お盆の日に・・・
怖さ?そんなものはありません(笑)恋愛物なんで怖さを求めてる方は他の作家様の作品を読むのをおすすめします(笑)
健太、彼女いない歴目下更新中の十六歳は走っていた。
高校に遅刻しそうだからだ。
彼の成績は悪く、せめて出席点で稼がなけば留年は必死だからだ。
健太は慌てていた。いや、それ以前にこんな事が起こると思っていなかった。
十字路の対して広くも狭くもない道で健太は黒く長い髪を棚引かせ食パンを喰わえた少女に…ぶつかった。
「いったぁ〜…どこ見てんのよ!?」
その時の健太の行動は健太の友人に言わせたら「素晴らしかった」の一言だった。
健太は散らかった荷物を纏め、彼女の服の上に落ちた食パンを彼女の口に突っ込み、何も言わずにまた何も言わせず立ち去ったのだ。
王道ラブコメのワンシーンを思い浮かばせるその場を的確に潰したのだ。
それほど、留年の危機が迫っているが…それよりも健太はそう言うのに苦手意識があった。
しかし王道ラブコメ的展開を潰したおかげで健太は遅刻しなくて済んだが、放課後まで友人御一行に笑われ続けた。
健太は一日、友人御一行にクラッシャーと言う有り難くない称号を頂いて呼ばれ続けた。
一日中呼ばれて健太は落ち込んでいた。
落ち込んで、落ち込んで、前を見ていなかったのが悪かったのだろう。
また朝の子にぶつかったのだ。
「あ〜!朝の前方不注意者!」
そこでもまた、健太はクラッシャーの称号に恥じないようにふらふらと帰路に着こうとしていた…だが彼女は健太の腕を掴んで逃がさなかった。
「良い度胸ね?私から逃げようなんて」
「カツアゲとかほんま勘弁して下さい…」
「誰がカツアゲしようとしてるのよ!謝るとかないの?あんた」
「ごめんなさい…それじゃ」
「あんた。私、舐めてるの?」
ここまでクラッシャーとして恥じない行動をする健太に校門の周りで見ていた学生達が苦笑いを送った。
「とにかく。私についてきなさい!」
「いや。ほんまカツアゲとか勘弁して下さい」
「しないから来なさい」
「これからやる事あるんで帰りたいんですが…」
「き・な・さ・い!」
半ば引きずられるように健太は校門から体育館裏に連れていかれた。
「ほんま、カツアゲとか勘弁して下さい」
「だからしないって言ってるでしょ!」
少女は健太の襟首を掴み上げながら怒気を強めて否定した。
「なら何なんですか?」
「せっかくラブコメみたいにしたのに…はぁ……って本当にまだ分からないの?健太…」
「パシリとかも勘弁して下さい」
「あんた、そんなにされたいの?」
「いや、ほんま勘弁して下さい」
「もういいから!早く。思い出しなさいよ!」
「金は無いんで…」
「いい加減にしなさい!ぶつわよ?」
「それも許して下さい。弥生さん」
「…って覚えてるじゃない!」
少女、弥生の華麗な平手打ちが健太の頬を打ち抜いた。
真っ赤に頬を腫らしながら健太は弥生の射抜くような視線から逃げていた。
「勘弁して下さいって言ったのに…」
「もう一発喰らいたい?」
「いえ…許して下さい。なんでもしますから…」
「ほんと?」
「はい…」
弥生は健太の言葉を聞くと健太を降ろして威圧的に指を指した。
「なら明日一日、私に付き合いなさい!」
「はい。分かりました」
「本当に分かってる?」
「はい。分かってますからカツアゲと暴力はほんま勘弁して下さい」
「うふふ。まぁいいわ。明日、10時に公園で待ってるからね」
弥生は不適に笑うと健太をその場に置いて去っていった。
健太はと言うと赤く腫れた頬を擦りながら弥生の去っていった方向をしばらくの間見つめていた。
「公園?どこの?」
当たり前の疑問が浮かんだのは太陽が夜にバトンを渡す紫の空の時だった。
――――――翌日――――――ー
健太はまたもや走っていた。
なぜ走っているかと言うと弥生に言われた公園が見付からないからだ。
そして弥生が指定した時間もまたすぐに迫っていた。
「はぁ…はぁ…はぁ…」
健太は規則正しい呼吸で走っていた。
歩いていたら次の公園がそうでも指定した時間に遅れぶたれるからだ。
「はぁ…はぁ…はぁ…」
公園の入り口を綺麗に曲がるとジャングルジムに背中を預けるワンピース姿の弥生が立っていた。 弥生の姿を確認すると同時に健太は腕時計を見ると腕時計はだいたい9時50分を指していた。
しかし弥生はジャングルジムから体を離すと腰に手を当てて目をキッとつり上げた。
「遅い!デートの待ち合わせは20分前行動よ」
健太は心の中でぶたれなくて済んだ事を喜びながら弥生の説教を聞き流した。
しかし弥生の説教は思いのほか長く健太が喜びを噛み締めている内に終わらなかった。
理不尽この上無いとはまさにこの状況なんだと健太は体験していた。
結局、二人が公園を出たのは10時を軽く5、6分過ぎてからだった。
「さてと、健太。まずは映画館に行くわよ」
先程まで剣幕な表情で怒っていた弥生は今、ルンルン気分でデートを始めようとしていた。
一方、健太は辛そうに弥生の後を追っていった。
――――――映画館――――――
「学生二枚お願いします」
「ありがとうございます。お席はどちらにしますか?」
「えっと…この辺で」
「はい。上映はもうすぐですのでお急ぎ下さい」
受付を済ますと弥生は健太の元に戻ってきた。
「早く行くわよ」
健太の返事を待たずに弥生は満面の笑みを浮かべながら健太の手を引いて上映会場まで走っていった。
「弥生さん。何を見るのですか?」
もちろん。何を見るかの決定権は弥生にあり、健太は何を見るのか知らなかった。
「もちろん。デートの定番、恋愛物よ」
いつから定番になったのかは知らないが弥生は自信満々に言ってのけた。
上映会場に着くと周りには似たような意思で来ているだろう恋人達が等間隔で座っていた。
『僕は君と共に生きるよ』
『私は…』
『僕と一緒に生きて下さい』
『うん…私で良ければ…』
映画はベタな恋愛物で見てるこっちがむず痒い感覚を味わっていた。
でも平凡で無難な恋愛物に出てくる主人公は、くさい台詞を臆面しながらもきちんと言ってのけていた。
「うぅ…良い話だったね…健太…」
上映が終わり外に出ると弥生は涙を滝のように流しながら健太に感想を尋ねた。
しかし健太はこの手の物が苦手なため余り見ていなかった。
「えっ?…そうですね。良い話でした」
だから健太は適当に答えてしまった。
「け〜ん〜た〜!あんた。見てないわね?」
コブラツイスト…知る人は知ってるプロレス技を弥生は綺麗に健太に喰らわしていた。
綺麗に喰らわし過ぎていて先程の涙が嘘泣きにしか見えなかった。
「もぅ。次は遊園地に行こ」
――――――遊園地――――――
さすがの健太も弥生の百面相に驚かされていた。
ジェットコースターでは喜びながら叫び、お化け屋敷では泣き叫び、コーヒーカップでは子供のように笑い叫んでいた。
健太は百面相と言うより弥生がなんでも叫ぶ事に驚いたのかも知れなかった。
そして、水上アトラクションを見終わった健太と弥生は最後の締めとして観覧車に乗った。
二人を乗せたゴンドラは鮮やかな夕焼けに染まる空へとゆっくりと昇っていった。
「うわぁ〜。どんどん小さくなっていくね」
弥生は膝を着いて椅子に乗り、後ろの窓からゴンドラの下を眺めてはしゃいでいた。
「そうですね」
その姿を眺めて健太は呟くように応えた。
弥生はクルッと回って座ると膝に肘をついて両手で頭を支え健太を見つめた。
「ねぇ…どうして一線引いて話してるの?」
弥生の言葉に健太は何も言い返せなかった。
それどころか弥生の視線から逃れるように顔を伏せてしまった。
「健太、どうして誰かを好きにならないの?どうして心を許さないの?」
「…大切な人を失うのはもう嫌なんだ」
健太は顔を上げ弥生を見つめ溜め込んでいた思いをぶつけた。
すると弥生はくるくると踊るように立ち上がると扉の前で止まった。
外の世界は赤い世界から黒い世界に完全に変わっていた。
「やっぱり…私のせいか…」
「あぁ…弥生が俺の心を持っていくから!」
健太の叫びと共に町明かりのイルミネーションが弥生の黒くて長い髪が綺麗に映えていた。
「なら…私と行かない?」
弥生の声と共にゴンドラの扉が開き夜風の冷たい風がゴンドラ内部を吹き抜けた。
気付いていた。
暗くて良くは見えないが弥生が悲しそうな顔をしながら心にも無いことを言っている事を…
だから健太も答えを決めていた。
「無理すんな。弥生…俺は生きるからそんな顔すんなよ」
寂しくて辛くて弥生と共に行きたいけど弥生が望んでいるのはこう言う事だから、健太は無理に笑顔を弥生に向けた。
すると弥生の後ろで花火が大輪の花を咲かした。
大輪の花に照らされた弥生の顔は涙を浮かべながらも優しく微笑んでいた。
「うん…ありがとう…健太…」
二度目の大輪の後、弥生は居なくなっていた。
「馬鹿、野郎…」
一人になって少しだけ広くなったゴンドラに健太の寂しい呟きが響いた。
―――――――墓場――――――
翌日、健太は弥生の墓参りに来ていた。
花を入れ、弥生が好きだった大福を供え両手を合わせた。
色んな事を言わなきゃいけなかった。
だけど…健太はただ一言心の中で呟いた。
『さようなら。俺の初恋』
健太はあの時、弥生が目の前で居なくなった時、胸に空いた焦燥感が何だったのか分かって初めて失恋した実感が持てた。
だから健太はさようならを言いに来た。
これ以上好きな人を困らせたくないから…
健太は立ち上がると歩き出した。
どこに向かうでもなく歩き出した。
一昨年の今頃、弥生は病気にかかり短い人生に幕を閉じた。
読んで下さりありがとうございます