猫の会話
Author:子猫 夏/虚虎 冬
謎成分は薄めです……ほのぼのしていただけたら幸いです。
一人の少年と、少年よりほんの少し年が上に見える少女。二人はあるものを巡って取り合いとなっていた。
「こっちが僕のミクちゃんだもん!」
「違う! その子は私のイクくんよ!」
うう、と唸って、頭をぶつけ合う二人。かなり険悪なムードになっているところを、猫を抱きながら困ったように眺める一人の男がいる。
「あー、そのぅ、そろそろ落ち着いてくれないかな……?」
男がなんとか諌めようとしても、
「探偵さんはどっちだと思います⁉」
二人はぎゅん、と音が鳴りそうなほど首を強く回して、男の方を睨んだ。
彼は猫の首元を探りながら、言った。
「どっちも『iku』になれるからなあ……後、僕は、探偵じゃないんだけど……」
* *
街の隅っこにある、「探し屋」。周りからは、どんな相談でも受け入れてくれるため、「何でも屋」「探偵屋」などと呼ばれている。本人は「探偵」と呼ばれるのを嫌っているのだが……。
人の愚痴を聞く、子供の朝顔の面倒を見る、魚や兎の育て方を調べる、スーパーの特価品を調べる――様々な依頼が飛びこんでくるのだが、ここの一番の仕事は「探し物」である。
探し「物」は、生き物のこともある。
例えば、猫。
「この三毛、首輪、全部ミクのだもん! 絶対この子はミクだよ!」
「イクくんだって、三毛猫だし首輪の色はそれよ。首輪に『iku』って書いてあるし!」
「ミクの首輪だって、『miku』って書いてあった! えむ、が消えただけだ!」
本日ここには、迷い猫探しの依頼が二つ来ていたのだ。しかし見つかったのは、一匹の青い首輪を付けた三毛猫。少年も少女も、この三毛が自分の猫だと言って譲らない。
探し屋の男が、毛も体も引っ張られ、不機嫌になっていた猫をなんとか保護し――その後は、今まで書いたごとく。二人はぎゃーすか言いあって、しまいには絶対に――
「探偵さん、僕のミクちゃんだよね⁉」
「違うわよね探偵さん、私のイクくんよね⁉」
男は、二人の言葉に対し曖昧に笑った。
「うーん……今のままじゃ、なんとも言えないなあ」
二人の質問をのらりくらりとかわす男に、子供はついに怒りだした。
「見つかると思って、ここに依頼を出したのに」
「もっと酷いことになったわ! もうちょっとやる気出してよ」
依頼主、しかも子供である二人に、男は少々残酷と思える発言を繰り出す。
「大体、この猫がどっちかに懐いてたら、分かりやすかったんだよ。なのにこの猫ったら知らんぷりだし」
男の腕の中に落ち着いている猫は、初対面の男に対して警戒しなかったので、決して人嫌いではなかろう。だのに、このミクなのかイクなのか、三毛猫は少年も少女も知らない、という風に振る舞っている。
男の言葉で、二人はがくっと肩を落とした。
「ミク……僕にいっつも付いてってたのに」
「どうしちゃったの、イク……私の肩が大好きなのに」
そんな二人の様子を気にも留めず、男はあっさりと、
「まあ、ミクでもイクでもない、ってのが一番楽なんだけどねえ」
「そんな!」
「じゃあ、私たちはどうすればいいの……」
哀しそうな彼らを見て、男は「やれやれ」とどこからか本を取りだした。分厚くて大きな本――少し黄ばんでいる、古めかしい本だ。
いきなり本を取りだした男を見て、二人は――期待はしなかった。
「あーあ、この人本読み始めちゃったよ」
「もう、探偵なんて役に立たないのね」
そんな二人の言葉を聞いて、一瞬男の額に青筋が浮かんだが、それも一瞬の内に消え、いつもの穏やかな、のんびりした顔へと戻る。
「まあ、見てなって……ちょっくら猫の会話でも覗きましょう」
店主の言葉を聞いて、喧嘩を続けていた二人の子供は思わず顔を見合わせた。
「猫の、会話?」
二人の疑問も気にせず、男はブチッと猫の毛を引き抜くと――猫は怒って、彼の腕を引っ掻いた――、それを本に挟んだ。
すると、なんと不思議なことに――本のページに、文字が浮き上がってくる。それは何かの会話の様だった。
* *
――お前さん、どこへ行く?
――なんだい、ああ、この街の古参の猫か。初にお目にかかります。
――いや、敬語はどうでもいいのだが。お前さん、何をしてるんだ? お前さんはあれだろう、その……。
――家猫、だって言いたいの?
――そう、家猫だろう。首輪をしっかと付けているしなあ。名前は、ふむ、イク、か?
――イク、ねえ。そう呼ばれてるかもしれないね。
――分からないのか?
――だって、ボクを飼ってるのがちっちゃい子だからさ、なんて呼んでるのか、さっぱりなのよ。イクか、ニクか、ミクか。
――ニク、だったら美味しそうだね。
――おいおい、美味しくないから食べないでくれ。まあ、名前はどうでもいいとして。
――そう、そう。今大事なのは、お前さんが何でここにいるのか、さ。家猫は外に出ないだろうに。
――まあ、ね。そうだけれども、猫にもいろいろあるんだよ。家の中は窮屈だからね。
――窮屈か。外にひっきりなしに出てる私には分からないな。
――それは素敵なことだね。ボクは、たまたま窓が開いてた時に、ちょっくら出てみようか、ってんで、飛びだしたんだ。いきなり塀にぶつかりそうになって、焦ったね。
――外の世界は初めてなのか。そりゃあ、新鮮だったろう?
――それはもう、ね! 外の空気、……ってあれはクルマとやらの排気がすがきつくって、あまり好きではないのだけれど、家の中の曇った空気より美味しいよ。
――曇ってるのか。
――曇ってるのさ……ふっふ。まったくジメジメしてるし、ボクの留守番中はえあこんを止めてくんだ。一度、冬には死にかけたね。
――外の方が、寒いけどなあ。
――それとこれとは、別の話。とにかく、ボクは部屋の中が窮屈だったのさ。
――なるほど、で、外に出て楽しかったんだろう? ……まさか、主の元に戻らないのかい?
――そんな、もう戻るつもりだったよ。まだこぉんなに小さいボクのあるじが、泣いちゃうだろうから。けどね。
――様子を見ていれば分かるさ。迷子だろう?
――残念ながら。どうやって戻ればいいのか、分からないんだよねえ……。
――なるほど。それならば、主の方から接触を試みるだろう。そのために、同じ場所で生活してくれないか。そうすれば……私と、私の主がなんとかするが。
――それはありがたい。
――絶対ではないが、な。
――まあ、いいさ。それならそれで……。また、会いに来てくれるかい。
――きっとな。それでは、さよなら、若猫よ。
――さよなら。
* *
――なあ、ここ、どこだよ?
――いきなりとっつかまれて聞かれてもだな。どうした、迷子か?
――迷子! んなカッコ悪いことすッかよ。俺は旅に出た、それだけなんだ。
――それこそ、今いる場所なんて関係ないだろうに。
――うるせえ、ゴタゴタ言ってると殴んぞ。
――はい、はい……。まったく、血の気が多いな、お前さんは。
――んで……お前さん、名前は?
――イクだよッて。手前の名前は何だよ?
――なんだろうな。まあ、話そうじゃないか、ゆっくりと。折角同じ三毛で、同じ首輪なのだから。
――……同じ首輪、じゃねえぞ。これは俺の主の作った、おりじなるめいどなんだからな。
――「オーダーメイド」のことか。
――そう、それだ。俺専用にしてくれたんだ。「何の柄がいい?」「これでどうかな?」っていちいちこっちに見せてきやがる。メンドクてテキトーに首振ったりして答えてたら、なんだか勝手に俺が好きな首輪になったんだよな。
――そうか、それはいいな。
――そうなんだよ……ったく、ヌシはどこにいンだよ。
――家じゃないか?
――分かっとるわ! ……俺のコト、探してるのかなあ……。
――探しているだろうよ。お前は愛されているからな。
――だと、いいけどよ。……つーか、会ったばかりの手前に、大丈夫だの駄目だのと指示されたくねえぞ。
――まあ、自由に生きてみろ……もし主に会うつもりがあるなら、じっとしてろよ。
――何するつもりか知らねえけど、俺にとっちゃイイコトだな。よろしく頼むぜ。
* *
興味ありげに本を覗きこもうとした少年と少女は、ページがバタリと音を立てたのに驚いた。
探し屋の男は、にこにこしながらこう言った。
「ミクちゃんは――、イクくんは……、いると思うよ」
それまで、男の言葉には全て憤慨してきた二人も、今度ばかりは目を大きく見開いて、その瞳は今までで一番輝いている。
「ホント⁉」
「ありがとう!」
すぐさま走り去る二人を見送って、彼は腕の中の猫を見た。
「一瞬にして注目がなくなったねえ、なあ色」
最後に一つ、本のページに追加された内容。
――もう少し、優しく毛を抜いてはくれまいかね。まったく、仕事を手伝わせるとは、なんと酷い主よの。
読んで下さりありがとうございました。他の方の「謎」も楽しんでくださいませ。
***The Next is:『日本語に魅せられた男』