不安と恐怖
大分百合ってきた。
ぎり翌日更新!
仕事から帰宅してすぐ勢いで書いたものなので、恐らく後で編集します。
既にキャラがごちゃってきた。
ーー他のクラスメートと合流したのは、普段アスファルトしか歩かない市花の足が疲れ始めた頃だった。
「一条! お前もいたんだな!」
「旭くん」
爽やかな笑顔で駆け寄ってくるクラスメート、旭陽介に疲れていた市花は苦笑いで返す。
スカートにローファーという、森で歩くには不釣り合いなそれに、若いとはいえ足がくたくただ。
うっすら汗ばんだ体が気持ち悪い。
シャワー浴びたいな、と眉をしかめながらネクタイを緩める市花に、一人の女子が突撃してくる。
「市花! 良かった、怪我はありませんか!?」
「ふぐう」
落ち着いていれば鈴が鳴るような、と言われそうな透き通る声の持ち主は小柄な市花の体をぎゅうぎゅうと絞め殺す勢いで抱き締めた。
体格差により相手の胸に顔を埋めた市花は心地良い柔らかさと苦しさの狭間で呻く。
死ぬ死ぬと背中を叩けば、慌てて解放される。
咳き込む市花の背中を白い手が撫でた。
切れ長の黒い瞳が、涙で潤んで艶めきながら顔を覗きこんでくる。
「すみません……うっかり力を込めすぎました」
「綾ちゃんは怪力だから気を付けようね」
「はい……」
そう言ってしょんぼりと項垂れるのは、きっちりと毛先が切り揃えられたストレートの黒髪を腰まで伸ばし、切れ長の瞳の印象的な凛々しい容貌のーークラスでも特に目立つ美少女、篠原綾乃である。
一年生の頃から何かと縁があり、そこそこ親しい市花は、彼女が見た目ほど凛々しくない事を知っていた。
男子からもやや敬遠されがちだが、中身は至って普通の、か弱い女子である。
例え、武道の達人であろうと、だ。
「にしても、本当にA組だけなんだね」
「はい。
市花も学校に残っていたんですか?」
「うん。夕紀と居残りしてたんだけど……あれ、そういえば夕紀は?」
「白石さんはまだ来ていないようです。
まだ探しにいってる日向くんや松原くんも戻ってきていませんからきっと見つかりますよ」
その言葉に頷きながら、市花は辺りを見渡した。
うっすらと太陽らしき光が射し込む空間は今まで歩いてきた道に比べると明るく、足場も悪くない。
十八人もいるとやや狭いが、それなりに広く、女子は集まって木の根に座り、暗い顔で俯いていた。
男子は反対にそわそわしながら立っており、何故かその表情は妙に明るい。
思わず訝しげに見ていると、草を掻き分ける音が聞こえてきてそちらへと目を向けた。
「松原、誰かいたか?」
「眼鏡と根暗しかいなかった」
「ひいっ」
「失礼な事を言わないでくれないかな、松原」
そこにいたのは、赤茶色の髪に鋭い目付きの、強面の少年ーー松原郁斗だった。
気だるげな顔で首根っこを掴んでいた二人を放り投げ、よろけながら慌てて逃げていった、幸太と同じ眼鏡でもどことなく暗い印象の少年、小野原勇樹はともかく、お尻を強打した女子の方にはきついつり目に涙を滲ませて睨まれている。
「あ、柊さんだ」
「む……一条か」
「大丈夫?」
「ああ。しかし、奇妙なことに巻き込まれたものだな」
立ち上がり、砂のついたスカートを払う彼女はいかにも真面目そうな容姿だ。
肩まで伸びた黒髪につり上がった目、美醜はともかく清潔感のある見た目で、少年のようにほっそりとした体つきはモデルのようである。
柊真琴。
A組の学級委員長である。
成績優秀品行方正だが性格に難ありで、女らしからぬ口調や堅苦しい性格から男女ともに苦手意識を持たれており、頼りにはされているが親しい友人はいない。
かくいう市花も苦手である。
元よりマイペースな市花と、幸太や真琴のようなタイプは合わないのだ。
だからつい、呼び方も他人行儀になる。
「これで十九人か」
「おい皆本、マジで二十五人集まるまでこうして待つつもりかよ」
「当たり前だろ。
クラスメートなんだから」
「お前には言ってねぇよ」
「松原、そうカッカするな。
冷静に考えろ。
どこかもわからない場所で少人数は避けたい。
何より、この誘拐もどきがクラスごとかそうでないかで意味も違ってくるだろう」
「あ?」
短気で気性の荒い郁斗と、友達思いでお人好しと言われる陽介は相性が悪い。
そこを纏めるのが幸太だ。
険悪な空気の二人に囲まれながら話している姿に、苦労してるなぁと眺めていると手を引かれる。
「市花、座りませんか」
「あ、うん」
いい加減足が限界だったため綾乃の誘いに頷くと、近くの木の根に腰掛ける。
気温は低いくせに生温い風が気持ち悪い。
自然と隣にいる綾乃に寄りかかれば、腕が絡み付き、ぎゅうと手を握りしめられる。
冷えた指先、白い手は微かに震えていた。
「……皆無事でしょうか」
「大丈夫、きっと無事だよ」
「市花は、別の場所にいたんですよね。
一人で怖くなかったんですか?」
「目をさましてすぐ皆本くんが探しに来てくれたから、そんなに怖くなかったかなぁ。
綾ちゃんは皆と一緒だったの?」
不安からか、普段より饒舌な彼女を落ち着かせようと優しく話しかける。
冷えた指先を暖めるように両手で包み込み、微笑む市花に綾乃はへにゃりと眉を下げた。
「私は皆本くん達と一緒に此所で目を覚ましたんです。
最初は五人くらいで、旭くんが他の人もいるかもしれないからって探しにいって」
「そっかぁ。
……あのね、正直に言うとあんまり実感がないの。
他の人と違って、現実を見てないだけ。
足元がふわふわしてて、まだこれが夢なんじゃないかなーって思ってる。
じゃなきゃ、こんなの可笑しいもん。
目が覚めたら、夕紀と教室にいる。それが私にとっての現実なの」
微笑む市花の手を、次は綾乃が包み込んだ。
痛ましいものを見るように、整った顔が悲痛に歪む。
この状況で、普通の少女が怖がらない筈がない。
当然市花も、表情には出さずとも綾乃と同じように不安で、怖かったのだ。
日本かもわからない森で、何故かクラスメートと一緒で、何より親友の夕紀がいない。
今更ながら体が震えた。
此所について夕紀の姿がなかった時、初めて市花は現実の恐ろしさに立ちくらみがした。
日常において当たり前だった存在が欠けている事が、妙に生々しくて。
今の状態がいかに異常なのかを思い知らされたような、そんな気分だった。
「大丈夫です。
きっと、夕紀も見つかりますよ」
「うん……」
そうでなければ、今まで保ってきたものがたちまち決壊し、立ち直れなくなるだろう。
市花は見た目ほどか弱くもないが、強くはない。
綾乃も、普段あまり話さないとはいえ大事な友人だ。
けれどそんな彼女とは比べ物にならない程、夕紀は当たり前の存在だった。
それこそ、酸素のように。
依存でもなければ幼馴染みでもないのだが、高校に入ってからずっと傍にいて趣味があい、周りからペアで扱われる程連れ添ってきた夕紀は、市花にとって愛すべき日常の象徴でもあった。
不安を押し殺すように、顔を膝に埋め目を瞑る。
綾乃の手が心地良い。
残酷な現実を見るくらいならいっそ寝てしまおうか、と溜め息を吐いた時だった。
草むらを掻き分ける音と共に、聞き覚えのある、ぶつぶつとした悪態が聞こえてくる。
「日向と一緒とか最悪!
もー、せめて松原が良かった」
「あの、本人目の前にして言うの止めない?
流石に傷つくよ?」
「寝てる私の胸ガン見してたの誰だよ、あ?」
「俺ですすみません!」
「日頃の行いが悪い日向と女には手を上げない不良の松原じゃ信用の差がでるのわかるよね?」
「はい、すみません!」
騒がしくやって来たのは四人の男女だ。
一人はクラスでも軽い態度で女好きの日向義人。
その隣には、色素の薄い茶髪をポニーテールに結び、活発そうな見た目に豊かな胸と、アンバランスな魅力のある美少女、白石夕紀がいる。
後ろで苦笑いしているのは栗毛ショートに小麦色の肌のかわいらしい櫟原沙弥。
その隣には、能面のような無表情をした金髪碧眼の人形のような外見の哀川瑠璃だ。
これで二十三人。
残りは二人である。
だがとりあえず、市花は喉元から込み上げる安堵と喜びのままに、夕紀へと駆け寄っていった。
「夕紀!」
「わっ、な、なに?」
驚く彼女の年不相応な豊かな胸に顔を埋めるようにして抱きつくと、反射的なのか、背中に腕が回る。
今のところ誰も怪我をしてないとはいえ、全員がそうとは限らない。
この状況で全く変わっていない夕紀の様子と無傷な状態に、市花はひどく安堵した。
それでも不安と恐怖は残っていて。
市花は普段はあまりしないが、ぬいぐるみに抱きつく子供のように必死に細い体にしがみついた。