【短編】あの夜、私は二人で、世界に戦争を挑んだんだ。
サブタイトルは「メモ書きのスクショ四枚」です。
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公園の街灯はぼんやりと、私の友達の死体を照らしていた。
それが、戦争の合図だった。
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ぼんやりと高二の日常を過ごしてたら、クラスメイトの島田綾瀬が不登校になった。
最初はぽつりと半日だけ。
誰も気にしなかったし、私も気にしなかった。
でも、綾瀬の欠席は増えていって、そのうち全く来なくなった。
綾瀬はガリガリの陰キャだった。
だけど、別にいじめられていたわけでは無い。と思う。
少なくとも、私が見た限りは。
綾瀬が休んでいた理由が分かったのは秋の終わり頃で、その時にはもう二ヶ月以上も、綾瀬は学校に来ていなかった。
白血病だったらしい。
ずっと。
映画みたいだな、って思った。
人ごとみたいだけど、まあ実際に人ごとだ。
でも私はバカだったから、興味本位で綾瀬に会いに行ったんだ。
本当に、ただ何となく。
仲が良いわけでもなかった。
綾瀬のお母さんはすっごく喜んでいた。
悪い気はしなかったけど、テンションに付いて行けかった私は気まずくなった。
普通に「なんで今まで来なかったんだ」って思われても仕方ない状況だったと思う。
けどまあ、私は浮かれてたんだ。
綾瀬は意外そうな顔をした。
そりゃそうだ。
私だって来るとは思ってなかったし、ロクに絡んだことも無い。
でも拒否ることもなく、綾瀬は私に色々話してくれた。
もう冬だった。
たくさん治療をしたらしい。
白血病は、昔みたいに不治の病じゃない。
けどそれでも治らない人はいるみたいで、綾瀬もその中の一人だった。
綾瀬の白血病は高一から。
治療で一回治ったから高二のはじめは普通に学校に来てたけど、夏には再発して、今も治療中。
でも、
「調べたんだけど、無理っぽいんだよね、なんか」
そう綾瀬は笑って、言った。
笑い事じゃないだろって感じだけど、多分、笑うことしか出来なかったんだろう。
で、ある時、綾瀬は語った。
「人生って、舟みたいなものだと思うんだ」
哲学だ。
綾瀬の説では、人は皆、一人乗りの舟で広い海を進んでいる。
でも誰かの舟に乗せてもらうことはできないし、乗せてあげることもできない。
親にもらったエンジンをつけて爆速で進む人もいれば、最初から舟底に穴があいている人もいる。
で、綾瀬の舟には大穴があいてる。
それくらいは、言われなくても分かった。
「ママは代わってあげたいって。けど……」
その言葉の続きは何だったのか、結局分からなかった。
「一人乗りだから」だったかも知れない。
「私だって代わって欲しいよ」だったのかも知れない。
あるいは、私に代わって欲しかったのかも。
いずれにせよ、綾瀬の舟は沈みかけだった。
――
年の瀬。
その頃になると、私は手土産を用意することを覚えていた。
百貨店のみかんだ。
でも綾瀬は、それをいじくり回すだけだった。
筋ばかりの手で。
「死んだら、どうなるんだろ」
ついに来た。
知らねえよとも思ったけど、多分、綾瀬だって私に答えを期待していたわけじゃない。
実際、綾瀬は勝手に話し始めた。
「病院でずっと考えていたんだけど、答えが出なくて」
そりゃそうでしょ。
分かったら仏様はいらない。
「てことは多分、死んだらどうにもならないってオチだと思うんだ」
つまり、死ねば終わりだと。
なるほどね。
でも、それアンタが言います?
「だけどさ。たくさんの人に名前を憶えて貰えれば、死んでも浮かばれる気がしない?」
信長みたいに?
「なんで信長? オッサンじゃん」
うっせ。
「でも信長だよ。少しでも多くの人に、私を覚えてもらいたいんだ」
なら、飲酒してTwiterにでも上げる?
「それだと、すぐ忘れられちゃうでしょ」
……たまに鋭いことを言うな、コイツ。
「なるべく大きな傷を付けたいんだー。一生治らないような」
何気ない一言に、私はドキッとして顔を上げる。
そこには、頭にみかんを乗せた綾瀬がいた。
「これ、面白くない?」
綾瀬は笑っていた。
――
面白くねえよ。
私はイラつきながら、帰り道を歩いた。
持って来たみかんを半分以上抱えて、アイツの骨の浮いた顔を思い出す。
食べ物で遊ぶな。
無性に腹が立った。
なんでこんな些細なこと、って自分でも不思議だったけど、その時は腹が立った。
でも今は、良い子だったんだなって思う。
食べられないなら、捨てるよりずっとマシな使い方だ。
やっぱり私は、その時もバカだったんだ。
――
深夜一時。
綾瀬からLIMEが来た。
『二時に公園に来てくれない?』
『学校の前の』
いや時間よ。
こっちは花のJKだぞ。何かあったらどうすんだ。
てかあの子、外出られたのか。
とか色々、思ったけど。
私は、不細工ウサギのOKスタンプを送る。
今まで綾瀬が「何かしてくれ」って言ってきたことは無かったから。
あと、単純に綾瀬はもう死ぬんだなって思った。
だからOK。
――
二時の公園。
アスレチックからぶら下がった綾瀬は、想像していた首吊り死体よりずっと綺麗だった。
危うく吐きそうになるけど、頭に輪ゴムで括りつけられたみかんを見て、コイツが何をしたかったのか分かった。
頭にみかん乗せたJKの死体なんて、忘れられるはずが無いよ。
私は笑う。
いやちょっと遅いか。
すまん。
公園の傍は道路で、朝には新年を迎えた人が大勢、綾瀬を見るだろう。
そして、絶対に忘れないはずだ。
私は素直に「すげえなコイツ」って感動して、私を呼びつけたワケも理解した。
朝まで守って欲しかったんだ。死んだら、どうにもならないから。
ロックだな。
ロックが何かは分からないけど、ロックだ。
この夜の主役は綾瀬で、私は騎士。
スポットライトは、街灯の電気が務めてくれる。
冬の深夜は死ぬほど寒かったけど、私の胸はときめいた。
騎士は、姫のそばを一歩も離れない。
たまに人が通ってこっちを見ると、ビビってから、足早にいなくなる。
そのたびに、二人で一緒にガッツポーズをした。
朝五時、警察が来た。
私は一生懸命説明した。
でも全然分かってくれなくて、「救急車を」とか「話を聞かせてくれ」とか言ってきた。
話ならさっきからしている。聞いていないだけでしょ。
しまいには応援の警官も来て、青いビニールシートで広げてきた。
いやいやいや。
アンタらはまだ生きてるでしょ。
綾瀬の舟の残骸を、わざわざ沈めなくても良いじゃんか。
「やめて、お願い!!」
声を枯らすほど、私は叫んだ。
「なんで見ようとしないんですか!? もっと見てあげてください!!」
「こっちは命を張ってんのに、どうして目を背けるんだよ!?」
「隠さないで! もっと見てあげてください!!」
私は必死で抵抗したけど、さすがに警官にはかなわない。
綾瀬はあっさり覆い隠されて、あっさり下ろされて、救急車に乗せられてしまった。
落ちて、踏まれたみかんが、地面に転がっていた。
戦争はボロ負け。
JKなんて、こんなもんだった。
――
親は土下座して、綾瀬のお母さんにはビンタされた。
「どうして止めてくれなかったの」って言うけどさ、さすがにそれは野暮でしょ。
何も言わずにいたら、泣きながら睨まれた。
睨まれてもさ、私はあなたと同じ側にいる。
むしろ、味方を増やそうとしていたんだけどなあ。
怒るならせめて、無力な騎士に怒ってくれ。
――
で、あれから十年。私は結婚する。
騒ぎにはなったけど、普通に高校は卒業できた。
綾瀬が死んでも、世界は何も変わらない。
だけど。
私は綾瀬を覚えているし、こうやってネットに綾瀬のことを書くことが出来る。
フェイクは入れてるけど、こんな女子高生もいたのさ。
よければ覚えておいてあげてほしい。
お願いします。
そんな感じです。