5.初登校
翌日
ぞろぞろと緊張した面持ちが列をなし道を進んでいく。向かう先には広大な土地に施設が乱立する、別の意味を持ちながらどこか統一感を有する一つの街、大学がある。その道すがら、復興の終了と新たな学期の始まりで集まることになっている全校生徒の注目を掻っさらう黒服の団体は先頭を歩くダルそうな男を筆頭に、憧れの的である団服を纏っていた。
久々に団服を来た先頭の男はため息をついた。前にいた部隊であれば、団服ではなくスーツで来ていたものを、隠す必要が無くなったのと同時に、注目の的である彼等を保護する名目で団服を着用することになった。ちらほらと顔見知りもいるのだが、後ろの六人に萎縮して声をかけようとしてこない。
波風立たぬ様にしてきた隠密部隊とは違い、今や殲滅部隊と並んで花形に近い存在となった彼等威力強襲部隊という大嵐に見舞われ、ゆるりとした航海は一気に生死を争う大航海になったのである。
ただし、それは学年の違う先頭の男だけである。
先日謹慎が解けたのと同時に、表に出回っている情報を整理したところ、圧倒的に多かったのは、隠密部隊で残してきた数々の功績、11で騎士団に入った素性に関するものばかり。しかもしっかりと名前が出ているものだから、タチが悪い。
始業式・ガイダンス前にストレスで気疲れする。
そんな兄を気遣って後ろを歩いていた男の一人が声をかける。やや女性的な顔立ちで、線も細い。先頭の男ほどでは無いが背も高く、声音も落ち着いている。
「兄さん、大丈夫ですか? なんだったら僕たちだけで式に行けますよ、子供じゃ無いんですし」
「良いんだよ、俺がこうしてっからお前らが人に揉まれねえで済んでんだから」
「無理しないで」
「そういうこと言うなよ、お前ら送ったら俺保護者席行くから」
肩までで切りそろえられた黒髪が揺れる。眠たげにも見える紫陽花色の瞳は、吸い込まれる様な不思議な錯覚をプレゼントしてくれる。
「始業式に保護者席なんてありますの?」
「ねえよ、誰が見に来るんだよ」
金髪をロールさせたお嬢様風の彼女は、ばっさりと切り捨てられた事に少しムッとした。何だかいじめたくなる様な愛らしさを感じる。
「でもマスコミとか出待ちしてそうじゃない?」
「ここにいる間は、俺たちは一学生だからな、王族でもない限り何かにつけて報道は無いと思うぜ」
クリーム色の長い髪を揺らして横を向く。綺麗な緑色の瞳に捉えられたレンズはそそくさと茂みに隠れた。前髪を纏めて後ろの髪と一緒にピンで留めると、自分が見られたと勘違いしていた女学生二人にばーん、と指の銃で笑いかけた。
きゃーきゃーと黄色い声を聞きながら、黒い長めの髪をポニーテールに纏めた鋭い目つきの女性が腕を組んだ。
「パパラッチは相変わらず多そうだがな」
「下手打たなきゃ食いネタにはされねえよ。特にお前ら二人、怪我とか絶対にさせんじゃねえぞ」
「出来るだけなー、卑怯なことしてきたら容赦はしねーけど」
髪を掻き上げたまま固めたようなつんつんした髪型の男が軽く拳を握る。無邪気な声音からは、彼の裏表のなさと自信が滲み出ている。
そんな七人を迎え入れた学び舎は、新たに改装された巨大なホールに全ての生徒を詰め込んだ。勿論学生番号などをまだ持たない彼等は別の列で待機している。だが一人だけは違う。
文学部の列で気だるそうに立つ彼は、周りのひそひそ話に眉をひそめながら早く式が終わるのを待つ。
「よっ、久々」
「お、おう」
「何ビックリしてんだよ。話しかけられたくなかったか?」
「いや、むしろ話し掛けられるとは思ってなかった」
「だろうな。みんなそうだ。話しかけて良い存在か、わかんなくなっちまった。けどま、お前の顔見たらそうでもなさそうで安心したぜ」
「どういう意味だよ」
トマス・アンダーソン、いつもつるんでいたメンバーの一人だ。彼は学生番号が近く、席も近いことが多かったので、あっさりと仲良くなれた。その性格も、あっさりしている。
「そのまんまだよ。お前は元々そうだった。それを俺らが知らなかったっつーだけだろ。だったら俺がお前になんか変えなきゃなんねえ事もねえだろ」
そういうこった。
「でも、知り合いが実は有名人っていうのもびっくりだよね」
近くの女子が話しかけてくる。何かを期待しているような、そんな目だ。特に仲が良いわけでも無かったのに、こういう時だけ話し掛けてくる、良くある女子だろう。ヤヨイは返事をするのをトマスに投げた。
「いや、俺はそうは思わねえな」
「そう?」
「そうだろ。もしこいつが腕の立つ騎士じゃ無かったらさ、あん時、もしかしたら俺たちは死んでたかもしれねえんだから」
あの時、と言うのは、サツキが大学を襲撃した時のことだろう。
(むしろ、俺がいなかったら大学が休みになる事も無かったろうな)
どちらかといえば原因はヤヨイにあるのだが、話すと面倒なのでそのまま黙っている事にした。
「それでは始業式を始めます。先ずは校長先生、お願いします」
恐らく教頭であろう男性がマイクに話しかける。ざわついた生徒達を咎める事も無く、校長が壇上に立った。
「皆さんお久しぶりです」
久しぶりー! と何処からか声がする。自由な奴らめ、と心の中で悪態をつきながら校長の話に耳を傾ける。
「この短期間に、我が校は二度、テロの襲撃に遭いました。一度目では教室の一部が、その修復中に二度目のテロが起きまして、その際に我が校はこのホールを含めて半壊しました。その復興に騎士団も協力していただきまして、約半年振りに再開する事が出来ました。その二つで活躍した生徒、いや、ヒーローが、この大学に居ます」
椅子に座っていたヤヨイに悪寒が走る。まさか、こんなところで公開処刑されるとは考えてもいなかった。隣に座るトマスもニヤニヤしながらこちらを見ている。おかしい、こいつは味方じゃなかったのか、そう考える暇も無く、予想通り、名前を呼ばれてしまう。
「ヤヨイ・ミカグラ少尉、宜しければ、お立ち下さい」
(めちゃくちゃ畏まってやがる…!)
そこまで下手に出られては、断るわけにもいかない。団服のヤヨイは集まる視線に顔を顰めながら立ち上がる。
「私達の学び舎を守り、そして再開させていただき、誠にありがとうございます。みんなも、拍手」
全身を震わせるほどの大きな拍手がホールから溢れる。その場にいた者も、後から聞いた者も含めて、全員が笑顔で惜しみない拍手を送っている。ヤヨイはそれに応えるように一礼した。
やがて拍手が止み、校長が口を開く。
「ありがとうございます。ご着席ください。さて、これは騎士としてのヤヨイ君に送ったものですが、これからも君は私達の生徒です。思う存分、学生生活を楽しんでいただきたい。みんなも、彼を騎士だと知ったからといって、何かと取り囲んだり、コネを作ったりしないように。彼も一人の学生なのだからね」
それでは、と壇上から去る校長を、ヤヨイは見送った。騎士としての側面では無く、彼は学生としてのヤヨイを見ようとしてくれている。それがただの好感度狙いだったとしても、ヤヨイの好感度は爆上がりだった。
「それでは各学科へガイダンスの通知を行います。掲示板にも張り出してありますが…」
各学科を担当する学科長がそれぞれの列の前に立つ。これから移動してまた教授の話を聞く事になる。首を巡らせると、ミナヅキ達の下には別の教授達がそれぞれ連れて行くらしい。
遠目に見送りながら、トマスと共に席を立つ。アナウンスされる教室に向かって歩いていると、声こそ掛けられないものの、視線の集まり方は尋常ではなかった。
「なーんか俺まで有名人になった気分だぜ」
「めんどくせぇ…」
「そういうなよ、モテるのは良いことだろ?これを機に彼女とか作れば?」
「もういらねえよ」
「もう? え、お前彼女いんの?」
「いる」
「おいおい初耳だぞ!誰誰?どこの学科? あ、もしかして…あのお姉さんとか?講義に来てた巨乳の」
「お前はそこしか覚えてねえのかよ。まぁ、当たりだ」
「マジかよ…、うわぁ…歳上のお姉さんとか羨ましいわまじで」
「だろ」
ヤヨイは鼻が高そうにしながらも、少し愚痴をこぼした。
「ただ、あっちも俺も騎士だからさ、何があるかわかんねえのがな…」
「…確かに、最近物騒だしな。早く結婚すれば?寿退団とかできんじゃねえの?」
「結婚か…。まだ想像したこともねぇよ……」
「まぁそうだよなぁ…結婚とか想像できねえよなぁ。そもそも自分の進路でさえ不透明なのにさぁ…」
トマスはポケットに手を入れ、下に向けてため息をついた。少し長い前髪がだらし無く垂れ下がる。一般の生徒はそろそろ就職活動が始まる時期だ。安定しているのはどこかの研究所や騎士団だが、残念ながらこの学科にそんなコネはない。あってもマスコミくらいだろう。そもそもトマスが何故大学に通っているかも知らないヤヨイはそれに対するアドバイスはできない。
ただ言えることはある。
「騎士団はやめた方がいいぞ」
「騎士に言われるとは思わなかったぞその言葉」
「任務に漬けられたいならお勧めする」
「遠慮するわそんなん」
互いに笑いながら真新しいタイルの上を歩く。




