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 次の夜。夢を見られるか心配だった。約束を破るようなことが起きたら、彼女を悲しませてしまう。不安でならなかった。けれど、僕は彼女と会うことができた。

 僕たちは毎日、いろんな話をした。

 いろんなところへ行って、彼女にカメラのレンズを向けた。

 彼女の名前が、『はるか』だということも知った。

 彼女と一緒にいると、毎日が幸せで。日々過ぎていく時間が愛おしくて。いつしか僕は自分の人生をやりなおしている気分になっていた。

 きっと僕は君に出会うために存在している。その証拠に、透明になってしまった僕を君は見つけてくれた。

 出会った理由は、それだけで十分だ。


 つないだ彼女の手を引き寄せる。その細い体を強く抱きしめた。

「はるか。君が好きだよ。愛してる」

 君の存在する世界は、なんて美しいのだろう――。




 そんなある日、見舞いに来た下川が不思議そうな顔をした。怪訝けげんそうに首をひねる。

「最近いいことがあったのか? 表情が明るくなったじゃないか」

「ああ、ちょっとね」

 彼女について話しても、他人は信じない。そうわかっていたけれど。下川だけには話そうと思った。

「実は、好きな女性ができたんだ」

 と、あっさり打ち明ける。

 下川は焦って、あたふたしだした。

「って、マジか? おまえ、いつのまに……?」

 下川の目は点になっていた。しごく当然な反応だ。なにしろ僕はずっと病院のベッドの上にいるのだから。まさか好きになった相手が夢の中の人間だとは思うまい。

 僕は笑った。

「そんなに驚くなよ。僕だって男だよ。病人だからって恋をしたらいけないことないだろう?」

 皮肉の言葉を投げる。

「すまん。そういうつもりで言ったんじゃないんだ。想像もしていなかったから、びっくりしてさ」

 下川は困り果てたような顔をして謝った。だが、謝るのもそこそこに、興味は僕の恋バナへと移る。

「で、相手は誰なんだ? 会社の女子じゃないよな。もしかして看護士のマユミちゃんか? いや、待てよ。外科のカオリ先生って可能性もあるな」

 今にもよだれを垂らしそうな勢いで、指を一本ずつ折り曲げながら候補者の名前を順にあげていった。いったい何人まで数えるつもりなんだろう。よく見舞いに来るなあと思っていたら、目的は別のところにあったのか。まったくスケベなやつだな。僕は苦笑する。

「いや、ちがうよ。この病院の誰とでもない。もちろん会社の人間でもないよ」

「じゃあ、誰なんだよ。学生時代の昔なじみとか?」

「それもちがうな」

 僕の返事を聞いて、下川の顔つきが変わった。

「なんだよ。俺とおまえの仲じゃないか。もったいぶらないで教えてくれるよな?」

 真面目な表情で僕に問う。ふざけているように見えても、僕のことを心配してくれているのだ。

「だけど、これは不思議な話なんだ。信じてもらえないかもしれないけど」

 僕はそう言ってから、下川にすべてを打ち明けた。全部話し終えるまで、そんなに時間はかからなかった。が、僕にとっては、とても長い時間に感じた。


 下川は腕を組んで黙って聞いていた。

「ふうむ。すこぶる衝撃的な話だな。好きになった女が、夢の世界の住人とはな……」

 考え込むように目を伏せてつぶやいた。


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