7.任務
『任務を開始します』
機械音声を頭の奥で聞きながら、ミカグラは影から影へと移動する。
内容は暗殺。理由は中立国であり、騎士団が居を構えるこの国、ボルツァーノの官邸を標的にしたテロを行うかもしれないという事。第三騎士団が前々からマークしていた人間主義側の工作員が動きを見せたらしい。
爆薬と人員を集め、自爆特攻を仕掛ける可能性がある。未然に防ぐために、まず頭から潰そうという話だ。
電灯も星の光も全て吸収し、二本目線は影を走り続ける。
『目標地点まで残り50mです』
機械音声と視界に広がるマップを参照し、とあるビルの前で足を止める。人通りはそれほどなく、ビル自体、最上階にしか灯りは点いていない。それなら話は早い。
近くのビルから三角飛びで一気に屋上に上り詰める。
(はてさて中はっと…)
手首から伸ばしたイヤホンが円盤に形を変える。屋上の床に張り付いたそれは、中の微細な音まで全て感知し、視覚化する。
(ソファに一人、寝てるな。あとは歩哨が二人、別の部屋でもう一人、作業中か…?)
流石に音が無いものまでは視覚化出来ず、何の作業をしているかは分からずじまいだが、相手は四人、しかも一人さえやっておけばいい。
だが、ミカグラはそうは思わない。
(ゲリラだとしたらその下が拾い上げる。とりあえず全員のめしてブツを確認するか)
コートのポケットに入れてある携帯型吸音機に吸着するスライムを取り付ける。ベランダに投げて貼り付け窓から見えない位置に降り立つ。吸音機が音を吸い、着地の音が消える。
窓を軽く叩いて注意を引く。吸音機を回収しながら、窓が開くのを待つ。一人が訝しみながら内側から外を確認する。それからゆっくりと窓を開け、ベランダに出て来る。
(待ってました…!)
首から下げていたアサルトライフルと首を掴んでベランダの床に叩きつける。吸音機を隣の部屋へと繋がる壁に投げつける。貼りついたのを確認してから丁度背を向けていたもう一人の歩哨に飛び掛かる。
両の足で頭を挟み体を捻り、ベランダに叩き出す。ベランダのヘリにぶつかってカエルが潰れたような声をあげながら、地に伏せる。流石に寝ていたもう一人も気がついたようで、ソファから体を跳ね起こす。
バチバチッ!
起こした体を押さえつけ、電流を流す。スタンガンと同じ電圧にしたつもりだが、少し強すぎたらしく、男は泡を吹いてもう一度ソファに沈んだ。
あと一人。
ミカグラは躊躇いなく扉を開いた。
「…どうした、なんか見つけ…た…」
ピンセットを落としながら、ミカグラを見て唖然とする。
(おかしい!俺の仲間にこんな奴はいなかった…!隣の部屋の三人は?侵入者?物音一つなく?あり得ない!そんな事出来るわけが…)
そこで男はハッとする。
「隠密….部隊…!」
「ご名答。さて、質問に答えてもらおう。お前はここで、何をしている」
腹の底に響くような声音に手が震える。言っていいのか…?良いわけがない、言えば自分の身の保証はない。あの三人の声も音もない。ならば
「彼奴らに脅されてたんです!こんなの作りたくなかったのに!!」
「じゃあそれが何かは解ってるんだな?」
「…っ!は、はい」
「それは何だ」
「ば、爆弾…です」
「何故作っている」
(どうする…!どうするどうするどうする!!目的を話せば同士達が捕まるのは必至!だが利用されていると言った以上誤魔化すことは出来ない…!)
体が小刻みに震える。脂汗が滲み出る。
「どうした」
「っ!い、いや!その…!お、音声認識で…言うと爆発するって…」
「…爆弾か。何処にある」
「あ、足に…!」
男は自分の足を指差して言った。服にスラックスのせいで見えていないが、足に爆弾をつけているのは本当だ。来るべき日のため、スイッチ一つで爆破出来るようにしてある。爆破をしてもいいが、ここでの無駄死にの為に用意したわけではない。
目的は達成せねばならない。その意志が、男に嘘を重ねさせていく。
(屈めばここにある工具で殺せる…!殺せなくても俺が逃げる時間さえ稼げれば…!)
「なら足を出せ、足ごと斬り落としてやる。命より安いだろう。今なら義足も簡単に手に入ることだしな」
「誰が機械なんぞに…!」
机を叩いて立ち上がり声を荒げる。瞬間、ハッとした。
「っはは!流石にチョロすぎんぜおっさん!あんたの顔は最初から割れてる。爆弾を作っていると言ったな、言質は取れたから、大人しく縄につくんなら、手荒なことはしない。自首って事で処理してやる」
護送車の手配をしながら男の反応を待つ。男は歯を食いしばった後、近くのドライバーを掴み、振り上げる。
「人間に栄光あれぇぇぇええええええええ!!!」
「よっ!」
袖に隠したナイフを射出する。ナイフはドライバーを掴んだ腕をに突き刺さる。
「ぉ、ぉぉおお…!」
痛みに耐えかね、ドライバーを落とした男にすかさず電流を流し気絶させる。
ため息を吐いて、男を担いで隣の部屋に戻る。視界に護送車の到着の知らせが届いたので、最上階に来るように伝え、全員を部屋の真ん中に集めて、自分はどっかりとソファに座り込んだ。
やがて護送班が部屋の扉をノックすると、ミカグラは重そうな腰を上げて扉を開いた。
「お疲れ様です。あそこのですか?」
「お疲れっすー。お願いしまーす」
軽い調子で道を譲ってから、ミカグラと護送班は引き継ぎのやり取りをした後、護送車に乗せられ発進するまでを見送った。ここまでが、彼の義務だ。
来た道をゆっくりと帰る。元々人通りが少ないのもあって、一般人に見つかることもなさそうだ。エレベーターに乗り込み、騎士章を翳す。兜を外して息を吸い込む。
書き上がる目処が立ったので毎日更新に切り替えます。