25.兄だから
「騎士団だ。お前を捕縛する」
騎士章をかざす。
「…兄さん…?」
「ッ、ミナヅキ…?!」
「たす…けて…ミナヅキ…く…ん」
「兄さん…これは…これは一体どういうことなんだ」
持っていたソフトクリーム二つが、手から滑り落ちる。
「任務だ。そいつがテレポーターの…」
「彼女は僕の友達だ!どうしてこんな酷いこと出来るんだよっ!」
「俺の話を聞けって…!」
「いいや聞けない!聞かない!兄さんは僕たちより任務の方が大事なんだろ!だからこんな事が簡単に出来るんだ!」
拒絶、今までのミナヅキからは考えられないような物腰の悪さ。
(どうしてこんなに話を聞いてくれないんだ…!)
ヤヨイは躊躇せず腕の弓を構えたミナヅキを見て、違和感にぶつかる。それは、ミョルニルが言っていた、大きな違和感だった。
影の形が違う。
(よりにもよってミナヅキか…!)
「そう、お兄さんは君より任務を選んだんだよ」
ミナヅキの背中に、ぴと、とテレポーターが寄り添った。
「…っ!こいつ…!」
目を離した隙に、目の前のアンドロイドを媒体にしてジャンプしてきたようだ。
「でも大丈夫、私達が君のそばにいてあげるから」
テレポーターの手が、ミナヅキのシャツの中を這う。その次の瞬間、黒い粒子が撒き散らされる。それは野次馬をも巻き込んで渦を巻き、収束した。
身の丈を超えそうな程の巨大な弓が最初に見える。オールバックにかきあがった髪に、何かの紋様が刻まれた両眼を覆う眼帯、黒い光を灯すミカグラユニットから不規則に伸びる紅い脈動、アシンメトリーの鎧が牙を剥いている。
「宣言通り、一人貰ってくね」
ミナヅキの顔からは入り乱れた感情の波が伺える。
「ミナヅキ、良いんだな」
「………、ァァア…!」
「…そうか」
ヤヨイは静かに拳を構える。上体を捻り、引いた右脚に力を込める。
「シッ…!」
「グゥゥ!」
ヤヨイがバネを弾かせたタイミングに合わせ、テレポーターを脇に抱えて後ろに跳んだ。苦しそうな顔のテレポーターの表情に、ヤヨイは拳を振らずに体勢を崩した。
「行けよ、ミナヅキ。それがお前の選んだ道なら俺は止めねえ。だが後悔するなよ。わかったか」
「に…ィイさん…!」
語彙も乏しくなったミナヅキを見送って、ヤヨイは小さく溜息を吐いた。
空間転移によって姿を消したミナヅキとテレポーターに背を向け、転がっている動かなくなったアンドロイドを脇に抱えた。騒ぎを聞きつけた警備員達が生徒を掻き分けてキープアウトのホログラムの前に立つ。
「こ、これはどういうことですか!その生徒は…!」
「機密だ。後ほど公式見解を出す」
それだけ言って、ヤヨイは地面を蹴り、建物の屋上へと跳んだ。
「兄ィ!」
「兄さん!」
そのヤヨイを追って二人が屋上に跳んでくる。
「おう、どうした」
「どうしたもこうしたもねえだろ!今…黒い鎧のって、ミナヅキだろ?!」
「ミナヅキ兄さんがどうしてあんな事になってるんだ!」
「あー、見てたか。そう、ミナヅキが自ら望んであっちに行った」
「だからどうして?!」
「…俺が兄貴だったからかなぁ」
ヤヨイは、困った顔で言葉をこぼした。
ヤヨイが兄だったから、ミナヅキは裏切った。シモツキには納得しがたい理由だったが、カンナヅキは少しわかるような気がした。それだけ、ヤヨイの影響力がわかっている。兄妹全員が、シモツキのようにヤル気に充ち満ちているわけではない。それで言えば、ミナヅキはフミヅキと同じように感受性が高く、それでいて劣等感を感じやすい性格であると言えた。
それと同時に責任感も強かった。どうすればヤヨイの足を引っ張らず、それでいて実力的に隣に並び立てるか。思えば、師と呼べる存在を一番に自力で探してきたのはミナヅキだった。
だが鍛えれば鍛えるほど、近くにあるはずのヤヨイの背中がどんどん遠くなっていくのを感じたのだろう。
カンナヅキも、シモツキでさえ、それはひしひしと感じていることであった。
「さてと…総帥になんて言えば良いかねぇ…。兄妹達に目を配れって言われたばっかなんだけどなぁ…」
「兄ィの所為じゃねえだろ。ソレ、証拠か?俺も行く」
「おう、じゃあ行くか。あ、でもお前らちゃんと単位取れるんだろうな?」
「そんな事言っている場合じゃないだろう。兄さん、ミナヅキ兄さんがあちら側に回った以上、グリーンカラーの時以上に警戒が必要なのではないか?」
「そうだなぁ。ただ、予告はされてた、誰、とまでの予測は出来てなかったが、ミナヅキなのは少し納得がいく。俺はフミヅキかミナヅキのどちらかだと思ってたからな…」
「わかってたのかよ」
「あぁ。でも、俺は二人を信じた。俺の配慮が足らなかっただけさ」
建物の屋上から屋上へ飛び移りながら、ヤヨイ達は人気の無い路地に降り立ち、近くのビルに乗り込んだ。騎士章をコンソールに翳すと、通常プログラムとは別の騎士団専用プログラムが起動し、三人を騎士団庁にまで運んでいく。
エレベーター内は重かった。ヤヨイになんと言葉をかければ良いのかがわからない。兄妹の末にいる二人にとって、兄の気持ちを理解するのは難しい。
「はい、こちらヤヨイ」
『ヤヨイ少尉、対策室まで来てください』
「了解」
骨振動を感じ取り、騎士章を取り出すと、リチウムの声が聞こえる。端的に用件が伝えられると、ヤヨイも同じように短く返した。
それから二人を振り返ってうーん、と悩んだ後、まぁいっか、とコンソールに触れる。
「対超能力者対策本部に変更」
『かしこまりました』
小さくカゴが揺れ、進路が変更される。程なくしてカゴが停止し、扉が開く。フミヅキ、ハヅキ、ナガツキの姿は無いが、その他のメンバーに加え、第三騎士団長レオンと第四騎士団長カーネルの姿がある。
更に、部屋の隅では口の端にニーチェを咥えたタイタスの姿も見える。弟子だったミナヅキの心変わりに、彼も思うところがあるのだろう。
中央のデスクにはリチウムが座っており、そのデスクを囲むようにそれぞれが立っている、欠けた輪に入り、デスクにアンドロイドをおいた。既に反応は無い。そもそも魂が入っていたかどうかも怪しいところだ。
「兜はシャーロット軍曹に回収に行ってもらいました。以降はあまりこういう事はしないようにしてください」
「…留意する。これの解析をお願いしたい」
「了解」
リチウムとのやり取りを終えた後、明らかな敵意を向けるレオンの方へと向きなおる。
「ご不満のようですね。味方を一人奪われた事ですか?それとも、俺の言動に関してですか?」
「強いて言うなら両方だ。一つ、何故彼処でミナヅキ伍長を落とさなかった。二つ、クラウディオ・ニッセンを父親と呼ぶお前の神経を疑っている。三つ、アレだけの煽りを入れておいて、逃げるなどという事はよもやあるまいな」
ヤヨイは小さく肩を竦めた。
「一つずつ答えましょう。ミナヅキが選んだ道にとやかくいうつもりは無いです。敵対するなら全力で対処します。それが俺の務めです。あの時、ミナヅキは俺と戦おうとせず、引く事を選んだ。それに、あの場で戦闘を行えば一番割を食うのはその場にいた生徒達でしょう」
二つ、と指を立てる。
「疑われようが変わりようの無い事実です。俺たちは結局彼に作られている。それから逃げる事は出来ない。それなら割り切った方が良い、実験に付き合わされているのでは無く、意見の食い違う親子が喧嘩をしている。その方が俺達も気兼ねなくやれる」
三つ。
「逃げるなら貴方だ。今の内ですよ」
相手は団長、指先一つでこちらの首を飛ばせると言うのに、大した物言いである。ラジエータが大量の熱を吐き出すレオンの後ろで、二人を笑い飛ばしたのはカーネルだった。
「ハッハハハハ!!面白い、いい騎士だ。そうだな、逃げ場などそもそも無いではないか。騎士である以上戦わなければならない、相手が誰であれ、何であれ、戦う事で守れるものがあるなら戦う。むしろあの場でよく踏みとどまってくれた。君の言う通り、あの場で一番割を食ったのは生徒達だろう。何人命を落とすかわかったものではない」
レオンの肩に手を置いた。
「彼は策士だよ、あの煽りも、別の考えがあるのだろう?」
「そうですね、二つ目と似たようなものですが…。要は主旨のすり替えです。俺達との戦いによって『実験』が行われるのではなくて、『子供達との戯れ』が行われるという意識のすり替えをしました」
「効果はあったな。良い効果だ。事実クラウディオ・ニッセンはそれに乗った。そうして少尉が時間を稼いだお陰で、テレポートの糸口を掴んだ」
彼は我々が思っているような愚か者ではない。
レオンにそういうと、レオンはむしろ苛立ったようで壁際に椅子を引っ張り、どっかりと座った。




