生死は問わず、心のみぞ知る
Author:雅愛 律
「さて、どうしようか」
私は言う。皺を寄せた眉間に指を置き、悩ましげな表情をつくる。座っていた椅子が軋み、床と擦れる音がする。
彼女は私を見ているようだ。それはまるで、私に「どうしよう」とでも言いたげである。
私はそんな彼女を気にせずに、思考を続行する。
後始末だ。なんにせよこのまま放置して置くわけにもいくまい。己のためだけの業を抱えた人間は、そのまま生きることは出来ない――許されない。未来の二択は、償いをするか、また新しい罪を犯すか。そのどちらかに限られる。
彼女は不安気に俯きながら、ゆっくり目を閉じたようだ。私にはそれが、彼女特有の、何かものを考える時の顔つきに見えた。
そうだ。
私はこの表情をとても好んでいた。そしてだからこそ、これの相手に彼女を選んだのだ。
私はいくらか安心する。ほぅ、と息を吐き、少し落ち着こうとする。
何をしよう。
私はこういう場合、いつも他愛のない些事について熟考することで、自身を落ち着かせるよう努めている。
ふと思い浮かんだのは、他人にとっての「命の境目」についてだ。学生の時分に、施設で暮らしている孤児の友人と、よく話した題目だ。
あのとき友人は確かに言った。自分の中ではもう親は死んで――殺していると。土の中に埋めて、業も希望も感じさせないほどに殺してやった、と。
あの時の私は、それに対してどういうことかと問うた筈だ。
友人は答えた。
「【人間の命ってのは主観的で、はっきりしないんだよ。憎たらしけりゃそいつを殺すし、愛している奴は死んでも生きていると盲信する】」
その時の私は、彼の言っていることのほんの僅かすら理解していなかっただろう。
だが、今ならわかる。
愛する人が死に、それでもなお生きていた証に黴のようにへばりついている。結果としてそこにいる彼女によって、罪を犯した。彼が憎しみのあまり両親を殺した――想像の中だが――というのも、得心いく話だ。
考えながら、ちらと彼女を見遣る。彼女は始めの、椅子に固く座った姿勢のままだった。
私は――ふと興味が湧いた。
何となく椅子から立ち上がる。彼女がぴくりと揺れた気がする。私の行動に不信感を覚えたのか。私はしばしそのまま、動かない。彼女の揺れは収まる。私は近づく。彼女は揺れる。しかし私はそれを厭わない。
私は近づく。彼女の目の前まで。
そして。
さくり、と目に指を突き立てた。
しかし私は何も感じない。強いて言うなら、爪に固い感触があるだけだ。
私は何度も何度も目を突く。彼女は痛がらない。私は何も感じない。
素晴らしい。私は陶酔に呑み込まれる。
白く細く、所々黒焦げた彼女は生きている。私の主観により、生きている。
それがたまらなく、彼女の【生】を際立たせ、私の業すら忘れさせ、そして、
何より、私の【生】を際立たせるのだ。
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