3.一戦
ヤヨイは口を歪める。
「なら、下に行きましょう。此処を荒らすのは本意ではない」
(口調が変わった。呼吸も目も据わってやがる)
サイゾウの片目がヤヨイを捉える。ヤヨイがエレベーターに乗り、先程とは別の演習場に向かう。大演習場よりもひとまわり小さい演習場は一つの枠しかないが、大演習場の枠よりも少し大きい。加えて、電磁シールドが貼れるので、多少の遠慮は必要ない。
カタルはついて行くかどうかを迷った後、ヤヨイの後に続いてエレベーターに乗った。最後に乗ったサイゾウは終始警戒を解く様子はない。壁にもたれ掛かりながら、柄に手を添えている。
「そんなに殺気立たないで頂きたい。こんな所で始めるほど、私は幼稚ではない」
カタルもいるからね、と優しい声音でカタルに向かって言うと、カタルは背筋に感じた寒気に身を震わせた。
これほど、彼の事を恐ろしいと感じた事はない。何かを守る為に拳を奮うのではなく、彼は今、己の欲に従って拳を奮おうとしている。それが恐ろしくて堪らない。
ヤヨイの言葉を受けてサイゾウも相好を少し崩したものの、手の位置は相変わらず柄についたままだ。
その言葉で警戒を解けるほど、彼もバカではない。
エレベーターのベルが鳴り、到着を教えてくれる。ヤヨイは二人の顔を見た後で、自分が先に降りた。カタルはボタンを押して扉を開いたままにし、サイゾウを見る。ヤヨイが演習場の真ん中に行ったのを見届けてから、サイゾウはエレベーターから降りた。
最後にカタルがエレベーターから降り、電磁シールドを貼るスイッチの前に立つ。サイゾウがヤヨイの正面にやってくると、ヤヨイは腕を変形させ、ガントレットが姿を現す。サイゾウは刀の鞘を撫でると、白い水蒸気が集まり、形を作った。
先程の2倍以上はある。それが幻覚ではなく現実に起こっていることなのは先程の事で理解している。
「一つ、警告をしておく」
サイゾウが先に口火を切った。
「この刀は、俗に妖刀と呼ばれる類でな。斬れないものを斬る為の刀だ」
「………、信じます。警告ありがとうございます」
カタルに目配せをすると、スイッチが押される。電磁シールドが起動し、淡い青色の四角いボックスが作られた。その中で、ヤヨイは腕を振りかぶる。
ゴッ!
正拳の形をした粒子がサイゾウに向かって放たれる。
サイゾウは逆手に刀を抜いた。
「…!」
無い。
刀身が無い。
だがそれは一瞬だった。
瞬きの瞬間も許さぬ一瞬で、2m強の刀身が姿を現し、見事に拳を斬り裂いた。半分にされた粒子は二手に分かれ、シールドに当たって地面に落ちた。粒子に輝きは無く、動く気配は無い。
ヤヨイは首肯いた。
「確かに、斬れないモノが斬れる。納得だ」
ミカグラ粒子には、粒子がエネルギーを持つ限りユニットに戻ってくる性質がある。そのエネルギーは結合したり、分離したり、放出されたりすることで消費される。消費されたエネルギーを補うのもまた、ミカグラユニットであり、それを所持する者のエネルギーを使う。
先程の粒子は形状の変化と放出のみで、戻ってくる為のエネルギーは十二分に残っているはずだった。それが、戻ってこない。つまり、サイゾウが斬ったのは、エネルギーそのものという事になる。
エネルギーの塊であるミカグラ粒子にとって、天敵と言わざるを得ないだろう。だが、恐らくそれだけではない。
まだ、引き出せる引き出しがある。
ヤヨイは拳を構える。
バネを溜め込み、発散する。
両手で太刀を下段に構えたサイゾウは、その空気の揺れを読む。
ダンッ!
発散された推進力は真っ直ぐにサイゾウの元へヤヨイの体を運び、次の一歩で踏み込む。ゴッ、と床に足跡を残しながら、捻られた上体は拳を放つ。
合わせ太刀を奮う。
(っ!)
殺気は本物、速度も踏み込み方も、完全に型にハマっている。その力は生半可なものでは無く、逆袈裟に切り上げた刀は確実に彼の拳を斬り裂くハズだった。
だが、その直後に思惑は裏切られた。
何も無い空間を、拳が亜音速で殴り飛ばし、ヤヨイが回転する。太刀がギリギリ頭上を横切る高さまで身を屈め既に踏み込んだサイゾウの懐に潜り込む。
ドッ!
二度目の踏み込み、回転した体の力の向きを捻じ変える。遠心力により更にスピードの増した拳が吸い込まれるようにサイゾウの腹部へと吸い込まれていく。
だが、打たない。打ち込まない。あと一寸というところで止まった拳は慣性の風をそのままに、その場で止まる。まるでわかっていたかのように、サイゾウの姿が消える。ボンヤリと見えたモヤのような何かを風が吹き飛ばす。堪らずサイゾウは実体化し床材を巻き込みながら滑り、電磁シールドギリギリで踏みとどまる。
間髪入れずに霧化する。
ドゴォッ!
サイゾウがいた所にヤヨイの拳がめり込む。その拳を軸に、身体を持ち上げる。
ヒュッ!!
風切り音。ヤヨイの足を掬うようにサイゾウの太刀が空を斬る。
(何故だ…何故わかる…!何が俺を感知しているんだ…!)
バックステップを踏み、体勢を整えながら視線を巡らせる。
何も見えない。だが其処には何かがある。それはわかっている。
ヤヨイも向き直り、構えを取る。笑ってはいないが、余裕のある表情だ。
いけ好かない。全く以て、癪に障る。
刀身が姿を消し、柄を鞘に収める。ヤヨイはそれを見て更に警戒心を強めた。
柄を握ったまま、鞘がサイゾウの背後で一文字になる。その鞘の先端に手をかける。
スゥ…、と鞘の中で擦れる音が聞こえた。
サイゾウの手には、二振りの刀。それぞれ逆手に持ったまま、手を拡げる。下を向いた刃は光を反射せず、光沢も無い。ヤヨイには、漆黒の牙の様に見えた。その牙は、ヤヨイの喉笛を咬みちぎらんと___
「ッッ!!!」
___振り下ろされた。
すんでのところで身を捩ってサイゾウと刀の隙間に回避。そのまま地面に手をつき、ウィンドミル、風車の様に足を回転させサイゾウを振り払う。だがサイゾウは霧と化し、触れる事さえ出来ない。
ヤヨイは両手で身体を跳ね上げる。それは何か戦略的な事を考えたわけでは無く、本能がそう告げたのだ。
すぐさま、サイゾウの回転斬りが空を斬る。そしてヤヨイは、あり得ないものを目にした。
空間に、三本の傷が出来ている。その傷を補う様に、何かが蠢いた。それは空気か、空間か。その答えはすぐに見ることができた。
補った分だけ、その先にあった電磁シールドが引っ張られたのだ。
間違いない。あの二振りは空間を斬っている。
斬られた空間は、空間にあった空気が完全になくなっているために、他の空間から空気を補っている事になる。その為、急激に元に戻そうとする力が働き、電磁シールドが引っ張られるほどの力が働いたのだ。
視線の端で、サイゾウが動く。
二振りの刀がヤヨイを噛み砕かんと待ち構えている。空中のヤヨイには逃げ場が無いと思ったのだろう。しかし、ヤヨイは笑った。
それはブラフか、それとも…。
(本気で楽しんでやがるのか…。だとしたらホンモノだな)
どこの部隊にも必ず一人は混じる様に配属される性格。時に味方を鼓舞し、先陣を切る。そして時に無謀に敵陣に突っ込み
(味方を殺す)
なら、その前に斬り伏せてやらねばならぬ。
その心に棲む無謀を、それが巻き起こす災厄を。
ヤヨイが落ちてきた瞬間が好機。後にも先にも、それ以上のチャンスは訪れない。
だが、その瞬間すら訪れることは無かった。空気の揺れを感じたのは、ヤヨイの拳が自分の顎の下を優しく、羽を乗せる様に当てられた後だった。
「俺の、勝ちです」
「な………」
「キリガミさん、ダメだよ、余所見なんてしてちゃあ」
そんなはずはない。そんなはずはなかった。だって上にはヤヨイの姿が…あるのだから。
「貴方は霧になれる。だがなっている間の情報はかなり限定されているんだろう。でなきゃ、こんな子供騙しに引っかかるはずは無いんだ」
恐らくサイゾウが霧化の間に感知できるのは、本体と思しきモヤが触れている部分のみ。そのモヤが感知した動きはそのまま実体化した彼に反映される。ヤヨイは粒子による分身を作り、ワザとモヤに触れながらそれを飛ばす。それから、物理的な死角となっているサイゾウの右側に移動する。
だから実体化したサイゾウは、ヤヨイが飛んだと思しき情報だけが反映され、物理的に見えていない右側は実質ガラ空きになる。
「普通に考えれば当たり前な事だ。事実上逃げ場の無い空中へ自分から身を投げるはずはない。貴方の刀は確かに凄い。だが、貴方自身が、その性能に頼り切っていては、発揮できるものも発揮できない」
「…チッ、上から物を語るガキだな」
サイゾウは身体を起こしてヤヨイから一歩引く。二振りの刀を鞘に収め、もう一度鞘を撫でると、鞘は半分ほど霧に姿を変えた。
「だが的を射ている。お前の言っている事も間違いじゃない。俺は刀に溺れている。なるほど、俺が配属されたのはこのせいか」
ヤヨイも姿勢を直して首を傾げた。
「どのせいです?」
「自分を磨けって事だ。俺の性質上、一般騎士じゃ相手にならねえだろうしな。という訳で暫く厄介になるぜ」
「嫌です」
「はっ?!」
即答したヤヨイに反射的に驚くサイゾウ。ヤヨイはため息と一緒にやれやれと首を振った。
「だって貴方本気にならないじゃないですか。貴方は俺を相手として見てくれていない。だから嫌です」
「………」
「俺は、こう言った筈です。『一戦お願いしたい』と。手加減をしてくれとも、模擬戦をしてくれともお願いしていない」
カタルがシールドのスイッチを切ると、ヤヨイはその方向に向かいながら吐き捨てた。
「貴方は無礼だ。すべての事に本気で取り組む俺の兄妹の上官に相応しくない」




