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この謎が解けますか?  作者: 『この謎が解けますか?』企画室
恐ろしき謎が解けますか?
12/24

彼女の雨空、彼の曇り空

Author:大和麻也

「……ほら、降り出した。ずっと怪しかったじゃん」

 しっとりと額に張りついた髪の毛の水滴を払いながら、分厚い眼鏡のレンズの奥から鋭く睨みつけ、穂波(ほなみ)はおれにそう訴えた。

「まあ、そうだな。この時期、通り雨は仕方ないって」

「あのねえ……(あずさ)が誘ってきて、しかも『晴れるらしいし、傘はいいよ』なんて言うから濡れたんだろ。ああもう、眼鏡のレンズもびしょびしょ。面倒くさいなあ」

「へいへい、ごめんよ」

 八月末のある土曜日、川原の橋の下で雨宿りをしていた。

 さっきまでは街のほうで遊んでいたのだが、ひと通り遊んで飽きてしまったため、バードウォッチングでひそかに有名な河川敷に出て散歩していたところ、土砂降りに遭ってしまった。風を浴びたかったのに風邪を引きそうになったのだ。面白くない。

『夏休みももうすぐ終わるし、もうひと遊びしよう』と誘ったときの穂波は上機嫌だったのだが、雨に濡れてご機嫌斜めだ。おれのせいでふたりとも傘を持っていなかったなんて、八つ当たりもいいところ。外を歩こうと言い出したのは穂波のほうで、そのまま街にいれば濡れずに済んでいただろう。

 しかし、そんなことを指摘するほどおれも子供ではない。むしろ、穂波のほうが子供っぽいから、喧嘩になる前に負けてやるのが最善策。穂波を変に意固地にさせると面白くないのだ。

「まったく、いつも強引……」

 ……負けてやったのに、穂波はまだぐちぐちとうるさい。猫のように小さな恋人の気を逸らすために、おれも怒らせない程度に言い返す。

「何だよ、最初は喜んでたくせに」

「うるさいな、濡れたからプラスマイナスゼロだぞ。『誘ってくれてありがとう』なんて言ってやらないから」

 ――言っているじゃないか。

 まったく、つくづく面白い子だ。

 無論それも黙っておいてやり、呆れ声で最後にもう一言、皮肉を吐く。

「そんなこと、いつだって言わないくせに」



 ご機嫌取りついでに、たまたま持っていたタオルでごしごしと穂波の頭を拭いてやっていると、遠くのほうから高くてか細い声が聞こえる。

 その声は何やら歌を口ずさんでおり、不思議に思っておれはその歌詞を口にしてみる。

「あめ、あめ、ふれ、ふれ、かあさんが――」

「じゃのめでおむかえ、うれしいな」

 おれに続けて、穂波が呟くように歌う。それから顔を上げ、気味悪そうにおれに問いかける。

「どうしたの、梓? 雨に濡れたら熱でも出して、頭がおかしくなった?」

「そうそう、おかしいよな。庶民の味方であった蛇の目傘が、いまでは高級品だなんて」

「…………」

「冗談だ、気にするな。それで、その……穂波には聞こえないのか?」

「へ? 何が?」

 猫は首を傾げ、おれの手とタオルをどける。それから目を閉じ、耳をそばだてた。やがて傾げていた首を小さく上下させるようになり、激しい雨音の中の声を拾えるようになってきたと解る。

 穂波はおれのほうに向きなおり、驚いたように言った。

「ホントだ……ちっちゃく聞こえる」

「どういう声だと思う?」

「そうだね……たぶん、小さな男の子が歌っているんじゃないかな?」

「――だよな。おれもそう思う」

 きょろきょろと周囲を見回す。この大雨の中、男の子が外で歌っているとしたら、それは一体どういう状況なのだろう? しばらくすると、穂波が「あ」と声を漏らす。

「見つけたか?」

「うん、あそこ。あんなところに」

 穂波が指差すそこは、土手の上にある川沿いのサイクリングロード。見上げると、ぽつりと黄色が見えた。近視のおれにはどうにもはっきり見えないから、持ち歩いている眼鏡をかけてみると、黄色いカッパを着た小さな子供の輪郭が見えた。

 穂波は心配そうに続ける。

「ねえ、あんなところで濡れてたらかわいそうだよ」

「そうだよな……親も近くにいないのかもしれない」

「傘も差さずにカッパだけじゃ風邪引いちゃうよ。せめてこの橋の下に連れてこない?」

「そうだな、連れてくるか」

「…………」

「…………」

「……行けよ」

「……あいよ」



 おれがずぶ濡れになって橋の下へ連れてきた黄色いカッパは、本当に四、五歳の男の子だった。サイクリングロードの上から見回しても親はおらず、ひとりで雨に濡れながらうろうろしていたらしい。

 その男の子はいま、大人しく橋の下へついて来て、タオルで体を拭いていた。

「まったくこの野郎、面白くないな。……おれのかわいい彼女が使ったタオルを、ガキのくせにぬけぬけと使いやがって」

「梓、気持ち悪い」

「……しかし、この少年は一体何をしていたんだろうな」

「訊いてみようか」

 穂波は屈んで少年と目線を合わせ、話しかける。

「お名前は?」

「…………」

 少年は黙って下を向く。困った穂波はもう一度訪ねたが、さらに目を逸らしてしまっただけだった。

「穂波、お前小さい子の扱いに慣れていないな?」

「そりゃ苦手だけどさ……だって、妹も弟もうるさくて嫌なんだもん」

「それみろ。まあ、ちょっと任せろや」

 今度はおれが少年に、立ったまま話しかける。

「なあ、少年。名前を教えてよ」

「……かける」

「よし解った、『かける』だな」

 え、と隣で穂波が驚いている。まさかおれが子守りに慣れているとは思っていなかったのだろう。

 皮肉なおれだって親の田舎では子守りの当番だから、ちょっとした工夫で会話をスムーズにさせることぐらいできる。経験上、男の子と話すなら目線を合わせないほうがいいらしい。男のほうが照れ屋だから、少しそっけなくてもいいのだろう。女の子なら逆である。

 負けず嫌いな穂波は、ふたりのきょうだいの世話をしてきた意地なのか、再びかける少年に質問をする。

「お父さんとお母さんは?」

「…………」

 返事がないから、おれが聞き直す。子供に対して、両親の行方をふたりまとめて訊いてはいけない。焦らず、かつ焦らせないよう、ひとりずつだ。

「お母さん、どこにいるか知ってる?」

「うん」

 かける少年は頷く。それを見た隣の猫が悔しさを嚙み殺しているようだが、話が続きやすいうちにおれは気にせず続ける。

「どこにいるんだい?」

「…………」

 かける少年は声に出して答えず、ただ上を指差した。

「……上?」

「ううん」

 首を振る。

「じゃあ、お母さんは、どういうところにいるんだい?」

「……たのしい、ところ」

「楽しいところって、何ていうところ?」

「…………」

 ここで顔を伏せてしまった。どういうところなのか、答えている本人もよく解っていないようだ。

 しかし、これはいくらなんでも理解しかねる。穂波と顔を合わせたが、穂波のほうも不思議そうに首を傾げる。少年は、母のいる場所こそ知っているが、その場所の名前は解っていない――しかも、その場所について知っているのは『楽しい』ということだけなのだ。

 かける少年が大人しくしているので、少し離れて穂波と相談する。

「なあ、どういう意味だと思う?」

「さあ? 橋の上にいるって意味かな?」

「だとしたら、もう下りてきているだろう。おれが突然、大事な息子を連れ去ったんだからな」

「まあ、雨が止んだら交番に連れて行ってあげればいいでしょ。交番くらい、駅の近くのどこかにあるだろうから」

「ああ、そうしようか――――でもな」

 猫は首を傾げ、眼鏡の奥から穢れのない疑問の視線を向けてくる。

 かわいらしいその姿に、少し気取って言ってみる。


「解らないままじゃ、面白くないだろう」



 愛しの小動物は、おれの言葉を聞いて『変人』だの『小さい男』だの『推理小説マニア』だのとさんざん罵るから、「解らないのか?」と挑発すると、すんなり考える姿勢を見せてくれた。平馬(へいま)梓は気が済むまでしつこい人間だと穂波はよく知っているし、江里口(えりぐち)穂波が挑発されると放っておけないのをおれはよく知っている。

 眼鏡をかけ直した猫は、手始めにかける少年に質問を重ねていた。今度は学習して、立ったままで尋ねている。

「ねえ、お父さんはどこにいるの?」

「……わかんない」

 左右に首を振った。カッパから水滴が飛んで、穂波はそれを拭いながら続ける。

「かけるくんは、どこにいたの?」

「あっち」

 西のほう、川の上流の陸地を指差した。だいたい街のある方角で、駅ビルが見えているのを頼りに示したのだろう。でなければ、その先の住宅街にかける少年の家があるのかもしれない。

 どこにいたかは曖昧なままだが、これくらいの年齢の少年ならば、この程度の回答でも妥当なところ。……穂波には少しばかりフラストレーションが溜まっているようだが。

 ついでだから、おれも少年に質問してみる。

「きょうは、何をしていたんだ?」

「ええと、ううん……」かける少年は言い方が難しいのか、しばし考えてから、自信なさそうにこう答えた。「……おむかえ?」

 おむかえ?

 何をわけのわからないことを。お迎えが来るべき迷子はお前だ、かける少年。

 ああ、おれにまでフラストレーションが溜まってきそうだ。

 続けようとしたが、少年はおれたちふたりの相手をして疲れてしまったのか、困ったようにきょろきょろと見つめたり目を逸らしたりだ。これ以上訊いてもろくな回答はなさそうだし、引き下がって穂波と協議することにした。

「穂波、どう考える?」

「とりあえず、お母さん子だよね」

「まあ、男の子はそうなるものだ」

「あと、頭は良くないみたい」

「小さいのに最初から期待するなよ」

「バカなのがうちの弟みたいでむかつく」

「……そう言わないでやってくれ。弟にもひどいぞ」

 はあ、と穂波は息を吐く。おれのわがままに付き合っているのだから、申し訳ないな。

「とりあえず、穂波が不思議に思うことは何だ?」

「ええと……」小動物が指を折りながら疑問を並べていく。「お母さんが『上』にいるし、お父さんの行方はわからないし、――ああ、もう! わかることなんてねえ!」

「言葉が汚いぞ、女の子らしくしなさい」軽くたしなめてから、おれも整理していく。「解ることのひとつとして、どうやら街にいたようだな。そして、やっていることは『おむかえ』であることは間違いない」

「え? 場所はともかく、『おむかえ』してたって、どうして言い切れるの?」

「小さい男の子に『何をしていたの?』と訊けば、普通、どう答えると思う? 弟のときを想像してみろ」

「……さっさと説明しろ」

「へいへい。おれはな、こういうふうに答えると思うんだ――『あのね、朝ご飯食べてね、テレビ見てね、お出かけしてね、えっとね』」

「梓、気持ち悪い。やっぱり熱出したでしょ」

「とにかく! 子供に過去のことを訊いたら、必要のない情報まで延々と出してくると思うんだ。だから、かける少年はちゃんとした意志を持って『おむかえ』をしていた。……ただし、それが正しい意味の『おむかえ』とは限らないがな」

 これには穂波も納得してくれて、なるほど、と言いながら頷いてくれた。

 それを聞くと穂波は思案を巡らせはじめたらしく、腕を組んでうわの空だ。ときどき唸ったり、首を捻ったり。こういうことは、頭の固いおれよりも穂波のほうが向いているだろうから、しばらく黙って待った。

 それに、考えているところが絵になるんだよ。



 当事者のかける少年が退屈したのか、地面の何かをじっと観察しはじめたころ。

「私、ちょっと想像できたかも」と穂波が切り出す。「あの駅ビルにおもちゃ売り場があるよね? そこで待っているようにお母さんから言われて、お母さんは上の階に行ったんだと思う」

「ほう。なら、『楽しいところ』ってのは?」

「自分がいたのはおもちゃ売り場でしょ? だから、お母さんにとっても、楽しい場所だと思っていたんだよ」

 なるほどこれは筋が通る。子供の少ない語彙だから、穂波の言うこともあてはまる幅が充分あるだろう。

「父親は?」

「一緒に来ていなかったんじゃない? 別の用事か何かで」

「じゃあ、『おむかえ』ってのは?」

「お母さんを捜しているつもりなんだよ、きっと」

「そうか、なるほどな」

 これは素晴らしい、ひとつの筋道が出来上がった。

 しかし。

 どうにも合点がいかないのだ。おれはそれを穂波に伝えようと試みるが、うまく整理できない。きっと、その程度の小さな疑問なのだろう。

 気にしないことにして、かける少年に目を向ける。少年はいつのまにか、橋の外に出ていた。もう雨脚はかなり弱まっていて、少年はカッパを着たまま両手を広げていた。

「雨、もう気にならないな」おれは穂波に提案する。「そろそろ、交番に連れて行ってやるか」

 穂波はこくりと頷く。それを確認して、おれはかける少年に歩み寄って声をかける。

「さ、そろそろ行こう。交番に行って、それから家に帰ろう」

「え? お母さん、おむかえに来てないよ?」

「大丈夫、そこで待っていればいいんだ」

 保育所に通っているだろうから、自分が帰るときにはお迎えが来るものと思い込んでいるらしい。

 かける少年の手を取り歩きはじめる。少年のもう片方の手は、穂波が握っていた。

「あめ、あめ、ふれ、ふれ――」

 警察へ向かう道中、かける少年は終始ご機嫌そうで、雨は止んだというのにやはりあの動揺を歌っていた。



 穂波とも解散して家に帰った。

 かける少年を無事に交番へ届けることができ、そこの巡査にも「駅ビルに親がいるかもしれない」としっかり伝えてきた。

 帰ったばかりでは手持ち無沙汰で、夕方のニュースを見ようとテレビをつける。番組は地域別の報道の時間で、ちょうど、おれたちの街のゲリラ豪雨を取り扱っていた。ここ数年、局所で集中的に降るその豪雨が夏の夕方の話題をさらっていた。

『きょうも、多摩南部の一部地域では夕方から通り雨が降り……』

 おう、おれと穂波もその通り雨に降られてきたところだ。

『近頃は風や雷といった激しい天候になるところもあり……』

 まったく、このごろ天気は大荒れだ。ただの夕立と思わないほうがいいのか。

『最近のこのゲリラ豪雨、多摩地域にお住いのみなさんには、あのときの豪雨が記憶に新しいのではないでしょうか?』

 大荒れの多摩川が映し出される。雨に降られる我が街の中心部も映された。そういえば、こんな大雨もあったかもしれない。

『ちょうど二年前の平成二十年、八月二十六日から三十一日にかけて……』

 そうか、きょうは二十八日だったな。

 ――あれ? 二年前?

 おれはもう一度きょうが八月二十八日であることを確認し、大急ぎでパソコンを立ち上げた。


 インターネットで例の日付を検索すると、誕生花やら芸能人の誕生日やらくだらない情報に紛れて、いくつかのニュースが散見される。さらに『豪雨』というキーワードを足してみれば、気象庁のページも検索結果に表示された。

 そのページを開くと、愛知を中心に豪雨があったことが記されている。読み進めていくと、確かにこのあたりと、さらにその西でもかなりの豪雨があったらしい。

 検索結果一覧に戻り、掲示板や記事をしらみ潰しに漁っていく。

『太平洋側地域で低気圧が猛威、停電・浸水に注意』

『各地で記録的豪雨、遅延や土砂崩れも』

『豪雨リポートの女子アナがかわいすぎると話題』

『猛烈な豪雨、農作物にも深刻なダメージ』

『携帯電話三社で災害伝言板サービス運用』

 二年前のことだから情報が減っているうえ、減った情報の中でさまざまな情報が飛び交っているからなかなか目的の記事が見つからない。

 必死に探し続けると、ある掲示板にニュース記事へのリンクを見つける。

「間違いない……これだ」

 見つけた記事へのリンクはすでに切れていて、記事を読むことはできなかった。しかし、その見出しは間違いなく、おれたちが昼間遊びに行った地区でのできごとを伝えている。

 二年前のきょう起きた事故だった――


『二歳児の母親(27)用水路に転落し死亡、迎えの途中』



「あ、穂波か?」

『平馬さんですね?』

 穂波に携帯電話で連絡してみたが、出てきたのは中学二年生になる妹のほうだった。

「妹ちゃんか。穂波は?」

『ごめんなさい、お風呂に入ってて。本当にお姉ちゃんが好きなんですね――あ、寄越せって言われたので、いま替わりますね』

 ごそごそと受話器の向こう側で物音がし、それから穂波の声が聞こえてくる。

『梓? ……いま変な想像しなかったよな?』

「いつものことだ、気にするな」

『…………』

「……冗談だってば」

 通話を切られなかっただけ幸いであった。

『それで? 突然どうしたの?』

「ああ、いや……その……」

『なんだよ、用事もなくかけてきたのかよ』

「ごめん、ごめん。声、聞きたくなってさ」

『……そんなこと、いつだってしないくせに』

「うん、だから、何でもないんだ」

『おいおい……ああ、その、きょうはありがとう』

「ああ、また行こうな。そうだ、いま妹ちゃんから『お姉ちゃんのこと好きなんだね』って訊かれたんだが、妹ちゃんに返事できないから、お前に言えばいいか?」

『…………』

 ぶつん。

 素直じゃない子だ。


 しかし、おれはこれでよかったのだろうか? あの記事を見つけてしまった衝撃を、正直に穂波に伝えるべきだったのだろうか? 結局迷いに迷って、伝えられずに通話を切ってしまった。

 一応、これではっきりした。おれが穂波の推理に抱いた疑問は、「なぜかける少年は、母親の居場所を示すのに『上』を指差したのか」だ。あのときかける少年は駅ビルにいた、という穂波の仮説が正しいとすれば、駅ビルに母がいる、と駅ビルを指差すはずだ。

 だから、かける少年は本当に『上』を示していたのではないか――

 そして、『上』にある『楽しいところ』とは、子供の先入観も含めて考えれば、簡単に思いつく。


 ――天国だ。


 少年はおそらく、母が用水路で溺死し、父親に母の居場所を尋ねたことがあるのだろう。すると、父親からはお茶を濁したように『お母さんは、お空の上の楽しいところに行ったんだ』と教えられた。『天国』という名称は記憶できなかったが。

 父親の居場所を訊いても『わからない』と返ってきたのは、少年がひとりで外に出て『おむかえ』をしていたからだ。きょうは母が空へ行った日、つまり母の二回忌であることを父から言われ、カッパを羽織ってこっそり飛び出したのだろう。その目的を『おむかえ』とは言ったが、これも幼年ゆえの語彙で、『母の迎えを待つこと』をうまく伝えられなかったのだろう。

 このとき、母の迎えを待つのに、どうして河川敷を選んだのか――これは穂波がすっかり忘れていたことだ。穂波の推理がすべて正しければ、かける少年は母を迎えに駅ビルの中を彷徨っていたはずで、河川敷にまで出てきた理由を言及できていない。

 すると、その意味は難しい。しかし、かける少年は雨の日に、カッパを着て、天国にいる母のお迎えを待っていたのだ。『雨、雨、降れ、降れ』の童謡にそっくりなこの状況が、かける少年にとって限定された特別な状況ということならば――そう、母が水の事故で落命したことを知っていたのではないか? 母が死んだ二年前も雨が降っていたのだから。ひょっとすると、自分の保育園を探し出し、そこで母を待とうとしていたのかもしれない。

 もちろん、記事本文はすでに削除されてしまっているから、事故死した母が本当にかける少年の母かはわからない。それに、小さいからといって言葉の意味をこれほど都合よく間違っているとは限らないのだ。結局はおれの憶測に過ぎない。

 ならば、穂波に伝えなくて正解というもの。

 だって、そのほうが面白いじゃないか。



 かける少年お気に入りの歌が思い出される。


 ――雨、雨、降れ、降れ、母さん(、、、)

 蛇の目でお迎え(、、、)、嬉しいな――

『彼女は天才、彼は秀才』より http://ncode.syosetu.com/n3787bq/


***The Next is:『嘘吐きたちの末路:前篇』

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