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 指先に想いを込め、写真の彼女にそっとふれる。

 僕の知っている彼女だった。

 夢の中で見たものと変わらない、あたたかい笑顔。彼女をとりまく、やさしい空気が再びよみがえってくる。


「彼女、美人だな。おまえが惚れるのも無理ないよ」

 下川が横から写真を覗きこむ。僕は下川へと視線を移した。

「どうして、これを。おまえが持ってるんだ? なぜ、これが」

 存在するはずがない。夢の中のできごとだったんだから。全部、向こうへ置いてきたはずだ。彼女の写真を目の前にしても、まだ信じられなかった。

「うそだろ……」

 声をしぼりだす。

「相田、勝手なことをしてすまなかったな」

 下川は少し複雑な笑みを浮べながら、ためらいがちに言った。

「おまえがあんまり真剣だったから。思いつめているようだったから、ついパラレルワールドの話をしてしまったんだ。写真に何も写ってなかったら、おまえもきっぱり諦めると思った。黙って現像に出してすまなかった。俺もこれを見て驚いたよ」

「下川……」

「おまえの恋は本物だったんだな。疑ってわるかった」

「いや、いいんだ。僕も、なんて言ったらいいのかわからないよ。けどさ、これが残っているだけで十分だ。僕の方こそ礼を言わせてくれ」

「おっと。礼を言うのは早いぞ」

 下川はしたり顔で、ちっちっと舌を鳴らした。

「ほれ、写真をよく見ろ。たばこ屋のやつ。左端に電信柱が写ってるだろ」

「あ、ああ。これか」

 僕はたばこ屋の写真を手にとった。なんの変哲もない下町ののどかな風景だ。

「これがどうかしたのか?」

 わけがわからず訊き返すと、下川はじれったそうに口を開いた。

「町名と番地があるじゃないか。それをもとにネットで検索してみたら、ドンピシャ。それらしき場所を見つけたんだよ。念のためにストリート・ビューでも確かめた。公園も近くにあったぞ。しかも、この病院から遠くない」

「え……」

「最後まで言わなくてもわかるよな」


 心臓が大きく跳ねた。

 一瞬、僕は大きく目を開いて。そして、思い出す。彼女と一緒に歩いた、あの街並みを。

 こっちの世界にも存在していたというんだな。

 目頭が熱くなってきて、僕は手の甲で目をこすった。


 はるか。

 はるか。

 はるか。


 胸の奥で何度も彼女の名を繰り返す。


 僕はバカだ。

 彼女がこっちの世界にもいるかもしれない可能性を、どうして思いつかなかったのだろう。

 それが万に一つの可能性だったとしても。

 僕は。君をさがさずにはいられない。たとえ僕の知らない君でも……――。


「下川、この花束は……」

「おうよ。花代は、あとで返せよな」

 確信を持ってうなずいた下川の顔を見て、僕はやつの意図を理解した。

「お待たせ。話は済んだの? 行きましょう」

 姉が会計から戻ってきて僕の車いすを押しだそうとしたとき、僕ははっきり告げた。

「ごめん、姉さん。帰る前に行きたいところがあるんだ」

「え、今から?」

 姉は驚いた顔をして、僕を見つめた。



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