シーン13 彼女はどんな夢を見る
シーン13 彼女はどんな夢を見る
アタシとロアは、リーパの郷土料理が味わえるという、地元客が中心のレストランに入って昼食をとる事にした。
って、ロア。あんたどんだけ食うのよ。
彼女は、アタシのおごりなのを良いことに、どんどんと料理を注文した。
テーブルを埋め尽くしていく皿の数を見つめて、アタシは逆に食欲を失っていった。
それに、どの皿も、真っ赤なんですけど。
おそるおそる一口食べて、あ、美味いと思ったのは一瞬だった。
うわっ、辛っ!!!
口の中が大火事になった。
慌てて伸ばした水入りのコップを、あろう事かロアは奪い取った。
「&“%&%$#%%##“$%”’&」
言葉も話せず、もがくアタシを嬉しそうに眺めながら
「駄目だよ。こういうのは途中で水を飲んじゃあ。余計に辛くなるよ」
平然とパクパク食べ始める。
アタシは・・・泣きそうになりながら、店員に聞いて辛みの無いパンを出してもらった。
「ごちそーさま。あー美味しかった」
「こっちは地獄だったわよ」
「ラライって、辛いの駄目だっけ?」
「程度によるの! これ尋常じゃない辛さよ」
ロアは、そんなアタシの事を見て楽しそうにくすくすと笑った。
「じゃあ、またボクの勝ちぃ~」
「食事の好みに勝ち負けなんてあるの?」
「あるよ」
ロアは得意げに、再びメニュー表を手に取った。
「じゃあ、勝利者の権限として、飲み物も頼んでいいよね。デザートとして」
「何の勝利者よ・・・ったく、好きにしたらいいじゃない」
「やった」
まったくもう、こいつってば、アタシの事キライとか言いながら、いっつも、こうやってつきまとってくるんだから。しかも、毎回ちゃっかり人に奢らせるし。
今日が給料日じゃなかったら、大変な事になってたわ。
ため息交じりに彼女の様子を見ていると、驚いたことに、ロアはまだ昼間なのにもかかわらず、アルコールを注文し始めた。
こいつが酒好きなのは知っていたが、まさか昼から飲み始めるなんて。
参ったな―。
たしか、あんまり酒癖も良くなかったような。
「良いの? あんたパイロットなのに、昼間っから飲んで」
「だってオフだもん」
はあ~。
なんとも破天荒な娘だわ。
呆れかえって言葉を失ったアタシに、彼女は意味ありげな視線を向けた。
「何よ」
「ううん・・・別に」
別に、と言いながら、やっぱりアタシを見ている。
アタシ達の前に注文したドリンクが届いた。
彼女はいわゆる地酒というものをボトルで貰って、手酌を始めた。
アタシは、フルーツジュースが飲みたかったが、いつものミックスフレーバーは無かったので、オレンジっぽい味のソーダにした。
すこし、酸っぱかった。
「いや~。ラライもさ~。やっぱり女だったんだね」
突然、彼女が言った。
「はあ?」
「見たよ、パンフレットのグラビア」
「ああ、あれか~」
アタシは思い出して、顔が熱くなった。
第二戦用パンフレットのグラビアは、なかなか想像を超えた出来だった。
巻末ページに1ショットだけの筈が、第一戦が無くなった関係でページ余りをしたため、レースクイーン特集に変わっていた。
幸か不幸か、まだ写真のストックも少なかったらしく、アタシを含めた3名のレースクイーンがピックアップされた形になって、それぞれ3ページも使われたのだ。
一ページ目は、整備士のつなぎを腰まで下ろして、スパナを片手に笑顔。
二ページ目は、本来のレースクイーンの格好で、フラッグを小道具に決めポーズ。
で、問題が三枚目だ。
三ページ目は、アタシが両膝を抱えて上目遣い、は良いのだが、カメラのアングルが巧妙すぎて、ちゃんと着衣撮影だったのに、まるでセミヌードのように映っていたのだ。
あれは、あんまりだ。
抗議しようかと思ったが手遅れだった。
とりあえず、アンディには、二度と写真撮影はお断りだと話したが、さて、彼はどの程度アタシの気持ちを理解してくれただろうか。
「あんな写真を撮る気は無かったんだけどねー」
「良い出来だったと思うよ。キミにしては」
素直には褒めないんだからなー。
どいつもこいつも。
「いや、でもホントにいい写真だったよ。あれならファンも増えるんじゃないかな。加工技術も見事だったし」
「加工って、何?」
「胸とか、膨らましてるでしょ」
「してないって」
「嘘だ。ラライが、あんなに胸があるワケない」
「・・・・あんたね」
殴ってやろうかと思ったが、やめた。
怒っても暴力は良くない。
決して、反撃されたら負けるからではない。
大人なアタシは、冷静に対処するのだ。
「とにかく、アタシはもうグラビアなんてやりたくないの」
「ふうん」
アタシの答えがまるで納得いかないかのように、彼女は不思議そうな顔をした。
「でも、無理じゃないかな」
「どうしてよ」
「クイーンコンテストに、エントリーしてるんだよね」
「何それ」
「え、本気で知らないの、自分の事なのに」
ロアは自分のカバンをごそごそとあさって、携帯用の情報端末をとりだした。
おそらく、Tミラージュのチーム用端末だろう。GⅩ1の情報を共有するためだけに用いられる通信機器だ。
透明なモニターがテーブルの上に浮かんだ。
華やかなミュージックとともに、安いアナウンスが流れ始めた。
〈GⅩ1 レースクイーンGP今年も開催! あなたの一票が今年度のナンバー1クイーンを決める! 応募券は、公式プロマイドについてくる・・・〉
な、なんじゃこりゃ。
「公式プロマイドは第3弾まで出すって言ってるよ」
「アタシ、全然聞いてないけど」
「キミの意志なんて、関係ないんじゃない」
ぐびぐびと飲み干して、ロアは次のドリンクを注文した。
なんて強靭な胃袋だ。
アタシなんか、まださっきのソーダを半分以上残しているのに。
空になったボトルを勲章のように並べて、彼女は得意げな顔をした。
幼くも見える相貌に、ほんの少し、赤みが差してきた。
「でも良かったね。キミさあ、現在3位らしいじゃん。こんままいくと、表彰台だよー」
「え、アタシ3位なの?」
「さっき公式ショップの兄ちゃんが言っへたよー。キミってさ、オジサン人気と、異人類種からの人気がダントツなんだって~」
あはははは、とロアは笑った。
アタシの支持層は、オヤジどもや、カエルや虫か。
まあ。なんとなくそんな気はしたが。
ってか、ロア、あんた酔っ払ってきてない?
アタシの不安をよそに、彼女は更に飲みまくった。
「ライが三位でも、ボクは二位だもんね~。勝っは~」
上機嫌で、声がでかくなってきてる。
いや待って、今ライって言ったよね。
その名前で呼んじゃダメでしょ。
「ロア、もうその辺にしておけば、飲みすぎは良くないよ」
「うるはいな~。ボクに注意する気かー。ライのくせに~」
しゃきんっと、爪が伸びた。
ちょっと、待って。それ、本気で危ないって。
「ライなんかに負へるもんか~ ボクは今度こそ、夢ほ叶えるんだ~」
ロアは言いながら、また、がぶがぶと酒を飲み始めた。
周囲の客の眼が冷たく感じられ、だんだんと、いたたまれなくなってくる。
店員も、なんだか迷惑そうにこっちを見始めた。
これは、まずい。
他人のふりをしたいが、そうもいかない。
アタシはとにかく会計を手早く済ませて、ますます声の大きくなってきたロアを、半ば無理やりに店の外に引きずり出した。
ロアは、それからも大分暴れた。
アタシに対してある事ない事を並べ立て、さんざんに文句を言ってから、急に静かになって大人しくなった。
よく見ると、青ざめた顔になっていたので、アタシは近くの公園を見つけて、ベンチに彼女を休ませた。
自販機で冷たい水を買ってきて飲ませると、ロアは少しだけ口に含んで、はあ~と大きな息をした。
放っておくわけにもいかず、アタシは彼女が起き上がるまで待つ事にした。
ベンチの端に座って、彼女の横顔を見つめた。
まったく、こんな顔をして酒乱とは、困ったもんだ。
まさか昼ごはんで2万ニートも使う羽目になるとは思わなかったぞ。
でも。
こうして見ると、どうしても憎めない。
可愛い、奴なんだよな。
思わず髪を触った。
柔らかなグリーンの髪から、なんだか良い匂いがした。
てっきり、寝てしまったと思ったら。彼女はぱちりと目を開けた。
「ラライ」
彼女は思った以上にしっかりとした声で言った。
「ラライは、パイロットにはならないの?」
「アタシ? どうかな。レーサーにはなりたくないって思ってるけど。ほら、アタシ普通の生活に戻りたいからさ、あんまり目立ちたくは無いんだ」
「そう。なら良いんだ。ボクにとっては、その方が有難いから。やっぱりライバルは、少ない方が良い」
「アタシも、今更あんたと競いたいなんて思ってないわ」
「ボクはキミと戦いたいと、今でも本気で思ってるよ。だけど、それ以上に、今期は優勝して一つでも上のステージに行きたいんだ」
「GPF1の事?」
「・・・」
ロアは、否定も肯定もしなかった。
だが、おそらくはそうなのだろうと思った。
それが、彼女の夢なのだろうか。
「ラライ、キミのチーム、リバティスターって言ったよね」
突然、彼女は話題を変えた。
「色々と、よくない噂を聞くんだ。ボクのチームのオーナーが、何だか因縁あるみたいだから、よけい話を大きくしているだけかもしれないけど」
「え・・・」
「さっきの襲撃も、それが関係しているかもしれない」
むくりと、彼女は起きた。
髪を無造作にかきあげ、狐のような耳をぴくぴくっと震わせて、アタシがあげた水を一気に飲み干した。
「ねえラライ、話を聞く気、ある?」
彼女はアタシに向かって訊ねた。