シーン10 正体不明のパイロット
シーン10 正体不明のパイロット
「はーい、ラライちゃん、今度はベスト脱いでみよっかー」
ぱしゃ、ぱしゃ、ぱしゃ、ぱしゃ。
シャッターを連続で切る音がして、アタシは最高の愛想笑いを浮かべた。
ヴィーナスサーキットの専用宇宙港に到着して最初のお仕事は、第二戦用パンフレットに使われるグラビアページの撮影だった。
ここは、専属カメラマンの宇宙船内にある、撮影用の専用スタジオだ。
編集部からの良く分からない要請で、アタシはいつものレースクイーンの格好ではなく、その上から作業用のつなぎを着た服装から撮影を開始し、徐々に薄着にさせられていた。
部屋の片隅では、アンディがまるでアタシのマネージャーでもあるかのように見守っていた。
・・・それにしても。
アタシは先日の彼の言葉を思い出していた。
『ねえ、ラライ。次の第二戦では飛行テストの操縦をやってみてよ。タイムテストはリカルドがするにしてもさ、バクスターの代わりといっては失礼だけど』
なんとも気軽に言ってくれたものだ。
そのくせ、アタシの意見などさっぱり耳に入れてくれない。
ああいう奴を、世の中では食わせ者というのだ。
「ラライちゃん、顔が険しくなってるよー。もっと笑顔で~」
「あ、はーい」
「いいね~、その表情。可愛いよ~。じゃあ、今度は子猫のポーズね~」
子猫って、なんじゃそりゃ。
「違う違う、それじゃ熊さんだよ。もっと腰を曲げて。ラライちゃんって、意外と体固いのかな?」
普通に固いんです。
特殊スキルを除いて、運動神経は悪いんだ。ほっといてくれ。
そんなこんなで、撮影は半日以上も続いた。
船から船への移動は、4人乗りの小型機、ライトプレーンが活躍している。アンディの運転で、自分たちのパドック船が停泊しているポートに向かいながら、窓の外を眺めた。
不思議な光景だった。
細長いガラス張りのドーナツが浮かんでいた。
よく見ると、ドーナツの内部は二つに分かれていて、手前の半分には、パドック船をそのまま取り付けるピットや、大会本部が。反対側の部分には観客席が並んでいて、ドーナツの中心の空洞部が、いわゆるホームストレートにあたる。
大会の状況を映しだす巨大なモニターが幾つも宇宙に浮かんで、数日後に控えた大会の開催を煽っている。
右手にはこの時とばかりに、ショッピングモールの船や、移動遊園地の船、レジャー用のホテルシップなどが巨大な船影を浮かべて、この星系のプレーンレース熱の高さをうかがわせた。
「レースを楽しむ事自体は、どこの星系でも多少はあったけど、ここまで大きな商業文化に発展させたのは、地球系の連中さ。だから、地球星系でのレースはどこも活況がある」
アンディが説明した。
「そうなんですか。ああ、だから地球星系に近い場所での開催が多いんですね」
「最近はエリアが広まってきてるけど、そうだね。ただ、色々と弊害もある」
「弊害って?」
アンディの表情が微かに曇った。
「人類種差別さ」
「差別!?」
「ああ、GⅩ1も、GPF1もだけど、大会組織やスポンサー企業はテラスやテアードの富豪や財閥組織が多くてね、かれらはその、なんて言うか、排他的な所があるんだ」
彼はちらりと自分の手を見た。
そういえば、彼はキリル人だ。テアードに非常に近い人類種ではあるが、同じではない。
「色々と、偏見を持つ人間てのは、どこにでもいるのさ。だけど、同じエレスシードを持つ者同士、いがみ合う必要はないって、僕は思うんだけどね」
「そうですね。アタシもそう思います」
アタシは彼の言葉に納得した。
見た目や身体的特徴が違っても、それで相手を拒絶する理由にはならない。
なんなら、愛し合う事だってできる。
アタシの脳裏に、バロンの面影が浮かんで、アタシは人知れず赤くなった。
ったく、アタシも困ったもんだ。
昔はバロンがアタシの事を好きみたいだ、って人に聞かされて、困惑しながらも面白がってさえいたのに。
今じゃ、アタシの方が彼に惚れてしまったみたいじゃないか。
自慢じゃないけど、アタシは今まで男性と付き合ったことも無いし、恋愛感情というものがどんな気持ちなのかとか、人を愛するってどんな事なのか、答えを持っていない。
だから、バロンに対するこの感情のレベルが、自分自身でも、理解できなくている。
一機のプレーンが飛ぶのを、アタシは見た。
物凄い速度でホームストレートへ突入していった。
アンディも気付いたようだった。
「どっかのチームが、早くも試運転か。フライングもいいとこだな」
「あれって、23番。Tミラージュのマシンですね」
「バイモスのところか。じゃ、あれはトトロッシ?」
彼は首を傾げた。
「でもおかしいな、彼は第一戦でクラッシュして、入院したって聞いているし」
彼は呟くように言った。
もう一度機体を確認したいと思ったが、そのプレーンはピットに入ってしまったようで、後は姿を見せなかった。
それからまた機体整備と調整の日々が続いて、予選前日、アタシはついにロックガンでコースに出る事になった。
ただのテスト飛行だというのに、報道のスタッフが数人、ピット横に来ていた。
ヘルメットを被り、レース用のパイロットスーツを着ると、何だか懐かしい感覚がした。
ロックガンの調子は最高だった。
自分で整備したんだから、ま、当然だ。
『あくまでテストだ、タイムは気にせんでいい、一周目はこっちの指示通りに操作を頼む、二周目は、好きに飛んでいいが、事故だけはするな』
エリックの声が飛んだ。
「了解。ラライ、ロックガン出ます」
アタシはスロットルをゆっくりと開いた。
星の光がアタシを包み込む。
やっぱり、この宇宙をプレーンで駆るのは、最高に気分が高まる。
最初、乗れって言われた時は、アンディを恨めしく思ったが。いや、この気分の良さは何とも言えない。
『よし、コースに入れ、初めてにしちゃ上出来だ』
アタシはエリックの指示に従った。
なるほど、沢山のチェック用ループ、光のリングが宇宙空間に浮いている。
あそこを通れってのか。
アタシは調子に乗ってプレーンを飛ばした。
『ラライ、少し早いぞ、気を付けろ。コースには他チームの奴らも出ているからな』
その位。見えてるわ。
アタシを誰だと思ってんの。
こう見えて昔は・・・。
って。危ない危ない。性格が変わるところだった。
おとなしく飛びましょ。
アタシはついスピードを上げたくなる気持ちを抑えに抑えて、エリックの指示通りに飛んだ。操縦は正確無比。多分、欲しかったデータはかんっぺきに取れてる筈よ。
一周目が終わる頃、再びエリックの声が聞こえた。
『ОKだ、いいデータが取れた。次は好きにやってこい。楽しめ』
「了解。タイムは取らないでね、恥ずかしくなるから」
『わかった、わかった。面倒な事はせん。それより、フルバーストは使いすぎるなよ。今の時点で機体に負荷をかけさせる必要はないからな』
「はーい。わかってまーす」
そのくらいはわきまえて飛びますって。
あんまりいいタイムを出しちゃったら、リカルドにも悪いし、本当にパイロットにさせられたら大変だからね。
アタシはヘルメットの中で舌を出して、それから、おもむろにスロットルを全開にした。
いーやっつほーい。
気持ち良いいー。
他チームのテスト機を次々に追い抜いて、気分良くアタシは飛んだ。
第二チェックポイントを通過して、小刻みに設置されたリングをリズミカルに潜り抜けていた時だった。
背後に、プレーンの気配があった。
アタシの機体に接触ぎりぎりのところに並んできて、そいつは飛んだ。。
「危ないでしょ、何やってんのよ!」
アタシはちょっとだけキレた。
こういう奴には、腕の違いを見せてやる。
背面から急上昇して、相手の顔先をかすめる。
そのまま相手の前方に出ると、そいつは驚いたようだった。
だが、驚いたのはアタシも一緒だ。
次のリングをクリアした時、そいつは全く同じ飛び方をして、アタシの前に出やがった。
生意気な。
このアタシとやろうっての!
アタシの闘争本能に、火が、ついてしまった。
そこから第3チェックポイント、第4ポイントを過ぎても、アタシ達はデッドヒートを繰り広げた。
何て奴だ。
先に出させるのは何とか防いでいるが、さっぱり引き離せない。
クラッシュさせてやろうかと意地悪な軌道を取ろうとすれば、それを読んで抜きにかかられる。
このプレーンの腕は本物だ。
超一流、って奴じゃないか。
誰なんだ、ファルカンじゃないみたいだけど。
遠くにホームストレートが見えてきた。
ん、通信機のランプがピコピコしてる。
夢中になってて気づかなかった。
オンにした瞬間。
『何やっとるかー!』
怒鳴られた。
『フルバーストは使いすぎるなって、言っただろうがー!』
「あちゃ」
『あちゃじゃない―!』
アタシは減速した。
横を、例のプレーンが追い抜いていった。
23番。
あいつか、Tミラージュのサブパイロット。
アタシとTミラージュ機は、並んだピットスペースにそれぞれ戻った。
エリックはカンカンに怒って、マックが苦笑いしながら後ろから彼をなだめていた。
これじゃしばらく、次のテスト運転はさせてもらえないだろう。
二人がメンテナンス台に乗ったロックガンをガレージ内に下げていく間、アタシは頭を掻きながら、美味しくないバッドビルをちゅーちゅーした。
美味しくないのに、最近飲む本数が増えた。
意外と、中毒性のある味なのかもしれない。
ふと気になって、アタシは隣のピットブースに目をやった。
Tミラージュの機体はカザキの汎用機タジールマッハをベースにしたものだった。設計はウチのロックガン同様古いが、昔は最強の名をほしいままにした怪物機だ。
色は、ライムグリーン。
向こうの方も、ピットクルーが総出でガレージへの引き上げ作業に入っていたが、その巨体の足元に、一人のパイロットが立っているのが見えた。
ヘルメット姿で、顔は見えないが、随分と小柄だ。
そいつもまた、見つめるアタシの視線に気づいたようだった。
と、みると、アタシの方に歩きだした。
これは、アタシに向かってきている。
アタシもまた、妙にそいつが気になった。
お互い、気がつけばピットブースの境目まで歩み寄っていた。
胸元までの柵を挟んで、アタシ達は向かい合った。
そいつは、ゆっくりとヘルメットを脱いだ。
豊かな髪が舞って、あたしは、声を失った。
グリーンの髪の下に現れた顔を、アタシは知っていた。