26.騒々しさ
ヤヨイはそれを横目で見て、フォルクローレに声を掛けた。
「足は如何ですか?」
「まずまずだ。穴は塞がったが筋組織の修復が済んでいない。それでも動くのに苦労はしない」
「でもフォルは無理しないでくださいね」
「あぁ…、所で、何故二人を此処へ?この時間は大学だろう」
「丁度ミナヅキがどっか行く所に出くわしたんスよ。そのまま付いてきました。今どういう状況なんスか」
状況が掴みきれないシモツキは、カタルの方へ行ったヤヨイの背中を目で追いながらクライスに尋ねる。クライスはヤヨイがカタルと戯れ始めたのを見送ってそれに答えた。
「回復したシャーロットから証言を取って襲撃のあった施設に向かったんだが、クラウディオ・ニッセンがいたのさ。あとは察せ。こらヤヨイ、修羅場をここで起こすんじゃない」
「俺のせいじゃないでしょ!!ニール!離れろ!」
「なんかムカつくから嫌だ」
「少尉、浮気ですか?」
「カタルお前楽しんでるだろっ?!」
なんの事でしょうねー、と自分より頭一つ高いヤヨイの頭を撫でるカタル。それに合わせて猫のように毛を逆立てて威嚇するミョルニル。見ている分には微笑ましい一幕だが、楽しんでいられる状況ではない。タイタスが背中を預けていた壁から離れ、デスクに近づく。
リチウムがそれに気付いて見上げると、タイタスは肩を竦めてニーチェを咥えたまま器用に話した。
「俺も尻拭いするぜ。言っておくが、厄介だぜ、弓ってのはよ」
「…そのようですね。大将が言うなら、間違いないでしょう」
リチウムは簡潔に同意すると、デスクの上に横たわったアンドロイドの抜け殻に目を向けた。傍に置いてあったアタッシェケースが変形し新たにコンピュータに変形する。リチウムは少し身を引いて手を伸ばし、二つのキーボードに片手ずつ置いた。その後有り得ない速さで指が動き始め、リチウムが一言通達した。
「先ほどのテレポート阻害のため妨害電波を出します。今この義体から微弱な電波を感知したので逆探知を掛けます。座標、特定します。第一区画の隔離地区のようです、監視カメラ映像、出します」
ホログラムが浮かび上がる。脳科学研究所、と銘打たれた看板の奥には、螺旋を描くようなモニュメントが奥に見える。手前にあるのが実験施設なのか、窓のない鋼鉄の扉で閉ざされた建物がある。
カーネルはその建物の扉の前に違和感を感じ、ホログラムも拡大する。
扉の前だけ、他の道と色が違う。後ろから見ていたレオンもその違和感に気付いてホログラムに近づく。
「こりゃあ…鉄か…?」
「あぁ、そう見える。鉄が融けて広がったような、そんな風に見て取れる。だが何故施設の前にこんな事を?」
「意図的にやったわけじゃないかもしれませんぜ。例えば…扉を融かして無理矢理中に入ったとか」
タイタスが二人に言うと、シモツキが言った。
「俺心当たりあるっス」
「作戦報告はオジサン達も見てるからわかるよ。レッドカラーだろ?」
タイタスが振り返ってシモツキに笑いかけた。
「あ、普通のタバコに変えていいっすか」
「私は構わんよ」
「俺もだ」
「ども。悪いね、ちょっと煙くするよ」
ニーチェの先端にあるタブレットを携帯灰皿に落とし、胸元からタバコを取り出す。ライターで火をつける。赤く灯った先端、息を吸い込み、火を馴染ませる。
ふーっ、と大きく天井に向けて息を吹くと、白い煙がそのまま排気口に吸い込まれた。と、その排気口の蓋が開き、上からにゅっ、と顔を出す。
「シャーロット軍曹かな?」
「………、正面から入りますっ!」
「いや、良いよ、入っておいで、回収ご苦労さん」
「え、で、でも、こんな偉い人一杯いるなんて聞いてないです…!」
「言ってないだろうからねぇ…。兎に角、ブツは回収したんでしょ?早く降りておいで、解析しよう」
シャーロットは恐る恐る、と言った感じでタイタスの隣に軽々と着地し、脇に抱えていたヤヨイの兜を差し出した。
「映像、音声共に確認が取れています」
「ありがとさん」
シャーロットは盾を構える敬礼を行った後、対策室にいる面々を見回した。ヤヨイ達が何やらはしゃいでいるのを見つけるとふっ、と微笑み、フォルクローレと目があうと、軽く手を振った。フォルクローレは少し驚いた顔をした後、小さく頷く。
「…中尉、浮気ですか?」
「なっ! 違う!断じて違うぞ!」
「やっぱりフォルも隅に置けねえなぁ?」
「待てどういう意味だ貴様」
「元サヤには戻させませんからね」
「どこで覚えてきたんだ?!」
「兄さんから聞きました」
「少尉貴様喋ったなぁああああああ!!」
「うるせぇええええ!!こっちはそれどころじゃねえんすよ中尉!ニール!痛い!放電しないで!カタルは挑発するな!!」
「いや、この電気マッサージ良いです、すごく、肩に効きますねこれ」
「だからって俺を間に挟まないでくれない?!」
一気に騒がしくなった対策室で、タイタスは一人、煙を蒸し続けた。
(現存情報から察するに、能力者は四人、に加えてミナヅキが一人、ミナヅキは俺の方で何とか…してえなぁ…、まぁ少尉にも手伝ってもらうとして、問題は他の能力者だ。影に入り込むのは相性の良いミョルニルとサイゾウ、重力のやつは特性を把握しているフォルクローレが良いだろうな。ただ、確実に個々に襲ってくることはないだろう。テレポーターと幻影は確実に付いて回る。幻影の仕組みが完全にわかりきっていない以上、下手に踏み込むのは危険だが、居場所を知った事を勘付かれるのもよろしくないねぇ)
と、ホログラムに誰かが映る。真っ直ぐ施設の方に進み、鋼鉄の扉に何かを翳すと、扉が開いた。
「待った…!こいつぁ…!」
「気付いたか」
「全く、残念だよ」
「ヨセフ・イェートシュテット…!なぜ…?!」
「クリスの部下の君なら直ぐに察せるだろう。そういう事だ」
「まさか…騎士団と敵対したっていうんですか」
「事実だ」
「お二人は、いつからこれを…?」
「少し前からだ。定例会議に出席しなくなったから気になってね。彼の部下に聞いてもわからないの一点張りだったから独自に調べさせてもらったよ。ただ、そうか、能力者達も全員ここにいるのか」
タイタスが思わずタバコを落としかける。騎士団長ともあろう人物が、国を裏切るとは思いもよらなかっただろう。
(まぁ、総帥は知ってて行かせたんだけどな)
レオンが心の中で悪態を吐く。




