シーン14 疑惑だらけのマイチーム
シーン14 疑惑だらけのマイチーム
アタシはパドック船のある宇宙港までの道のりを歩きながら、ロアの語った話の内容を思い返していた。
ロアは、もう少し酔い覚ましをしたいからといって、公園で別れた。
『リバティスターさ、昨年スポンサーともめたらしくて、資金繰りがかなり悪いって噂なんだよね。なんでも、4戦目までにチームポイントを最低20ポイント稼がないと、契約を打ち切られるって話でさ』
20ポイントか。
アタシはGⅩ1のポイントルールを確認した。
GⅩ1のルールだと、完走で1ポイント。
10位から4位までがそれぞれ1ポイントずつ加算されていって、3位からが10、20、優勝で30ポイントとなっていく。
この間のが、8位だから、4ポイント獲得したという計算だ。
って事は、1戦目の中止を省いてくれればだけど、残り3戦で16ポイントを獲得しなければならない。なかなか難しい条件だ。
それに、気になる話はもっとあった。
『リカルドって人も、ちょっと怪しいよね』
ロアは声をひそめて言った。
『なんだかさ、良くない連中と親交があるって噂だし。去年はシーズン途中に暴力事件を起こして、何試合かの出場停止をくらってるんでしょ。サブパイロットのバクスターって人とも、それで折り合いが悪くなってるって』
初耳だった。
何らかのスキャンダルはあったって、本人も言っていたけど。
それにバクスターと仲が悪いなんて、そんな様子には見えなかった・・・。
でも、確かにリカルドとバクスターが一緒に居る所や、話している所を、あまり見た記憶がない。いつもモーラが間に入っていたから、気にならなかったのかも。
悶々とした気持ちでいるうちに、いつの間にか宇宙港の入り口についていた。
GⅩ1歓迎ムードは薄いとは言っても、一応の特設グッズ売り場がエントランス内に、結構大きなブースを作っていた。
チームブースではない公式のショップはあまり見たことが無かったので、アタシは船に戻る前に覗いてみる事にした。
大会のシャツやジャンパー、フラッグやステッカーなどが並んで、各チームのキーホルダーがぶら下がっている。他には模型やパンフレット。
第3戦のパンフレットも出ているが、これにはアタシは載っていない。
でも、特集のところに『新星現る! サーキットの妖精 ロロノア・コルト』と書いてあったので、アタシは一冊買う事にした。
あとは、公式プロマイドか。
どれどれ、アタシのは?
・・・って、あれ、無い。
おかしいな、人気ナンバー1、ナンバー2の女の子たちのプロマイドはあるのに、アタシのが置いてない。他のチームのだって、何枚もあるのに。
もしかして、新参者のアタシに対する、これは嫌がらせか。
アタシは思わず、店のスタッフに訊いた。
「リバティスターのラライのプロマイドですね~」
若いアルバイトらしいスタッフが在庫を探してくれた。
「あれ、無いなあー。店長~、プロマイドの在庫ってここだけですよね」
「そうだよ。誰のを探してるの?」
奥から、がっしりとした体格で角刈りの中年親父が顔を出した。
「ラライさんのなら、完売だよ。って、あれ、本物!?」
オヤジはアタシに気付いたようだった。
アルバイトの子がびっくりした顔をした。
「うわ~、嬉しいなあ、本物が来てくれるなんて。あ、良ければサインしてもらっていいですか?」
言いながら、店長は自分の私物らしきアルバム帳から、アタシのプロマイドをとりだして差し出してきた。
むむ、サインなんてした事ないぞ。
サインなんてするのは借金するときくらいだ。できればあんまりしたくない。
思いながらも、ファンサービスした。
『とにかく心象良くしてね、ファンあっての僕たちだから』
アンディが言ってるのを、思い出したからだ。
「ラライさん、人気急上昇なんですよ。いやね、さっきも買い占めていった連中がいましてね。それで、全部売れてしまったんです」
「買い占めた連中?」
「ええ、あんまり見かけない連中でしたね」
店主が、少しだけ言いあぐねた。
その様子が、アタシはどうも気になった。
「どんな人たちだったの?」
アタシは聞いてみた。
「いやあ、ラライさんのファンを悪く言うのは何ですが、ちょっと見には、堅気には見えない連中だったもんで。あ、でも、特に何かした訳じゃ無いんですよ。こっちの思い込みだけで・・・」
堅気じゃない連中が・・・って。
もしかして、さっきの連中が、アタシの顔を知るために・・・。
アタシは嫌な想像をして、顔を曇らせた。
「それにしても、本物は写真よりお綺麗ですね~」
店長はそんなアタシの気持ちも知らずに、サイン入りになったプロマイドを大事そうにしまって、しきりにアタシを褒めた。
いや、そんな、本当の事にしても嬉しいわ~。
なんならもっとサインしましょうか。
褒められると、弱いのだ。
褒められる機会が少ないだけに、余計だ。
アタシは気前よく店長とアルバイトの女子と3人で写真をとってから、何とも言えない、複雑な気分で店を後にした。
パドック船に戻ったものの、リカルドは当然の事、モーラもバクスターも出払っていて、船内を探し回ったが、残っていたのはマック一人だった。
マックは整備士用の机で、突っ伏して眠っていた。
何をしていたのかと、気になって覗き込むと、整備士の上級免許の参考書が積んであって、一冊が途中で開きっぱなしになっていた。
まじめな子だわ。
これまでアタシの周りには居なかったタイプよね~。
こういう子には、ぜひ頑張って成長していただきたい。
起こすのもかわいそうだし、そっとしておこうとして、アタシは参考書の隙間からのぞくしおり代わりの写真に気付いた。
あれ。これって、アタシのプロマイド。
それもチームブースのみで販売して、これまた完売になったやつ。
「ん、あれ、・・・あ、ラライ姉さん」
アタシの気配に気づいたのか、マックは起きてしまった。
「おはようマック」
「あちゃあ、いつの間にか寝ちゃったんだ」
彼は頭を左右に振ると、痛そうに首を伸ばして、アタシの視線に気づいた。
顔を真っ赤にして、彼はプロマイドを咄嗟に隠した。
「街に行ったんじゃなかったんですか?」
気恥ずかしさを隠す為だろう、どこかしら問い詰めるような口調で彼は言った。
「今戻ってきたところ」
アタシはプロマイドの事には突っ込まずにおいてあげた。
変に意識されるのも、意識するのも苦手だし、同じチームスタッフのプロマイドを持っている事に、何の不自然さがあるものか。
まあ。
リカルドのプロマイドなんて欲しくもないけど。
「ところでさ、マック、聞いた事ある?」
「なんですか?」
「うちのチームの台所事情」
「ああ、それですか」
マックの表情は明らかに曇った。
「第4戦まで20ポイント獲得しないと、スポンサー契約を打ち切られるとかって」
「誰に聞いたんですか?」
「聞こうと思わなくても、聞こえちゃったのよ。本当なの?」
微かに戸惑って俯く彼の表情は、すでにその答えを物語っていた。
やっぱり、本当なんだ。
「じゃあさ、リカルドとバクスターが仲が悪いってのも、ホント?」
マックは驚いたように顔を上げた。
「仲が悪いなんて、そんな事・・・」
「何にもないって、顔じゃないわね」
アタシに言い当てられて、マックは諦めたように口を開いた。
「あの二人は、もともとかなり古いつきあいなんです。リカルドさんがGPF1のパイロットになる前から、ずっと」
「そんなに前から?」
彼は頷いた。
「リカルドさんがGPF1のパイロットになった時に、誰よりも喜んでいたのもバクスターさんだったそうです。・・・だから、あの事故があって、リカルドさんが自暴自棄になってGPF1を辞めた時、このチームに彼を招くよう、親父さんに頼んだのもバクスターさんだったって聞いてます」
「若いのに、よく知ってるわね」
「俺、今のエルザくらいの年から、ここでメカニックの仕事してたから」
「じゃ、キャリアは長いんだ」
ニコッと、マックは微笑んだ。
「去年、リカルドさんが事件を起こした時も、庇ったのはバクスターさんでした。・・・だけど、リカルドさんはそれ以来、何だか距離を取るようになっちゃって。だから、ちょっと今、ぎくしゃくしているのは確かですけど、仲が悪いってほどじゃないんですよ」
「そうなのか・・・」
でも。
リカルドが起こした事故って?
そして、昨年の事件っていうのは、いったいどういうものなんだろう。
「じゃあさ・・」
アタシはもう少し彼に話を聞こうとした。
ガタンと、マックが、驚いたように椅子を引いた。
アタシは人の気配に気づいて振り向いた。
「なんだよ。こそこそして、俺の噂話か?」
気がついた時、彼はそこに立っていた。
当の本人が、リカルドが、どこか冷めた瞳でアタシ達を見ていた。