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9/13

 一か月が過ぎたころ、僕は彼女に会えなくなってしまった。あの公園へ行きたいと強く望んでも無駄だとわかっていた。そのとき僕の病状は、かなり進んでいて。集中治療室へ運ばれたほどだった。眠れないほどの痛みを常に感じるようになっていたのだ。

 指の隙間から落ちる砂のように、僕の命がこぼれていく。もう僕には、あまり時間が残されていないようだ。話しかけられても、ぎこちなくうなずくのが精一杯だった。

 そんな僕を見かねたのか、医者がやってきて提案をした。

「相田さん、新薬に変えてみませんか。夜眠れるだけでも楽になると思いますよ。ただ、高価なものなので。強くはおすすめいたしませんが……」

 僕は一言ずつ、ゆっくり言葉を発する。

「……いいえ、かまいません。今の薬で、けっこうです。変えないで、ください」

 眠ってしまったら、また行ってしまう。彼女のいる世界へと。僕は力なく頭を横に振る。

「そうですか。気が変わったら、いつでも言ってください。こちらでご家族とも相談させていただきますので」

 医者は残念そうにそう言うと出ていった。


 だからといって、一日たりとも彼女のことを考えない日はなかった。いつも彼女と過ごした日々を頭の中に思い描いた。向こうの世界にいる僕にも嫉妬しっとした。どうして彼女のそばにいる僕は、僕じゃなかったのだろうと。

 そうして毎日を過ごすうちに、体に変化があらわれた。やっと薬の効果が出てきたらしく、気づいたときには、うつらうつらと眠れるようになっていて。僕は一日の大半を波間に漂うクラゲみたいにベッドに横たわった。

「よかったですね。経過は順調です。このままいけば、もう少しで点滴がはずれますよ」

 医者の診断に、母と姉が泣いてよろこぶ。

「本当ですか? ありがとうございます。先生のおかげです」

「いえ、わたしだけの力ではありません。相田さんご自身ががんばったからですよ」

 よろこんでくれた家族とはうらはらに、僕はひとりだけ焦った。

 

 だめだ。深く眠ったら、だめだ。

 眠気と戦いながら、自分に言いきかせる。

 僕と彼女は、もう会わない方がいい。会ったら、だめなんだ。


 どんなに明るく電気がついていても、カーテンを開けて日光を取り入れても。彼女のいない世界は真っ暗闇に思えた。空っぽで、とても冷たくて。ぬくもりを求めながらも、僕は必死になってたえる。

 けれども僕はとうとう睡魔に負けて、深く眠ってしまった。

 次に目覚めたときが、彼女と本当の別れのときだと知っているのに――。




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