シーン11 あざと可愛いベルニア娘
シーン11 あざと可愛いベルニア娘
そのパイロットは、緑色の豊かな髪をしていた。
しかし、目を奪われるのは、その独特の愛らしさだ。
頭部にぴょこんと立った、狐を思わせる二つの耳。
丸く大きい緑の瞳に、長いまつ毛。
このあまりにも特徴的で、あざとい程のかわいらしさを持つ人類種といえば、獣人系の人類の代表格、ベルニア人、しかも純血の女だ。
まるで、ティーンエイジャーのように幼くも見えるが、れっきとした大人である。
ベルニア娘はアタシを見て、その愛らしい表情に、独特の何かを企むような、言い換えるならば、すこし意地悪そうな笑みを浮かべた。
「よっ。まさかと思ったけど、やっぱりライか。久しぶりだね」
パイロットは、そうアタシを呼んだ。
「あ、アンタ。ロア!? なんでこんな所に!?」
アタシは大声をあげてしまった。
獣人娘は、ニコッと笑った。
萌える、というのはこういう事なんではないだろうか。
何とも言えない、人の心を惑わせる笑みだった。
でも、知ってる。
アタシはこの娘の本性を知っている。
この娘はロロノア・ココト。
コードネームは「ロア」。
かつて、アタシが組んでいた宇宙海賊「蒼翼」のメンバーの一人で、凄腕のプレーンパイロット。
アタシが宇宙での戦闘において、唯一背中を預けられた仲間であるが、同時に、最も油断できなかった相手でもある。
何故なら。
この子は性格が悪い。
しかも、二面性が凄かった。
更にいえば、彼女はアタシを、心の底から仲間と思っていてくれたのかも怪しい。
ロアの目的は、ずっと一つ。
アタシを、超える事。
全ての面においてアタシをライバル視していて。
アタシを倒して、自分が最強のプレーンパイロットになる事が、目的。
だったからだ。
「それはこっちのセリフだよ。ライこそ、なんでこんな所に居るのさ」
思った通り、アタシに敵対的な目を向けて、彼女は言った。
「やっとボクはキミっていう幻影から逃れられたって言うのに、いきなり目の前に出てこられたら・・・目障りなんだけど」
「め、目障りだって~!」
あー。もう。
なんで元「蒼翼」メンバーって、アタシを見るとこんな態度する奴ばっかりなんだ。
もしかして。
アタシって人望無いのだろうか?
だったら、結構へこんじゃう。
由々しき問題だ。
「そうだよ。ボクがキミの事、大っ嫌いだったの知ってるでしょ」
屈託ない笑顔で、ロアは言った。
「あんたねー、全く変わってないわね」
確かに、こいつはアタシの事をいつも「嫌い、嫌い」って言ってた。
そう言いながらも、結局最後までアタシと一緒に戦ってくれたんだから、まあ、感謝はしているんだけど・・・。
「ライは、リバティのパイロットなの?」
ロアは丸く大きな瞳を、ちらりとリバティスターのチームフラッグに向けた。
「たまたま、テストで乗っただけよ。本職は整備士の方。あと・・・」
「あと?」
ちょっと言いあぐねた。
さすがに知り合いの前で、レースクイーンをしてるっては、言い出しにくい。
だけど、ピットが隣では、隠し通すのも無理な話だろう。
「リバティスターのレースクイーンとして、雇われてるのよ」
「・・・・」
ロアが、一瞬戸惑ったような顔をして、それから明らかに不快な表情になった。
「何それ、キミらしくない」
ジーっとアタシを見て、目を細めた。
「どうしたの、ライ。キミ、なんか変わった? もしかして、・・・男でも出来た?」
「え、そ、そんなわけ」
「なんだか怪しいな~。こうみえても、ベルニア人は勘が鋭いんだよ」
「そんな、アタシは誰ともつき合ってないし。何も変わってないわ」
「ふうん・・・」
彼女は疑わしそうに首を傾げた。
遠くから彼女を呼ぶ声が聞こえてきた。
「ロア、何をやってるんだ、ミーティングの時間だぞ」
彼女は振り向いた。
「はーい。わかりました~。今行きま~す」
急に猫なで声になった。
顔つきも、いきなり愛らしいベビーフェイスに戻っている。
ったく。全く変わってない。
外面が良いっていうか、第三者の前だと、急にかわいい娘に変身するんだから。
「じゃあ、ボクもう行くね、ライ」
「待って?」
「何、まだ何か用があるの?」
「あたし今、ラライって、名乗ってるの。ライって、呼ばれたく・・・ないんだけど」
「あ、そう」
彼女はまた急につんとした顔をして、走り去っていった。
アタシはなんだか、どっと疲れが押し寄せるのを感じた。
翌日の予選では、いよいよリカルドの出番だった。
マシンの調子は上々だったが、彼の方はいつものように波が激しかった。
結局、予選飛行では全チーム中の20位通過で終わってしまい、まあ、本戦に進めただけ、良しとしなければならなかった。
にもかかわらず、彼はすぐにパドック船を抜け出してしまったりして、チームのメンバーをやきもきさせた。
エリックの機嫌が、いつにもまして悪くなって怖かった。
本戦の当日、アタシは前回同様、ピットクルー用のつなぎとクイーンコスチュームを重ね着してパドック前に立った。
ガレージの奥で集中をしていると思ったリカルドが、急に話しかけてきたので、アタシはちょっと驚いた。
彼と話をするのが、意外にも久しぶりに思えた。
「今回のテスト飛行は、あんたが全部したんだってな」
「はい。バクスターさんが怪我しちゃったから」
ふん、と、彼は笑った。
「最近バクスターには会ったのか?」
「いえ、療養中だって言うし、あんまり部屋から出て来ませんし」
「そうか」
彼は少し思案気に、ロックガンを見上げた。
「今日のレースはファルカンの得意コースだ。だが、昔は俺にとっても常勝コースだった」
昔を思い出すかのように、彼は呟いた。
栄光の過去。
それにしては、彼の言葉は随分と辛そうに聞こえた。
「なあ、ラライ。アンタは俺がファルカンに勝てると思うか。この、ろくでもないロックガンで」
「ろくでもないってのは、言いすぎでしょう。いくらワークスマシンが相手だって」
アタシはムッとして言った。
「トップスピードじゃ勝てないかもしれないけど、早めのループリングで妨害してやれば良いのよ、どんどんタイムペナルティをさせてあげれば、あんなエリート崩れなんて、勝手にメンタル壊れてくれるわよ」
テキトーな意見だが、本人が聞いているわけでもないし良いだろうと思って、好き勝手に言った。
「なるほど、な」
「リカルドさんだって、十分速いんですから、本気で飛べば、ファルカンだって、ロアが相手だって、絶対勝てますよ」
「ロア?」
「あ、隣の新パイロットです」
「トトロッシの代わりか、知り合いなのか?」
「知り合いっていうか、昔馴染みって言うか・・・」
やば。余計なこと言った。
本当に余計な事だけはスラスラと出ちゃうんだよね、この口は。
「とにかく、自信を持ってください」
アタシが両の拳を握りしめてガッツポーズを作ると、拍子抜けしたような顔になって、リカルドは笑った。
あら、こういう笑い方もするのね。
アタシは珍しいものを見たような気分になった。
搭乗を促すサイレンが鳴り始めると、彼は真剣な顔に戻った。
「うちの女王様にそこまで応援されちゃ、本気を出さんといかんな」
彼はアタシを見て、もう少しだけ何か言いたそうな顔をした。
何を言おうとしたのか、アタシは気になったが、彼の姿はそのままコクピット内に消えていった。
アタシ自身もアンディに呼ばれた。
プレーンがガレージから出て行くのを、外でチームフラッグを持って待つ役目だ。
そこからプレーンがスターティンググリッドに向かっていくのを先導するのは、サーキットに専属するグリッドガールの役目になるので、アタシの出番はここまでだ。
お見送りを終えると、アタシはオペレーションルームに戻った。
アンディとエリック親子が難しい顔で立っていた。
そこにマックもやってきて、モニターを覗き込む。
いよいよ、本番が始まる。
「今回は何も起きなければいいな」
アンディが祈るように言った。
彼の呟きは。
今回は杞憂に終わった。
レースは荒れた展開になった。
スタート直後にワークスの雄〈ヤックPRC〉の機体がマシントラブルを起こした。
リカルドはスタートダッシュには失敗したものの、一周目を終えるころには順位を6つも上げていた。
二週目には、混戦の中でチェックフラッグの回収をミスるチームが連続し、順位は更に上がった。
最大の番狂わせは、最終ラップで起こった。
首位をキープし続けていたファルカンが、後続機のプレッシャーに負けてループリングを外したのである。
大幅なタイムロスペナルティを喰らった彼は、焦ったあまりミスを連発し、なんとかゴールをしたものの、最終順位は6位に留まり、表彰台を逃した。
優勝したのは、ノーマークのゼッケン12番だった。そして、最後までファルカンを追い詰め続けた23番、つまり、Tミラージュのロアが、二位で表彰台に登った。
そして我らがリカルドは。
見事、8位で完走を果たした。
ファルカンには勝てなかったものの、昨年度24位のウチとしては、上々のスタートだ。
アタシ達がスタンディングオベーションで迎え入れると、彼は僅かに悔しそうな顔をしながらも、堂々とプレーンを降りてきた。
エルザが飛び出して、彼に抱き付いて行った。