上半身のショットが、ページの上の方に嵌め込まれていた。
『この、ラライ・フィオロンさんは、現在チームのレースクイーンで、整備士も兼務しているとの事ですが、パイロットとしてのデビューはあるのですか?』
記者の質問に、アンディは自信満々に答えていた。
『今シーズン中には、デビューする予定をたてています。まずは第三戦のラリーでリカルド選手をナビゲートしますが、パイロットとしての正式デビューは、早ければ第五戦の耐久レースになると思います。期待してお待ちください』
・・・って、アンディ、そんな話、一度も聞いてないんですけど―!
インタビュー記事は続いていた。
彼はアタシの事を、リバティスターの秘密兵器のような言い方をしていて、まるで最初から今シーズンでのデビューを計画していたかのように、自分のプランニングの素晴らしさをアピールしていた。
アタシはアンディに対しても、だんだんと腹が立ってきて、パンフレットを放り投げた。
まったく、アタシの意志なんて、ホントに何もないじゃないか。
アタシは機械人形じゃないんだぞ。
あんまりイライラしたので、つい、猫のテッィシュカバーを手繰り寄せた。
こういう時はアレだ。
精神安定剤代わりに、彼の顔でも眺めよう。
カバーの中に隠してあった写真を、そっと取り出した。
あー、本気で会いたくなっちゃった。
癒されたい。
頑張ってるねって、褒められたいよー。
アタシは写真を胸元に抱いた。
今のアタシの姿を見たら。
レースクイーンの姿を見たら、彼はどう思うかな。
可愛いって、言ってくれるよね。
きっと。
『うるせえ、このどブス』
リカルドの声がリフレインした。
ちくしょう。
言いたい放題言いやがって。
あんな奴、ホントに一人でレースに出て、迷って死んじまえ。
アタシはベッドの上で丸まった。
ノックの音がして、アタシは眠っていたことに気付いた。
あわててバロンの写真をしまって、返事をした。
入ってきたのはモーラだった。
いつになく、神妙な顔をしていた。
「ラライ、今ちょっとだけ、いいかい?」
彼女はためらいがちに言った。
「大丈夫ですけど、何か?」
「ごめんね、中に入らせてもらうよ」
モーラは後ろを振り向いて、手招きをした。
男が一緒だった。
誰だろうと思っていると、彼の夫のバクスターだった。
バクスターは何だか、ばつの悪い顔をしていたが、意を決した様子で入ってきた。
スタスタと室内に入り、一言。
「すまん」
彼はぺこりと頭を下げて、テーブル前の椅子に腰を下ろした。
その動作があまりにもスムーズで、アタシは逆に違和感を覚えた。
「エリックに話を聞いたよ。リカルドと揉めたんだって?」
モーラが訊いてきた。
なんだ、その話か。
リカルドと仲良くしてくれ、ってでも、言いに来たのかな。
「アイツも馬鹿だし、また随分と酔っていたみたいだからね。言い訳にはならないだろうけど、ごめんよ」
「モーラさんが謝る事じゃないですよ」
こういうのは、当事者同士の問題だ。
リカルド自身が謝るべき事なのだ。
それで簡単に許せる気にはならないと思うけど。
「いや、謝らなきゃならん。本当に悪いのは、俺達の方なんだ」
バクスターが言った。
アタシは彼を見た。
久し振りに話をするが、彼はいたって元気そうに見えた。
事実。
元気だった。
「腰を悪くしたってのは、・・・すまん。嘘だ」
申し訳なさそうに彼は再び頭を下げた。
「え、それって」
どーゆ―ことですかいな。
「こいつは全部、アンタに彼のナビゲーターをしてもらいたくて、俺とアンディとエリックで仕組んだことなんだ」
「え、ええ~」
驚くアタシを前にして、バクスターは、その理由を説明し始めた。