嘘吐きたちの末路:中篇
通学路途中の公園で恵利佳と合流し学校へと向かった僕は、教室に着くと、健介の姿を探した。自称「霊感の強い男」である健介に、弟のことで尋ねたいことがあるからだ。
どこにいるのだろう、と教室内を見回していると、健介の方から僕に声をかけてきた。
「よっす、良哉!」
「ああ、おはよう健介」
「扉の前でぼぅっと立ち止まって、どうかしたのか?」
「いや、健介の姿をここから探してたもんで」
「俺を?」
僕は頷いた。
「そりゃまた、どうして?」
「少し、尋ねたいことがあったもんでね。……健介って確か前にさ『霊感がある』って言ってたよね?」
「ああ、あるぞ。どんなに影の薄い霊だって、ばっちりと確認できるくらいの強い霊感がな。でも、どうして急にそんなことを?」
「実はさ――」
僕は昨日のことを要約して話した。
健介はそれを聞き終わると、「もしかしてアレに関係が……いや、まさかな」と意味ありげに呟き、言った。
「確かに不思議な話だな。――それで、俺はどうすればいいんだ?」
「今日の帰りにさ、うちに寄って弟と話してみてほしいんだ。僕にはなんのことかさっぱりだったけど、健介なら、何か分かるような気もするし」
「それは別にいいが、恵利佳さんは大丈夫なのか?」
「大丈夫なのかって、何が?」
「良哉と恵利佳さんはいつも二人で帰ってるんだろ? 今日だけだとしても、その中に俺が入っても大丈夫なのか、って聞いてるんだよ」
聞かれると考えてしまうが、大丈夫だと僕は思う。
女友達を連れて来たらさすがに嫌な顔をされるかもしれないけど、健介は男だ。それに、恵利佳とも面識がある。
恵利佳本人に聞かなければ分からないことだけれど、僕は健介に「大丈夫だよ」と返した。
〈6〉
教室に入り自分の席に着くと、一時限目に使用する教材を鞄から出しながら、僕は前を見た。
いつもならそこにあるはずの佳苗さんの姿が、今日はない。
「まあ、それも仕方がないか」
机の上で教科書とノートをとんとんと揃えながら呟いてみる。すると、途端に教室内が騒がしくなった。
僕の声が連鎖反応でも起こしたか? などと、馬鹿げたことを考えていると、クラスメートの誰かが叫ぶように言った。
「昨日の騒ぎを起こしておいて、よく学校に来れたなぁ。飯島」
飯島と言えば、このクラスでは佳苗さんしかいない。
教室の出入り口に視線を移動させると、そこには確かに佳苗さんの姿があった。
「わたしだってこの学校の生徒なんだから、来て当然でしょう?」
「はっ、来て当然? なんだよその態度。それに、昨日は散々教室内で騒いでおいて、謝りもなしかよ」
「謝ってほしい? 本当は、一時限目が潰れて嬉しかったくせに。わたしがあなたに謝るなら、あなたはわたしにお礼を言うべきじゃない? 授業を潰してくれてありがとうございます、って」
「あぁ? ふざけんなよ!」
「ふざけてなんかないけど? ……そんなことより、わたしは三波に話があるの。邪魔だから、もう突っかからないでもらえる?」
「飯島、お前なぁ――」
佳苗さんによる口喧嘩が始まると、クラスメートの誰もが思ったのだろう。教室内には、二人の声だけが響いていた。
飯島さんに突っかかっていた男子の英治はその空気を感じ取ったのか、言葉を止めると「――ちっ、めんどくせぇ」と吐き捨てて、椅子に腰かけた。
「最初からそうしていればいちいち苛々せずに済むのに。どうして男はこうもしつこいんだろ……本当に不思議」
佳苗さんは、毒の混ざった言葉を口にしながら、三波さんの前まで歩いていった。
再び教室内に緊張が走る。
佳苗さんは昨日、三波さんに向かって散々怒鳴り散らしたのだ。今から何が起きるのか、皆心配なのだろう。
「ねぇ、三波。話があるんだけどさ……」
「なに?」
「あの、昨日は本当にごめんね」
「……」
「許してもらえるかな――?」
「許すと思う?」
空気がより一層固まった。
「えっ、その。……ごめん」
「……」
「ねぇ、三波?」
「……」
「みな、み?」
教室に入ってきた時までは元気のよかった佳苗さんだったが、三波さんが何も返してこないためだんだんと不安になってきたのか、声が小さくなっている。
会話に一切関係のない僕でさえも息苦しくなってしまうような静けさの中、三波さんが唐突に「ぷっ」と吹き出し、そのまま笑い出した。
「あはははははははははははは!」
「ど、どうしたの三波?」
「あははははは! カナってやっぱり可愛いなぁ。冗談に決まってるじゃん!」
「冗談?」
「そう、ジョーダンジョーダン! もちろん許すよ」
「え、許してくれるの?」
「うん!」
三波さんの言葉で、固まっていた空気が一気に緩んだ。
どこかでは安堵のため息が漏れ、誰かは「仲直りして良かったぁ。緊張しちゃったよ」と言葉を漏らしている。
僕も安心からか力が抜けて、倒れこむように、椅子に腰かけた。と同時に、登校完了時間兼朝読書時間を知らせるチャイムが鳴った。
担任の神楽先生が教室に入ってくる。
「おいおい、これはどういうことだぁ。誰も席に着いていないじゃないか」
普段は厳しい先生が、今日はいつになく優しげな声で言った。
黒板の前に立ち教卓に手を置いて教室内を全体的に見回した先生は、佳苗さんが三波さんと話していることに気が付いたのか、二人のすぐ近くまで移動した。
「おお、飯島じゃないか。三波とは仲直りしたのか?」
「はい、しました! ね、三波?」
「うん! もう心配ないですよ、先生」
先生は二人の返事を聞いてから嬉しそうに「そうかそうか」と頷くと、黒板の前に戻った。佳苗さんも、自らの席に戻る。
先生が言う。
「ああ、そう言えば修平。お前、昨日道の途中で携帯電話を落とさなかったか?」
尋ねられた修平は、「あっ」と声を上げてから、「はい、確かにどこかで携帯を落としました」と返した。
「やはりそうか。近くのA交番に落し物として預けてあるから、帰りに寄ってみなさい」
「あ、はい。ありがとうございます」
「それじゃあ、各自、朝読書を始めるように」
いつも通りの日常に戻った。――気がした。
――Another StoryⅣ――
〝ちっ。なんだよ、あいつ。うぜぇ〟
学校の帰り、少年Bは声を荒げながら苛立ちを露わにしていた。
その日の朝、昨日騒ぎを起こしたクラスメートの飯島が学校にやって来たため、ちょっとした嫌味を言ったのだ。自分自身が悪いことは重々承知だったが、嫌味に対して嫌味で返されたことが気に食わず、怒りをため込んだまま、こうして帰宅をすることとなった。
〝何もあそこまで言うことはねぇだろ! 女子だからって調子に乗りやがって〟
足元に転がっていた石ころを蹴り飛ばしながら、叫ぶ。
少年の周りに人はいない。それをいいことに、この場で叫び続けてストレスを解消しようか、と少年Bが考えていると、後ろから誰かが近づいてくる気配を感じた。
〝うぉっ……!〟
確認するように振り返った少年Bは、驚いた声を上げながら、飛び退いた。
〝な、なんだよ……お前っ!〟
少年Bは自分の目の前にいる人物を見ながら叫んだ。その人物は、手に刃物を握っている。
普通ならば殺されないようにするために逃げるが、少年Bは目の前の人物の顔に恐ろしさを感じて、動けずにいた。
〝おい、なんだよ。くるなよ。くんなって!〟
じりじりと近づいてくるその人物に向かって叫びながら、自分も後ろに少しずつ下がる。そんな状態が数秒か数分続くと、途端に刃物を持った人物が走り出した。このままでは埒が明かないと踏んだのだろう。だが、その行動が命取りとなった。
〝く、くるなっ! くるなあぁぁ!〟
慌てた少年Bは手提げの鞄を振り上げた。
鞄は相手が持っていた刃物に当たった。
刃物は上へと放られ、刃先を下に向けて落ちた。
ぐじゃっ。
〝あ……あぁ……〟
頭のてっぺんに刃物を突き立てたままその人物はよろめき、前のめりになって倒れた。
〝違う。俺がやったんじゃない。俺は、何も、していない〟
今の一瞬で精神が不安定になってしまった少年Bは、周りに誰もいないことを確認すると、その場から逃げた。
そこに残された死体は、少年Bが逃げてから数秒後、地面に溶け込むように消えた。
〈7〉
学校終わり。
いつもなら恵利佳と二人で歩く帰り道を、ワケあって、今日は健介を加えた三人で歩いていた。
「――まぁ、そんなことがあってさ、今日だけ健介に来てもらうことにしたんだ」
恵利佳に何かを言われたわけではないけれど、健介を連れてきた理由を一応話すと、「ふむぅ、それはオカルティックだね」とだけ返された。
健介が僕の横に立って言う。
「ま、意味の分からない話だけども、何かありそうな気はするよな!」
「あんまりあってほしくないけどね」
「良哉は幽霊とか苦手だったっけか?」
「いいや、そういうわけじゃないよ」
「じゃあ、どういうわけだ?」
僕は、弟から手渡された紙に書かれていた「カガミの呪い」の内容を思い出しながら言葉を返した。
「なんかさ、嫌な予感がするんだよ」
〈8〉
いつものように公園前で恵利佳と分かれた僕は、健介を連れて家に帰ると、玄関の扉を開けた。
「ただいま」
「お邪魔しまぁす!」
家の中に入ると、廊下の少し先にある左側の扉が開き、弟の敦哉と母が出てきた。
「にぃにぃ!」
「おかえりなさい、良哉。……あら、健介くんじゃない。お久しぶり」
「お久しぶりです!」
健介が元気よく返す。
僕は母に言った。
「少しだけ健介を家に上げても大丈夫?」
「えぇ、大丈夫よ。敦哉の面倒も見てくれる?」
「うん」
「そう。じゃあ、よろしくね」
靴を脱いで廊下に立った僕と健介は、弟が何かを見たという例の部屋に入った。
「ここがそうか?」
「そうだよ。確か、あそこにいた、とか言ってた。何か視えるか?」
「いいや、何も視えない。もうどこかへ行った可能性が高いな」
「初めからいなかったって可能性は?」
「それは多分ない」
僕は首を傾げた。
「どうしてそう言えるの?」
「実はな……俺も、良哉の弟と似た出来事にあっているんだよ。昨日な」
似た出来事にあっている?
「一体、どういうこと?」
「良哉の弟、『あそこにいたぼくが言ってたの』って教えてくれたんだろ?」
「うん」
「確証はないんだけどな、その言葉の意味は『あそこにいた、自分と同じ姿の人が、言っていた』ってことだと思う」
「自分と同じ姿の人……」
呟くと、健介は頷いた。
「つまりさ、健介も昨日、自分と同じ姿の人を見たってこと?」
「ああ、そうだ。確かあれは……佳苗さんが騒ぎを起こすちょっと前だな」
僕は昨日の記憶を呼び起こした。そして、すぐに思い出した。
佳苗さんが急に立ち上がった時、健介が教室の前扉あたりをじっと見ていたことに。僕には何も見えなかったけれど、健介はあの時、そこにいる何かを見ていたのだ。
「なぁ、健介。もしかするとそれって、これと関係があるのか?」
僕は、弟から貰った紙を取り出した。
何の関係があるのか分からなかったため話に出さなかった「カガミの呪い」の記述だ。
「なんだそれ」
「都市伝説みたいなものらしいけども……ちょっと読んでみるな。『ここに、俺が調べ続けたカガミの呪いについて分かったことを幾つか記そうと思う――』」
〈9〉
『ここに、俺が調べ続けたカガミの呪いについて分かったことを幾つか記そうと思う。
序盤から話が外れてしまうが、カガミを片仮名にしている理由は特にない。ただ、《加賀見》と《鏡》のどちらでも捉えられるため、片仮名にしただけだ。まあ、表記としては《鏡の呪い》が正しいかもしれない。
話を戻そう。
まずは、カガミの呪いが何かを説明しておく必要がある。カガミの呪いとは、いわゆる、幽世から現世へ霊体を呼び出す儀式のようなものだ。
方法はとても簡単で、最初に加賀見神社にある祠の中に置かれた鏡を丁寧に拭く。
拭き終えた鏡を祠の中に戻した後《本物一人、嘘吐き一人。消えるは嘘吐き、死を受けよ。残るは本物、カガミを守れ》と言ってから人型に切った紙二枚を取り出して、そのうち一枚を握りつぶす。
最後に、手元に残った人型の紙一枚を祠の中に置く。それだけだ。
もちろん、今のことをやる意味はある。説明をすると少し長くなるが、ここでは敢えて記すことにする。興味があったら読んでほしい。
初めに、鏡を拭く理由からだ。これはただ一言、現世と幽世を繋ぎやすくするためだ。鏡は数多くの都市伝説でも言われているように、異世界との繋ぎ道とされている。それを綺麗にすることで、別世界の住人である霊体をこの世界へと呼びやすくする。
次に言葉の意味だ。これは、霊体への頼みごとだと考えてくれると、話が早い。言葉の意味を一気に訳すと、
《幽世から現世へとやってくるそこの方。あなたは、現世では人として生きる必要があります。ですが、あなたは実体を持ちません。もし、現世で生きていく場合、誰かのフリをしなければならないでしょう。しかし、この世では同じ姿をした人間は恐れられています。そこで、どちらかが偽物として死に一つの存在にならなければいけません。ですから、現世へとやってきた場合、同じ存在となる者を殺してください。そして、本物となったあなたは、幽世との繋ぎ道である鏡を守ってください》
と言う感じだろう。多少、無理もあるが、そこは気にしないでもらいたい。
最後に人型の紙だ。これは調べていくうちに分かったことだが、霊体の魂をあずけるものらしい。鏡の前に魂をあずける場所を作っておくことで、何かがあった時、すぐに幽世へ戻れるようにしたのだろう。
さて、カガミの呪いを行う方法を語るのはこれくらいにしておこう。まだ話さなければならないことはあるのだ。
俺は上に記したように方法を語ったわけだが、これを実際に行うことはとても危険だ。だが、もしもそれを行ってしまった場合、その後どうなるのか、どうすれば止めることが出来るのかを以下に記そうと思う。むしろ、ここからが重要なんだ。
カガミの呪いを行ってしまった場合、次のことが起こりはじめる。
人間の入れ替わりとその連鎖だ。
《本物一人、嘘吐き一人。消えるは嘘吐き、死を受けよ。残るは本物、カガミを守れ》の意味の訳しを読んでくれたら分かると思うが、人間の入れ替わりとは、つまり、幽世の人間と現世の人間の入れ替わりだ。幽世の人間がこの世で生きるために現世の人間を殺す。そんな恐ろしいことが起きるんだ。
だが、ここで大事なことを教えなければならない。それは、種類だ。
俺が知っている限りで、幽世からやって来たやつには《人を殺し入れ替わった後、悪意を持ち続ける者》《人を殺して入れ替わるが善意に生きる者》《人を殺さず解決への道を示してくる者》の三種類いることが分かった。この種類は、連鎖にも関係してくるため覚えておいてもらいたい。
次に連鎖についてだが、どうやらこれは感染病のようなものらしい。何が言いたいかというと、現世に生きる人間が入れ替わりと関わることで次のターゲットにされということだ。
これは説明しにくいため、ここではA太とB太というキャラクターを使うことにする。
A太はとある理由により幽世から来た霊体のターゲットになり、殺され、入れ替わられてしまった。そんな入れ替わり後のA太と、現世の人間B太が会話をしたとする。その瞬間に、B太は他の霊体のターゲット、次の入れ替わりの標的になるわけだ。
そうやって次から次へと幽世と現世の入れ替わりが起き、もしそれが延々と続けば、最終的にこの世界から現世の人間は誰一人としていなくなるだろう。
だが、《人を殺さず解決への道を示してくる者》だけは、連鎖に関係なく現れる。まあ、言葉から分かるように、そいつに殺意はない。心配をすることはないだろう。
長くなってしまったが、これが最後。入れ替わりを終わらせる方法だ。
方法は四つある。……だが、そのうちの一つをここに記すには俺の命が危うくなってしまう。だから、ここには三つだけを記すことにする。
一つ目は、鏡を汚すこと。
二つ目は、人型の紙を燃やすこと。
三つ目は、鏡を汚し、さらに人型の紙も燃やすこと。
一つ目の場合は、幽世と現世の道がふさがるため、完全に連鎖が止まる。
二つ目の場合は、置いていた魂がなくなるため入れ替わりが全ていなくなる。
三つ目の場合は、連鎖が完全に止まり、さらに入れ替わりもいなくなる。
カガミの呪いは本当に危険だ。このような記述がない場合、何かが起きているということさえも分からない。静かに侵食していき、世界を変えてしまう。だから、カガミの呪いが行われてしまった場合には、すぐに止めてほしい。大事なものを守るためにも。』
〈10〉
読み終えると、健介が「随分と壮大な話だな」と呟いた。
「だね。さすがに信じられないよ」
「ま、普通なら信じないだろうな」
「普通なら?」
尋ねると、健介は深刻な表情で頷いた。
「これは俺の想像に過ぎないが、カガミの呪いはすでに起きている」
「どうしてそう思うの? 幽世からやってきた霊体は、現世の人間を殺して入れ替わりをするんだろぅ? 誰かが死んだなんて、聞いてもないけど」
「入れ替わりがバレたくないのに、死体を残すと思うか? きっと、どこかに捨てるかしているんだろう。……まあ、そのことは置いておこう。俺が、呪いがすでに起きていると思う理由はな、幾つかあるんだ」
そう言われたため、僕は黙った。話を聞くという態度を示したのだ。
「一つ目の理由。良哉の弟と俺が見た、もう一人の自分だ」
記述を読むことに集中していたせいですっかりと忘れていた。
「ま、この時点で呪いが起きていることはほぼ確定だな。ちなみに、証明する方法はないが、良哉の弟と俺は入れ替わりじゃないからな」
「どうして敦哉も入れ替わりじゃないと言えるんだい?」
「弟の姿をした霊体がその紙、いわゆるヒントを渡してきたのだとしたら、その霊体の種類は《人を殺さず解決への道を示してくる者》に入るからだ」
なるほど。
「じゃあ二つ目の理由な。鏡を拭き終えた後に発する言葉の中にあった『嘘吐き』、これってさ、佳苗さんが何度も呟いてなかったか?」
「あ、そう言えば……」
「狂ったように何度も何度も嘘吐きって呟いてたからな、まあ、どう考えてもこれと関わっているだろう。そこから、佳苗さんがカガミの呪いを知っているとも予想できる」
「だとしたら、三波さんもそうじゃない?」
「そうか、三波さんもか……。なるほど。分かってきたぞ」
いつになく真面目な健介が、言った。
「分かってきた?」
「ああ、呪いの連鎖が分かってきた」
「……僕はよく分ってないんだけど」
「まあ、分かりにくいから仕方がないな。記述にもあったように、呪いは静かに侵食しているんだ。けどな、俺たちが知っている情報を一つずつ分けて考えてみれば連続性が見えてくるぞ」
連続性と言われても、僕はまだ情報を上手く把握できていない。
「理解できていないって表情をしてるな……。仕方がない、少しずつ説明していくぞ」
僕は頷いた。
「まず、カガミの呪いを行ったのは三波さんと佳苗さんの二人だ」
「ちょ、ちょっと待って! なんでそうなるんだ?」
「さっきも言った通り、佳苗さんはカガミの呪いについて知っていると思われる。でも、騒ぎを起こした時点での佳苗さんはまだ入れ替わりじゃなかった。もし入れ替わりだったとしたら『呪いに来たのか』とか言って騒ぐ必要がない。
だとしたら、あの時騒いだ理由はどうなる?
それは、入れ替わりである三波さんが自分のところに近づいてきたからだ。ここまではいいな?」
「うん」
「じゃあ、三波さんはいつ入れ替わりになったんだ? それに、佳苗さんはどうして、三波さんが入れ替わりであることを知っている?」
僕は考えた。考えて考えて、でも、分からなかった。
「分かんないや」
「またまた俺の考えだけどな、佳苗さんと三波さんがカガミの呪いを行い、佳苗さんの目の前で三波さんが霊体に殺されたんだと思う。そして、佳苗さんだけがその場から逃げ、次の日に学校へ来た。すると、殺されたはずの三波さんがやってきて、怖くなった佳苗さんは発狂したんだ」
「なるほど……。それなら、二人がカガミの呪いを行ったって話も理解できるなぁ。よく、そこまで頭が働くね」
「頭が働いてるわけじゃない。妄想力があるんだ」
「……そうだね」
「つ、冷たいな。まあいい、話を続けるか。――これで、二人が元凶だと分かったわけだが、そこで問題が出る。それが連鎖だ」
僕は頷いて返した。……さっきから頷いてばかりな気がする。
「記述では、入れ替わりに関わった者が次のターゲットになるとあった。最初の入れ替わりは三波さん、次に佳苗さん、多分その次は先生だろう」
「神楽先生が佳苗さんの家に行ったからだね」
「ああ、そうだ。佳苗さんと三波さんの家族も入れ替わりになった人物として見ておくべきだと思うが、それに関しては俺たちに情報がないから無視しておく」
健介のお蔭で僕の中での整理がついてきた。
「情報がない人物を無視し、情報がある人物の中からターゲットにされていると思うやつを抜き出すと――」
「佳苗さんと話した英治と、先生と話した修平の二人」
「その通りだ」
健介は頷き、それから言葉を繋げた。
「これは、早くに止めた方がいいかもな」
――Another StoryⅤ――
夜の十一時という遅い時間、入れ替わりとなった数人が、加賀見神社の前に集まっていた。
〝まさか、こんなにも早くに裏切り者が出るとはな〟
重苦しい空気の中、神楽が怒りのこもった声で言った。
〝本当だよ。もうバレちゃった〟
三波がそれに返す。
〝あいつ、いつになったら動き出すかな?〟
心配気味に、飯島が尋ねた。
〝分かんないけど、すぐに動くだろうね〟
〝だよね……。はぁ、本当に余計なことしてくれたなぁ〟
予定外の状況に、入れ替わりの数人は頭を悩ませている。
神楽が言った。
〝仕方がない……良哉が動き出した時のために、あいつを入れ替わりとして仕掛けることにしよう〟
その言葉に、全員が賛成した。
〈11〉
健介が帰った後、自分の部屋に向かった僕はまた頭を悩ませることとなった。
――そう言えば、一つ言い忘れてた。恵利佳さんなんだけどな、多分、霊感に似た何かを持ってるぞ
健介が帰り際に教えてくれたことだ。
恵利佳が霊感に似た何かを持っている……。そんな話は、恵利佳本人からは一度も聞いたことがなかった。
もし、健介の言葉が本当だとしたら――恵利佳は僕に何かを隠しているのか?
***The Next is:『嘘吐きたちの末路:後篇』




