16.Paranoia
エレベーターに乗り込み任務準備室まで下り、それぞれが戦闘着に着替える。ヤヨイはいつも通りの黒いコート、黒い兜を。キリガミは団服に関節を保護するアタッチメントをつけ、目線部分が無数の穴になっている兜を。ミョルニルは病人が着るような青白い衣服に螺旋の描かれた仮面を付け、ゲートに乗り込む。
「場所は第六区画、例の集団マインドコントロールが発生し、区民が区民を襲っている事態だ。加えて、今回はマインドコントロールが掛かる手掛かりをもらっている」
「手掛かりとは?」
「光だ。強い発光があった次の瞬間に、人が暴れ出したという話だ。だが以前俺たちがいる時に起きた集団マインドコントロールの時には発光は無かった。このマインドコントロールを掛けている奴等は光が発されている一瞬の中に、何かを隠している。第四騎士団の治安部隊が先行している。俺たちの仕事は犯人の確保だ。以上!行くぞ!」
「サー!」
第六区画の事件区域の直近にエレベーターが到着し、なんの変哲もないビルから四人が飛び出した。逃げ惑っていた人々は突然現れた四人に驚きながらも、戦闘を突き進む赤いマントを見て胸を撫で下ろした。
少し行けば、凄惨な光景を目にした。
人が人を襲っている。アンドロイドもサイボーグも人間も関係無く、組付き合い、殴り合い、殺しあう。露天やオープンテラスのカフェは見るも無残な姿に変わり果て、物が散乱している。
治安部隊の姿もちらほらあるが、相当数の人々が暴れているせいで人数が足りていない。
ヤヨイはその中で、不気味な視線を感じた。背筋を得体の知れない悪寒が走り抜けた。
思わず振り返る。
「っっ!!!」
視線どころではない。
見ている。
暴走しているはずの人々が、口許を歪ませて、コッチを見ている。
「隊長!罠です!」
「なに…?どういう事だ?」
「こいつらはマインドコントロールなんかかかっちゃいない…!」
「少尉、気でも障ったか。この状況を見てそんな事が信じられるとでも?」
「…くっ! わかりました、捜索を続けましょう」
「………、」
背後から忍び寄る様な気配に、鳥肌が消えてくれない。
『クスクス…』
笑い声まで聞こえる。
(確実に何かがいる…!でも…何処からだ…?何処から聞こえる…)
頭に木霊する笑い声に、ヤヨイはしきりに周囲を確認する。通報を受けた地点まで突き進む隊列の殿を務めながら、確実にいるはずの誰かを探す。広域にわたって粒子を展開し、その感触を確かめる。
だが、掴めない。
先ほどから騎士達と争っている人々の横を通る度、その顔がこちらを向いて笑っているのではないか、もしかしたら、騎士達でさえ、自分を嘲笑っているのではないか。
徐々にヤヨイに焦りが見えてくる。
周囲を見るには、余りにも遮蔽物があり過ぎる。
(ビルさえ無ければ…)
突如足を止めたヤヨイが、拳を構える。
「ヤヨイ?!何をする気だ!」
『やっちゃえ♪』
意識が据わる。
「そこか」
バチィッ!!!
「ぅがっ…ァアアッ!」
雷球がヤヨイの影に着弾すると、同時にそこから人影が弾き出される。黒い革の全身スーツに身を包んだ紫の髪の女が痙攣しながら大きく見開かれた目をギョロギョロと動かす。
ヤヨイは聞こえなくなった声と視線に、ハッとした。今自分が何をしようとしていたのかを思い出して背筋が凍った。
「ニール、確保だ」
「サー」
雷光が疾る。
「ちぇー、残念」
パッ、と革の全身スーツが消える。
「もう少しでスクープだったのになぁ〜」
ビルの上に、少女がしゃがみこんでいた。手にはゴテゴテのアクセサリーで飾られたカメラが持たれており、片手でぽんぽんと遊びながら足下に転がる全身スーツに目をやる。
「惜しかったねノア」
「く…まだ…痺れてるわ…」
「仕方ない仕方ない」
ぽん、と投げたカメラが一瞬で消えた。それから少女は立ち上がって、虚空に話しかける。
「ファントムも良いよー、幻影はもういらないから」
それから、ニヤリと笑って四人に言った。
「疑心暗鬼の世界へようこそ。まずは一人、貰っていくね」
風が吹いた。
「っ!」
「シッ!!」
右斜め下から繰り出された音速のブロウは、全ての音を置き去りにする。
拳が通り過ぎた所には何もなく、一瞬遅れて響いた破裂音に、やっと全員の視点が合った。白い鎧に包まれた騎士が拳を開閉する。
手応えは無かった。だが相手が反応しきれていたわけではなさそうだ。最後に少女が残した言葉が気掛かりではあるが、相手の能力も多少なりとも明らかになった。
唖然とした顔のミョルニルとサイゾウを他所に、クライスの元へ伝令が飛んでくる。
「報告します!暴走していたと思われていた人々は一部を除き全て偽物でした!更にこれらの偽物は『実体を持ったホログラムに近しいモノ』という見解が出されています。残った一部に対しては実際にマインドコントロールが掛けられておりましたが、数が非常に少なく、後ほどまた証言をいただく事になっています。中尉も参加しますか?」
「あぁ、そうしよう。だが今は一先ず撤収だ。人が集まってきた」
先程のヤヨイが起こした破裂音に釣られてぞろぞろと人が集まってくる。白い鎧は粒子となって霧散し、先程のヤヨイの姿が現れる。ビルの上から降りると、クライスの下へ駆け足で向かった。
ミョルニルとサイゾウはそれを見送りながら、追従する。
「一旦撤退する。捕まえるまではいかずとも、相手の能力の切れ端を掴んだ。それだけでも十分としよう」
クライスは首を巡らせ、とあるビルの中に入る。中にあったエレベーターに乗り込み、騎士章を翳して行き先を変えた。
サイゾウとミョルニルは顔を見合わせたあと、ヤヨイに尋ねた。
「さっきのがお前の本気か、少尉」
ヤヨイは兜を外し、大きくため息を吐いた。
「お見苦しいモノをお見せしました。アレほど不完全な鎧が現出したのは初めての時以来です」
つまり、アレは全力ではない、そう言いたいのだろうが、その片鱗を見ただけでも二人はヤヨイが恐ろしく感じられた。
常人が追えるような速度ではない。その上、繰り出された拳は決して生身の人間に放って良いようなものではなかった。
しかし、その速度に対応した相手もまた、一種の化け物なのかもしれない。
「ヤヨイが謝ることじゃない。お前の様子に気付けなかった俺にも責任がある。ミョルニル軍曹、奴が影の中にいると良くわかったな、助かった」
「ヤヨイの影がヤヨイの形じゃなかったから、動いてる時はわからなかったけど、止まって構えた瞬間に別物だと気付いた」
「それには俺も感謝してる。危うく、街の一角を吹き飛ばす所だった」
「なるほど、そりゃ確かにスクープになりそうだ。それより、一人貰っていくっつーのが気になる。今の所あいつらに接触したのは俺たちだけのはずだ。だとしたら、俺たちの中からという意味なのか、もしかしたら、もう既に他の奴が接触してる可能性もある。ともかく、俺は証言を引っ張り出してみよう。後で合流する」
エレベーターが止まった階でクライスが降りる。その後静かになったエレベーターの中でヤヨイはもう一度小さくため息を吐いた。
何とも、自分らしくない行動だろうか。様々な所で培ってきた察知能力が裏目に出ていた。何処からともなく感じる視線、振り返った一瞬にタイミングを合わされ、ヤヨイの心が不安に掻き立てられたのは間違いない。
(パラノイア…か)
偏執病と言われる精神疾患の一つ。主に妄想によって患うモノだが、先ほどのは妄想などという生易しいものではなかった。誰もかれもが自分の敵のような錯覚を起こさせ、その方向を敵陣へとシフトさせる。当人は不安だろう、恐ろしいだろう、更にその選択肢までも限定させられてしまえば、最早取る行動は一つしかない。
下劣なやり方ではあるが、効果的ではある。
ただ、あのやり方を見る限り、余り大人数に向けてやるには向いていないようにも思えるが、また別の手段があるのだろうか。
(ファントムの幻影を使う可能性も視野に入れないとな…)
実体のあるホログラム、というからには、それ自体が質量を持っていることになる。幻影の数は今日見ただけでも50近くはあった。それぞれが違う顔、違う声、違う行動をしていたのを見ると、あれ自体はコンピュータで制御しているのかもしれない。




