しりとり
Author:末吉
しりとり。それは言葉遊びの一種であり、日本人なら誰しもやったことがあるだろう。
……まぁ、さすがに毎日はやらないだろうがな。はぁ。
いや、すまんすまん。ちょっと今までのことを思い出していたらな。なんていうか……よく無事だったなと自分で思っていたところだ。
ん? それじゃ溜息つく理由にならないだろうって?
そりゃそうだろうな。俺だって毎日しりとりやってても別に問題はない気がする。
だがな、それがただのしりとりだった場合だ。
俺たち――菅原左之助と天神与一のしりとりは、どうしようもなく不可思議で、奇跡的で、もうお前神様だろとしか言えないほど変わっている。
これは、そんな俺たちの日常である。
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ピピピピッ! ピピピピッ‼ ピピッ、ガシャン!
「……また壊れたか…」
目覚まし時計が鳴り、その音を聞いた俺は、無意識に壊してしまったようだ。
これで通算三千五百個目ぐらい。かれこれ十年も毎日壊し続けている。
今日の破損状態はどうかなーと思いながら起き上り、目覚まし時計を探していると、案の定壊れかけどころか全損した目覚まし時計がドアの前にあった。
さらばエーテル(目覚まし時計の名前)。貴君の犠牲は忘れない。
それで思わず敬礼しそうになって、俺は頭を振った。
いかんいかん。そんなことより早く起床しなければ。
そう思い、布団のシーツを戻したりしてから着替え、エーテルの破片を拾って机に積み上げてから下へ降りた。
あー、俺の名前は菅原左之助。ちなみに、左之助とつけたのはうちの爺ちゃん。
またえらく古風な名前だなぁと一時思ったが、今ではどうでもよくなった。
で、自己紹介だが、まぁ高校一年生の十五歳で口の悪い男でいいだろ? これ以上何を語れというんだ?
……あー、容姿? そうだなぁ……不死身っぽくてバーテンダー姿の男の顔で分かれ。身長は百七十ぐらいだけど。あ、グラサンはかけてないからな。
あとはなんだ、趣味とかか? ビミョーなところで剣道ぐらいだが。
こんくらいでいいだろ。……って、階段下りながら何やってるんだ、俺。
「ちょっとバカ兄貴。階段で立ち止まらないでよね。後ろがつっかえてるじゃない」
「わかったよ」
後ろから妹の声が聞こえたので、俺は再び階段を下りた。
朝からつっけんどんな態度で物申してきたのは、わが妹、菅原彩子。
身長は百五十後半で、意外とずるがしこい。
まぁもともとの顔立ちとスタイルがいいし、おふくろが悪女的な人物なのでそうなっても仕方がないと思うのだが、さすがにあそこまでいかれると、身内としては戦々恐々である。おもに犯罪面で。
ちなみに中学三年生で、テニス部部長兼生徒会副会長。
いやはやまったく優秀な妹だ。こんな、
「大体、毎日目覚まし壊すって。兄貴はほんとおかしいわよ。見た目からして狂暴そうだしさ」
説教に悪口を乗っけた言葉ばかりしか聞こえないことを除けばな……っ!
「うるせぇ。そういうお前こそ家の中でのだらしなさ、どうにかしろよ。たまに見えるんだぞ、あれ」
せめてもの意趣返しに注意したが、
「⁉ な、何言ってるのよ、変態兄貴‼」
ブォン!
「ぶなっ!」
妹が反射的に聞き手のフルスイング(要はビンタ)をしてきたので、俺はあわててしゃがんだ。
そのビンタはあえなく空を切り、俺は頭の上でその音を聞いてシャレにならないと怖がった。
そんな俺を無視して、妹は続けた。
「つ、次そんなこと言ったら、兄貴を母さんに押し付けるからね‼」
「やめろっ! そんなことしたら間違いなく俺の人生が破滅する‼」
おふくろのところに行ったらどうなるのか……それを考えていったのだが、妹は見事に無視しリビングへ行ってしまった。
……ったく。相変わらず怖いこと言うぜ、まったく。
そう思いながら、俺はため息をついて妹の後を追うようにリビングへ向かった。
「おはよう左之助」
「ああ、おはよう親父」
俺がリビングについて声をかけてきたのは親父。名前は菅原道三。名付け親はやはり爺ちゃん。
ちなみに、結構優しくて主夫みたいな人である。
……本人も半ば自分のことを主夫だと自覚してるからなぁ。
そんなことを思っていたら、親父がこんなことをつぶやいた。
「それはそうと……冷蔵庫見たら鶏肉がたくさん入ってたんだけど…どうしてなんだろうね?」
買った覚えはないし母さんが送ってくるにしても量が多いしなーと腕を組んで考えている親父の前で、俺は固まった。そしてこう思った。
ああ、やっぱりか。と。
こうなった原因の一端には俺がかかわっている。が、それを言ったところで面倒事が回ってくるのが考え付いてしまうから、俺は何も言わずに席に着く。
それを見た親父が「ああ、ごめん。二人とも学校なんだったね」と言ってあわてて朝食を出してくれる。
本当に優しい。これでうちの母親があんなでなければさぞ似た者夫婦といえただろう。
……でもおふくろ、親父に激甘だからなぁ。ある意味似た者夫婦か。
そんなことを考えていたら、「兄貴。さっさと食べないと」と妹に言われ、俺は出された料理(朝からチキングリル。正直驚く)を食べ始める。
鉄板じゃないから熱くはないが、油のベタつきがないのでサクッと行ける。これでは何で食堂を開いていないのか不思議だ。
親父は、おふくろと結婚する前は結構有名なレストランの一番のシェフだったらしい。そこに訪れたおふくろが料理を食べて感激して親父に会って一目ぼれして今に至る、と。
今でも食堂位開けると思うのだが、親父曰く『お金があったらね』だそうだ。
……まぁ今ちゃんと働いてるしな。会社員として。
「ごちそうさま」
「いつも早いね、左之助は」
「うわっ。兄貴私より遅く食べたってのに、何で早いのよ」
「お前が箸を止めてテレビを見てるからだ」
食事を終えてそう言ったらフォークが飛んできたので、避けずにフォークの柄の部分をつかんだ。
「いきなり何しやがる」
そう言って俺は、妹の空いてる皿の上にそのフォークを置いて、リビングを出た。
学校に行かないとそろそろヤバイな。
あれから特に何事もなく学校へ向かったが、道中人通りの少ない道が富士の樹海っぽくなってたり、坂道が急すぎてたり、車が行き来している中に自転車が同等な速度で走っていたり、上空で爆撃音が聞こえたり。
が、俺はそれぐらいで驚かない。というよりは、これらをどうするか考えてるのでそれどころではない、という方が正しい。
……ていうか、考えても無駄なのは知っているんだけどな。取り返しがつかないことになっているのも。
せめてあの対処法が今まですべてに有効ならなぁ。
そう思いながら歩いて学校に着き、下駄箱で上履きに履き替えて教室まで歩いていると、
「おはよう左之助!」
「……よぉ」
後ろから声をかけられたので振り返ると、先ほどまでの現象を引き起こした元凶がいた。
天神与一。俺の幼馴染にして変な力を持っている男。
………………幼馴染で女思い浮かべた奴。そんなのは幻想だ。忘れろ。
って、なんか話題がそれたな。
与一は身長が百六十と普通だが、顔は童顔で小動物系なので、女子からは「かわいい!」と言われある意味信仰の対象になっている。
……一部女子の間で流通している薄い本では俺と与一で(自主規制)してる本があるって知った時、さすがに出版元を警察に連絡しようか悩んだがな(学校側で焼却処分してもらった)。
まぁそうなるぐらい一緒にいるってことだが、向こうから寄ってくるのである。どう回避しろと?
またそれたな。
まぁ幼馴染ということあって家は近く。家族間での付き合いもあるので(親父と与一の両親が同じ職場だから)、互いにいろいろ知っている。
そういえば変な力があると言ったが……。まぁもう少ししたら理解するだろうから言わないでおこう。
「どうしたのさ、考え込んで」
「…………ん? ああ、悪い」
そう言いながら教室へ向かう。
と、ここで与一がいつも通りの『提案』をしてきた。
「ねぇ、しりとり、しない?」
こいつは暇が嫌いなのか、退屈だと感じるとすぐに俺にしりとりを提案してくる。
はっきり言って授業妨害でしかないんだが、前に一度やらなかったらえらい目に遭ったので、それ以後は泣く泣く付き合うことにしている。
だが、毎度毎度同じ決まり文句なので、息を吐いてからぼやいた。
「あきねぇな、おい」
「そりゃぁね。色々と縛れるから楽しいし、勝ち負けがつかないから今回こそはって意気込むからね」
そう言ってから握り拳を作ってガッツポーズをする与一。これに和む女子も多いのだそうだが、生憎俺は健全な男子。いくら小動物系だろうが、野郎の仕草に和んだことなどない。
やれやれと首を振ってから、俺は言った。
「ルールは?」
すると与一は決まってるじゃないかという顔をして言った。
「いつも通りでいいでしょ?」
その答えに俺はぼそっと、
「……だから終わらねぇんだろ」
ツッコミを入れたが聞こえてなかったようで、
「? どうしたの?」
と首を傾げられたから話を進めることにした。
「別に。どっちからだ?」
「じゃぁ僕からね。いちご」
くそっ! もう始まっちまったか! つまり、発動してしまったということだ。与一の力が。
与一の力。それは、『しりとりの言葉が俺達の世界に現実に現れる』というもの。
まぁ昔はしりとりしなくても出せちまってたがな……って、そうじゃなくて。
説明すると、しりとりで出てきた言葉が、世界のどこかで現れたり世界中に影響を及ぼしたりしてしまう力。
だが、それを理解しているのも気づいているのも俺だけ。それ以外の奴らは気付いてない。まぁしりとりに参加してないと変わってないように見えるようだからな。
ここで俺達のいつも通りのしりとりのルールを説明しよう。
・最後に『ん』がついたら負け
・文章にしても可
・第三者介入時は、その第三者の発言から始める
・次の言葉を考える時間は三分
・三分すぎた場合も負けとする
・決着がつかなかった場合、やうやむやになった場合は引き分けとする
・最後に「ー」がついたならその前の単語、「じゃ」などはそれで一単語として続ける
・同じ言葉は何回も使えない(意味が違えば可)
という感じ。
つぅか説明してたら考える時間無くなっちまった! こうなったら……
「ゴンドラ!」
つい勢いで口にしてしまい、俺はしまったと思った。
瞬間。世界が人知れず、かつ、明確に変わった。
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イタリア:ヴェネツィア
そこに映っていたのは、川を流れる観覧車のゴンドラと、それを不思議と思わずにイチゴのないショートケーキをほおばるイタリア人たちの姿だった。
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「じゃぁ次は『ら』だね? ら、ら、ら……」
あーチクショウ! やっちまった‼
……今頃、世界中でゴンドラとイチゴが変なことになってるんだろうな。そう思うとやっちまった感がするからさっさと元に戻さねば!
そう俺が決意していると、
「じゃぁ、『雷様って鳴ると怖いよね』で」
ピシャァァァン‼
「うおっ!」
「うわっ!」
与一の一言で突如空が曇り、雷が鳴った。
お前はぁぁぁぁ‼
まずそう叫びたかったが、先にしりとりを続けなければずっと雷が鳴り続けることになりそうなので、そちらを優先することにした。
「……『寝る前にはすべての変化がなかったことになる』」
「なにそれ?」
俺の言葉を聞いて首をかしげた与一。
自覚ないからなぁと思いながら、「ただの保険」とだけ答えた。
「まぁいっか。次は僕で……『る』か。る、る、る……」
「悪いが、タイムオーバーだ」
「えっ⁉ あ、本当だ!」
与一は考えるのに必死になっていたからわからなかったようだが、俺達は今教室の前にいて、教室内には先生がいる。
ひょっとして遅刻かなぁと思いながら入ると、
「のんきにしりとりとはいい度胸だなぁ、お前ら」
「げっ」
我らが担任、立野光男が怒り心頭といった顔でこちらを見てきた。
立野光男。脂ぎってまるまると太った体型、身長の小ささ、すぐキレることから、生徒間不人気ナンバーワンの蔑称、「豚」もしくは「猪」。
こんな野郎が教師やってられる理由がいまいち理解できないんだが、まぁこれでもうちの学校の教師で、このクラスの担任だ。さっさと野生に帰って草でも食べてろ。
「おい菅原。変なこと考えなかったか?」
「いえ別に」
素直な先生像を思い浮かべていたところ、なぜか睨まれた。
別に怖くねぇなぁと思いながら、さっさと席に座ることにした。
昼休み。
「お昼だねー」
「しりとりやらんぞ。食べた気にならんのでな」
「分かったよ」
釘を刺したらあっさりと引き下がったので、拍子抜けした俺は弁当を取り出す。
この弁当も親父が作ったものだ。まったく、朝の準備も色々あるというのに頭が上がらない。
「いただきます」
そう言って弁当箱を開ける。と、中に入っていたのはから揚げにグリルチキンにチキン南蛮などなどの鳥料理の数々。と、ごはん。
「……」
思わず黙ってしまう。
いや確かに大量に鳥はあったさ。だけどな、なんでこんなに大量にあるんだよ……
おそらくこれ、朝起きて冷蔵庫確認した瞬間に立てた献立だろうなぁと遠い目をし始めたところで、与一が勝手に、何も言わずにおかずの一つをぱくりと食べた。
「う~ん相変わらず君のお父さんの料理はおいしいねー」
「……そんな笑顔で言われても別なモノはやらんぞ」
「……ダメ?」
「自分のを食べろ」
そう言った瞬間にクラスに残った女子からのブーイング。慣れたから別に構わないしそもそもこのブーイングは『なんで優しくしないの』とか言うものだったりするので、それこそどうでもいいという感じである。
「ねぇ佐之助」
「あん?」
「交換は?」
「それは別にいいが……」
「そう? なら卵焼きとチキングリル」
「さらっとお前いったな。別にいいけどよ」
そういうと器用に一切れ箸で運んで、卵焼きを一切れ俺の弁当箱に置いた。
ふむ。結局鳥から離れられてないが別にいいか。そんなことを思い、俺は卵焼きを食べていつも通りの感想を言う。
「甘い」
「気に入らないかい?」
「他人の味付けだからどうこう言う気はないが、砂糖どれだけ入れたんだよ、お前」
「そんなに入れてないよ」
「じゃぁお前の味覚がバカになってるんだな」
「あーそういう事言うのー? お姉ちゃんだすよ」
「……あの人既婚だろ。何引っ張り出そうとしてるんだよ」
「えー? だって佐之助って大人になったらけっ――」
「そんな昔の話なんてどうでもいいだろうが。人間誰しもそんなことはある」
「……まぁそうだけどさ。でも……」
「あ?」
「いや、なんでもないよ」
「あっそ」
こうして、しばらく談笑しながら食べ、昼休みは過ぎて行った。
放課後……は、剣道部に顔を出す日だったので一緒に帰らなかったのだが、帰り道でメールが来たので確認すると、「しりとりやろう」と短い文面が送られてきた。
歩きながらも返信する。「俺が家に着くまでな」と。
かくしてしりとり第二ラウンドは始まった。
「僕からいい? 魚」
「納豆」
「海」
「味方の味方は敵」
「きりたんぽ」
「ポージングは種類によってつらい」
「いいね、それ。それは言える」
「ルール破棄」
「消える鉞」
「林檎を乗せたインド人がコサックダンスしてる」
「ルカビンテ」
「て……って、おい待て、そんなのあったか?」
「かっかっかっ。知らないの? 結構有名なゲームに敵で出てた記憶があるんだけど」
「どこかにあったかもしれないな、たぶん。家に……って、悪い着いたわ。ここで終了だな」
「えー」
俺は文句のメールが送られてくるのを無視しながら、家の中に入った。
まぁそれから特に何もなく――しいて言えばテレビでインド人が林檎を頭に乗せて器用にコサックダンスしながらコメントしてるとか、乱闘試合が野球とかサッカーで普通に行われているとか、ルカビンテというキャラが出てくるゲームについての紹介だとか鉞が消えたとか――妹に注意され父さんが鳥料理を振る舞い、母親が乱入して一日は終わった。
翌日。
「ふわぁ~あ」
「おはよー佐之助」
「あぁおは……よう?」
「なんで疑問形なのさ」
全てが元に戻ったことによる安堵で欠伸が止まらない俺に後ろから声をかけてきた奴を見たが、思わず首を傾げてしまい、機嫌を損ねてしまった。
なぜなら、女子だからだ。俺の名前を呼んだ奴が。
…………ん? 一体どういう事だ? そしてこいつは誰だ?
そんな俺の疑問が顔に出ていたのだろう。そいつは笑いながら「僕は天神与一だよ」と言い出した。
「は?」
「信じてないの?」
「あーまぁ」
「もう。佐之助の鈍感。そんなんだから毎日僕がしりとりをやろうと提案した理由だって気付かない」
「知るか」
「ふーんだ。そんな態度取るんだったら教えてあげないよ」
いや別にそこまで興味はない。
即答したかったが何分躊躇われたので、「悪かったな」と謝ってから質問した。が、
奴は俺より前に進んでから振り返り、両手を後ろに回して腰を引き、「ひ・み・つ♪」と言ってウィンクしてきた。
どちらにせよ、教える気はなかったらしい。
それでもこうして、俺達の一日は始まる。
「ねぇ佐之助。またしりとりしよう?」
「もう懲り懲りだ」
***The Next is:『報酬はお菓子』