報酬はお菓子
Author:天狐紅
親が、師が、いくら卓越した技術や天賦の才を持ってたとしても、その子供や弟子が同じだとは限らない。と、アリウスは考える。
人には必ず長所と短所がある。どこかで聞いた言葉だが、それを自分に置き換えて考えると、難しい。
得意なことは? と聞かれると、剣技と答えるが、自分の尊敬する父のように卓越しているわけではない。
好きなことは? と聞かれれば、読書と答えるが、偉大な祖父のように聡明で見地が広いわけではない。
それなのに、
「どうしてこうも、面倒な依頼が多いのですか!」
「いや、俺に言うな、言うならこの用件を回してきた大臣に言うことだな」
ここは騎士団長室。名前の通り、騎士団長のための部屋だ。本来ならアリウスみたいな見習いの騎士が入る機会などない。しかし、とある事情から何回もここを訪れることになっている。
「だいたい、みんな僕があの人の孫で、あの親父の子供だからって、期待しすぎなんですよ」
「まあ、確かにな」
アリウスの前で偉そうに机の上で足を組んでいる男はこの部屋の主人、騎士団長のギルバートだ。
でも、と彼は続ける。
「お前は、過去三度もその期待に応えたじゃないか」
違う、それは
「それは、僕の力ではありません」
「お前の力だ。運だろうと誰かの力を借りようと、それはお前の力だ」
今までの雰囲気と一転して真面目に、力強い言葉だった。アリウスは二の句が継げない。
「…………」
「まあ、確かに今回の依頼は面倒だな。なにせ、殺人犯の特定だ」
アリウスは自分の手に持っている依頼書と書かれた羊皮紙に目を落とす。そこには、殺された貴族の詳しいプロフィールと現場の状況が書いてあった。
「どう思う?」
「どう……と、言われても……見当も付きませんよ、僕には」
「まあ、だろうな」
ということは、とギルバートは欠伸を噛み締めながら続ける。
「また『魔女』の力を借りるのか」
その言葉は、まるで自分の力で解決することを諦めたアリウスへの軽蔑の言葉のように感じた。ギルバートがそんなこと思うはずがないのにと分かっていながら。
王宮の立ち入り禁止区域
特別な許可を得ている一部の人間しか入れない。
強面の見張りに挨拶して、アリウスはその禁止区域にビクビクとしながら入る。
(い、いつきても視線の威圧感があるというか、こ、怖いなぁ)
我ながら情けないと思いつつ、急ぎ足で通り過ぎるのであった。
禁止区域の一番奥にちょっと古くなっている大きな木の扉がある。
その扉の前でアリウスは立ち止まり、タン、タン、タタンッ、タン、とノックする。
それから待つこと五分、ギィ、ギィギー、と音を立てながら大きな扉は開く。扉の隙間から光が漏れていて、今まで薄暗いところにいたアリウスにはそれが眩しかった。
「まったく、小僧……何の用だ?」
その部屋から出てきたのは、一人の赤髮の女性だった。この女性こそ、様々な出来事を解決するスペシャリスト……なのだが、アリウスは実際にはどんな人物なのかよく知らない。わかるのは、名前が『ユーフィア』ということと……まあ、色々と面倒な性格ということだ。
「こんばんは、ユーフィアさん。あの、お願い」
「だが断る」
「……ってちょっとおぉぉっ⁉」
まだ内容も伝えないうちに扉が閉じられ、辺りには静寂が戻ってくる。
「大臣命令なんですよ⁉ これやらないと僕の首が吹っ飛びます! そしたらあなたを恨んで毎朝四時に起こしに来ますよ⁉」
「その地味な嫌がらせはなに⁉」
バンっ! とまた扉が勢い良く開く。 内側からは開けやすいのだろうか。
「それくらい必死なんです! プリン作って上げますからどうか!」
「私は子供か!」
「……っく! なら生クリーム付きで!」
「そういう問題じゃない!」
「まさかチェリーもつけろと⁉」
「その話からは離れろ!」
ユーフィアの息が少し荒くなる。馬鹿なやりとりに思えるが、これは作戦のうちなのだ。
「この貴族、後ろからナイフで刺されているんですよ! 可哀想だとは思わないんですか‼」
「思わないね! 背中からグサリ、その後に捻じってあるから、他人から恨みでも買っていたんだろうよ!」
「でも残された家族が可哀想ですよ!」
「ははは、何を言っているんだよ! そいつを殺したのは、その家族だよ!」
「でも動機がないですよ!」
「そんなの本人に聞きやがれ!」
会話はドンドンとエスカレートしていく。アリウスの思い描く通りに。
「どうやって!」
「簡単さ! まずはその貴族が生きてるって噂を流すんだよ! 具体的にどこかの部屋で休養中だとかね!」
「なんの意味が!」
「そうすれば恨みを持っている犯人はまた殺しに来るだろうさ! その現場を抑えればいいじゃないか!」
「あ、それいいですね。ありがとうございます」
「は? ……あ、貴様!」
アリウスは興奮状態から急に素に戻り、帰ろうとする。勿論、それをユーフィアが許してくれる訳がないので。
「プリンの約束忘れんじゃねえぞ‼」
「プリン食べるの⁉」
それから数日して、無事に犯人は捕まった。
犯人は殺された貴族の息子だった。動機は……まあ、権力絡みだったとだけ言っておこう。
「ギルバート隊長、今回の事件のレポートです」
「ああ…………これはまた」
動機の部分を読んでギルバートも苦笑いになった。それから、すぐに真面目な顔になると、アリウスに向かって話し始める。
「今だからこんなことを言うがな、俺も大臣もお前のことは評価してるよ。それは別に事件を解決するとかしないとかじゃない」
「……ではなにを?」
「料理が上手だ」
「その答えは想像してなかった‼」
まさかの答えであった。
「(まあ、それを含めて、あの魔女を操れる人間なんて、こいつ以外いないだろう……まあ、本人はそれを才能だとは思っていないようだが)
まあ、これからも魔女の為にお菓子を作るんだな!」
「……僕お菓子屋じゃない‼」
***The Next is:『解毒の契』