6.雷狼
ヤヨイもわかっていたことではあるが、向けられる視線は何も好意だけではない。今まで大きな顔で同学年の一部を率いていた者も中にはいる。彼らからすれば、面白くないことこの上ないだろう。彼らの行動を止める程度に対して、騎士という抑止力は余りにも大きい。
ならば、彼らが取る行動はシンプルかつ命知らずなものになる。
抑止力を無力化する。つまり、その抑止力よりも自分たちの方が力がある事を示す。
どう考えても無謀としか思えないが彼らは知っている。
騎士は、鎧がなければただの人間と同じだと。以前治安部隊にも喧嘩を売った事がある。その時は簡単に取り押さえられてしまったのだが、その報復として、鎧を着ていないタイミングを見計らい襲撃、今度は容易く叩き伏せた。
その時と同じだ、と彼らは考える。寧ろ、注目が集まっている今こそ、好機なのだ。その抑止力は何の役にも立たない事を示す絶好の機会。
全員の目が据わる。
大丈夫、仲間にはアンドロイドもサイボーグもいる。腕っ節なら人間に負けるはずはない。
ヤヨイとトマスの対面から、五人、人間と思しき男が三人、ギザギザの歯並びをしたマスクのサイボーグが二人、それぞれワンカメラ、ツーカメラタイプのヘッド。ヤヨイは微かな駆動系の音を聞き取り、アンドロイドも一人混じっている事を見抜く。
トマスを片手で制し、自分だけ前に出る。
「何か用かな」
「ある、あるぜ、大有りだ。騎士だからって、デカイ顔してんじゃねえぞてめぇ」
アンドロイドの男がヤヨイの胸ぐらを掴み持ち上げようとする。が、持ち上がらない。
「?! …っ??!」
ヤヨイはつまらなそうにアンドロイドのもう片方の手を取る。
「市販の義体じゃあ、片手で持てるのはせいぜい100キロが限度だ。ほら両手なら上がるぞ」
「っ! てめぇ!!」
ヤヨイの手をはねのけ、両手でヤヨイを投げようとする。が、やはり動かない。
「ほら、体幹を上手く使わないと上手く投げられないぞ」
「くっ…!」
「おい何遊んでんだ!とっととやっちまえ!」
「やりたくてもできねえんだよクソッ!てめぇアンドロイドか!?」
「いいや、違う。ただ完全な人間でもない」
腕をめくり上げ、ワザと見えるようにスキンとガントレットを入れ替える。
「よ…鎧?!」
ヤヨイは片手でアンドロイドの手を引き剥がすと、ニヤリと笑った。
「上手く立てよ」
「っ!?!!?」
アンドロイドの視界が一周回る。オートバランサーが着地をサポートするが、本人の認識が間に合わず上手く立っていられない。
「まずまずだな。タイルに傷がつかなくてよかったよ」
「な…何を…!」
「ちょっと手荒いジェットコースターってところだ」
アンドロイドの仲間も、息を飲む。ヤヨイはただ足を払ったのではない。払いながら、円を描くように足を動かし、アンドロイドを回したのだ。他の四人は唖然として声をあげることも出来ていなかった。
腰を抜かしたアンドロイドの様子を見て、ヤヨイはつまらなそうに後ろを振り返る。スキンを元に戻し、トマスに言った。
「とっとといこうぜ。また面倒になる前に」
トマスは頷いてヤヨイの隣に並ぶと、ため息と共に言った。
「やっぱ騎士団はやめようと思う」
「それがいい」
「他に何かいい職業ねえかなぁ…」
「公務員なら何でもいいだろ」
「一応騎士も公務員なんだけどなぁ…」
「…訂正、騎士以外なら何でもいいだろ」
トマスのため息を見送りながら視線を前に戻すと、教室が近かったのか、ナガツキの姿が見えた。見慣れない学校の施設にキョロキョロしていたナガツキはすぐにヤヨイの姿を見つけると、大きく手を振ってくる。ヤヨイも軽く手を挙げて返した。
トマスはヤヨイの視線の先のナガツキを見つけると、ヤヨイと交互に見てから首を傾げた。
「誰?」
「妹。編入してきた」
「え、妹いたのか」
「俺11人兄弟だから。俺は3番目、あいつは9番目」
「え、めっちゃいるやん。じゃあ他の兄妹も編入して来たのか?」
「…1番目と2番目、4番目と5番目は亡くなったよ。色々あってな。でも、残りの6人はここに編入して来てる」
「………、悪い、嫌なこと聞いたな。下の子達、いい思い出作れるといいな」
「あぁ、全くだ」
トマスは空を見上げて、うーんと唸る。ヤヨイは教室の扉を開きながら首を傾げた。さんきゅ、とトマスは教室に入りながら続けて口を開く。
「いや、想像できねえなぁって。だって親もいねえんだろ? 新聞に出てたよ、11から騎士団に入って、活躍し続けて、そんでもって、下の子達の面倒も見る。しかも6人。俺には到底無理だね」
「…やるしかなかったからな、その時は」
「…そうだよな。やっぱり、お前は凄いやつだよ」
適当な席を見つけて並んで座ると、周囲のざわめきは波のように迫ってくる。机越しだったり、隣に座ってきたり、横にいるトマスを無視して来たりと様々だ。
その全てを適当にあしらって、ヤヨイは頬杖をつく。適当な返事にもかかわらず、ざわめきが絶えることはなかった。だが、一瞬だけ、目がくらむ。
(閃光っ!)
一瞬で粒子を放出、展開。人が目の前にいることを検知、即座に飛び跳ね、教室の最後尾に跳ぶ。その1秒にも満たない迅速な判断に、相手は追いついていた。粒子が別のエネルギーをヤヨイに伝える。
(電気…?)
まさか、と目を開く。目くらましから回復した目が捉えたのは、小さな少女だった。十ついっているかいないかほどの褐色の少女は、クリーム色の髪をまるで狼の毛並みのように刺々しくしながら、ヤヨイに突進してくる。ヤヨイの背後は壁、だが相手の性質がわからない以上迂闊に触れるわけにはいかない。だがそれを利用して起点を作りに来るのは確実だ。
なら、本人ではなくその起点を潰す。
青白い光がぼんやりと浮かぶ。
ボッ!!
粒子でコーティングした拳がそれを打ち抜くと、少女は驚いて足を止めた。病人が着るような水色の服を翻して教卓の上に立つ。
「良い、良いな、お前が一番反応が良い」
「お前、サイゾウ・キリガミと同類だな」
「? サイゾウを知ってるのか」
「知ってるとも」
「ふーん」
少女は軽やかに教卓から下りた。ぺたぺたと裸足のまま、自然と出来た人の通路の間を通る。何だかつまらなそうな顔の少女は刺々しい髪を押さえつけながら、ヤヨイに言った。
「ならお前がサイゾウを負かした凄いやつか」
「負かした覚えはないがな」
「あいつが言ってたから間違いない。そうかそうか、お前か、道理で良い反応をする。確かにこの部隊なら面白そうだ」
「………、え、お前も入るの」
「その予定だが?」
ヤヨイは頭を抱えた。面倒くさいのが増えている。これはギフレイスに直談判も辞さない事案である。
部隊に人員が増えるのは良い。だがその内面に問題しかないのはどういうことなのだろうか。
「ま、今日は小手調に来ただけだ。じゃあな」
「待てよ」
ガッ!「なっ!」
粒子に絶縁体の性質を持たせ体に纏わせる。その状態で少女を取り押さえた。
(速い!私が知覚できないレベルだと…!)
腕と肩を取られ身動きの取れない少女はキッ!とヤヨイを睨み付ける。ヤヨイは肩を押さえていた手を頭に持っていき、その少女の髪をわしゃわしゃと掻き乱した。
「なっ、こら、やめ…!」
「大学出るなら普通に出て行け、お前の移動は多分電気系統に異常を来す可能性がある。一緒についてってやるから歩いてけ」
いや、とヤヨイは少女の足を見て顎に手を添えた。
「おんぶのがいいか」
「はっ?!」
ヤヨイは少女に背中を向けて腰を下ろした。両手を後ろ向きにして少女が乗るのを待つ。少女は嫌そうに顔を歪めて声を詰まらせながらも、周りを見渡して決心がついたようだ。先ほどの一瞬で姿を消せたならまだヤヨイに説明などを押し付けられたが、ここまでハッキリと視認され、しかも取り押さえられた場を見られたとなると、自分の置かれている立場は決して良いものではない。
ならば、ここは少しでもヤヨイと仲の良いアピールをしておかなければならない。
ヤヨイの背に体を預ける。ヤヨイは重みを確認して少女の体を持ち上げる。
「トマス、悪いんだけどさ、俺こいつ補導してくるから教授に適当言っといて」
「お、おう。あー、お勤めご苦労様?」
「そんな所だ」
足で器用に扉を開き、廊下に出て歩き出す。
「お、おい、本当にこのままいくのか」
「そうだよ。だってお前靴履いてないじゃん」
「靴は私の雷で溶けるから意味がない」
「ふーん。じゃあその格好も?」
「あぁ、超高圧でも溶けないように出来てる」
便利だねぇ…、と老人の様に呟き、正門に向かう。先程のチンピラの姿がちらりと見えたが、チンピラはヤヨイを見て足を止め、そそくさと向きを変えて何処かに行ってしまった。
それを見ていた少女は、首をかしげながらヤヨイに尋ねる。
「お前、この学校を仕切ってるのか」
「ヤヨイだ。仕切っちゃいねえよ、あいつらが勝手に挑んで勝手に負けを認めただけだ」
「そうか。……ヤヨイ…ね」
「…?」
「いや、何でもない。私はミョルニル。ニールでいい」
「そうか」
ヤヨイはなにも言わずに道を進んでいく。まだ教室に辿り着かない生徒たちの視線を浴びながらも、その態度は毅然としている、ように見えた。その顔がどれだけ面倒くさそうにしていようとも、面倒くさいの一言で事を投げないその姿勢は、自分には無いものだ。
ギフレイスが言っていた、自分にとって足りないものを、彼は持っている。
彼から学ぶ事は、案外多いかもしれない。




