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 思いついてからすぐ、家族にフィルムを買ってきてもらったが。いざ写すとなると迷ってしまった。レンズのピントを合せてはためらい、カメラを下ろす。被写体を求めて窓の外を見ても、あまり変化がないからつまらない。なんだかもやもやとしたものを感じて。ただ、ぼんやりと過ごすことが多くなった。

 四六時中、腕を点滴の針に刺され、チューブにつながれているせいだろうか。それはまるで重い鎖のようで。僕をがんじがらめにする。




 ひぐらしが鳴いている。

 いつのまにか夏が終わろうとしていた。

 何もできないまま、僕は終わってしまうのか。




 そんなときだ。彼女に出会った。




 ある夜のことだった。

 眠ったはずなのに、気づくと僕は入院着ではなく、ジーンズとスニーカーをはいていた。そして、ベンチにすわり、手には銀塩カメラを持っていた。


「なんでカメラを……?」


 おだやかな陽射しと心地いい風に誘われて、僕は歩きだす。自由になった体は軽く、久々の土を踏みしめる感触だった。

 さわやかな風が緑の中を吹き抜けていく。


「病院の敷地内に、こんなところあったっけ?」


 きょろきょろ周囲を見まわしながら歩いていたら、正面からやってきた子供とぶつかりそうになってしまった。


「あっ、あぶない!」


 とっさのことだったので避けきれなかった。ところが、子供は僕のことを無視して素通りしたのだ。なんの障害もなく僕の体を突き破り、無邪気に走り去っていく。僕は呆然と小さなうしろ姿を見送った。




 ああ、やっぱり。これは夢なんだ。

 僕は透明人間になってしまったらしい。




「こりゃ、ひでーや」




 急に笑いが込み上げてきて。僕は芝生の上にバタッとうしろ向きで倒れた。両腕を組んで頭を乗せる。青い空には、白い月が浮かんでいた。

 みんなに忘れられた結果なのだろうか。こんな変な夢まで見るようになってしまった。

 けど、夢の中だけでもいい。

 自由に動けるんだったら、好きなことをやろう。

 せっかくカメラを持ってきているのだから、いろんなところへ行って写真を撮ろう。




 そう決意してからというものの、僕は次の日も、そのまた次の日も、夢を見た。僕だけの秘密の場所へ行った。

 最初は面白かった。声をかけても、誰も気づかない。街のあちこちへ出向いては、写真を撮り続けた。透明人間になった状況を楽しんでいた。が、そのうち誰とも会話ができないことに寂しさを感じるようになってしまった。


「なんだよ。こんなんじゃ現実と変わらないじゃないか」


 夢の中でさえも、孤独を感じるなんて――。




 カメラのレンズを向ける気など、とうに失せてしまった。僕は公園のベンチにすわって頭を抱える。

 次の日も。その次の日の夜も。

 そうして、いく日もベンチにすわっていたとき、僕は声をかけられた。


「相田くん、どうしてこんなところにいるの?」


 驚いて顔を上げる。

 信じられないほど、きれいな瞳が僕を見ていた。




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