46. 為に、として、らしく
「一旦記者を全て外に出せ!邪魔する警備ははっ倒して良い!」
アッカーが声をはりあげる。記者の近くにいた騎士が出入り口へ記者達を押し込んでいく。
「ど、どういう事ですか!」
「今のはいったい誰なんですか?!」
「ミカグラユニットとは何ですか!」
「良いから出なさい。パーティは中止よ。会見は後日開くから帰りなさい」
カニサレスが扉を閉める。それから、ヘベルハスとドライドに近寄り、尋ねた。
「今の男をご存知ですか」
ドライドは苦い顔をして頷いた。
「知っているも何も、奴は全ての黒幕だ今回の作戦も、奴に仕組まれたようなもんだ」
「聞いた事くらいあるだろう、あのクラウディオ・ニッセンだ」
「…転生者の生みの親ですか」
「あぁ」
カニサレスはため息と共に腕を組んだ。元から悪い顔色がさらに悪くなる。
ノイマンも二人の元へやってくる。
「しばらくミカグラ兄妹は表に出せないだろうな。明日から情報の統制を掛けなければならん。近いうちお前達も呼んで円卓会議が開かれるだろう。準備しておけ」
「…わかりました。ヤヨイ達も呼びますか?」
「そうだな」
ヤヨイへと視線を向けると、リウノがちょうど駆け寄ったところだった。リウノが何かをヤヨイに話しかけると、ヤヨイは首を振った後、首を巡らせる。そしてノイマンと目が逢うと早足で歩み寄ってきた。
恐らくこの場の最高権限者だと判断したのだろう。若いというのに、判断力も十分培われているようだ。ヤヨイはノイマンの前に来ると、ノイマンが何かを言う前に進言してくる。
「元帥、お願いがあります。俺たち兄妹を謹慎という形でいいので一度一箇所に集めて隔離してもらえませんか」
「………、驚いた、其処まで頭が回るか。無論そのつもりだ。此方でも情報統制を行う。君達はこの事を初めて知った、良いな」
「了解です。伝えてきます」
踵を返して兄妹の元へ歩いていくヤヨイ。その後ろにぴったりと付いていくリウノ。
(金魚のフンみたいじゃな)
非常時だというのに、のんきな事を考えるノイマンの表情は、平常時よりも更に強面へと変化していた。
それを見てただならぬ事を考えていると勘違いしたカニサレスが気圧されながらその場を離れようとすると、アッカーがその後ろからカニサレスと肩を組んだ。
「ほーら、団長また怖い顔になってますよ。無意識に強張るの治りませんね」
「む、そうか。仕方ないな、ここが禁煙なのが悪い」
「ニーチェありまっせ」
「用意が良いな」
「ニコ中なんで、無いと死ぬんすよ俺が」
タバコと同じサイズの黒い棒状の機械を渡す。ノイマンが先端をスライドさせてあけると、アッカーがタブレットを詰めた。蓋を閉めてスイッチを入れる。ノイマンがじーっと機械を見た後で、それを口にくわえた。
実は、あのタブレットがニコチンの塊だったりする。それを専用の機械に入れて熱を加える事で気化、吸引する事ができる。煙が出ない事に加えて、摂取するニコチンの量を調節する事もできるのでこう言った禁煙スペースでは重宝される。
ただ、煙が出ないとどうにも吸った気がしないアッカーは、変わらず電子タバコを吸い続けていた。
カニサレスはリラックスしきっている二人を見て自分が焦った事が馬鹿みたいに思えてきた。あの発表は騎士団としては痛いはずなのに、どうしてこうもあっけらかんとしていられるのかサッパリわからない。
国民には公表しないはずだったミカグラユニットの存在。それは人が過ぎた力を求めないようにするために初めから一般人よりも強靭な素材とユニットを用いている騎士達にのみ伝えられた。それでも力を求めて反乱が起きる可能性は否めないはずなのに、国民という子数が増えれば、その可能性はぐっと跳ね上がる。こうして悠長に構えている余裕は正直無いはずだった。
睨むようにアッカーを見上げると、視線に気づいたアッカーは笑いながらその頭を撫でた。
「そー怖い顔すんなって。これ見てみ」
アッカーが騎士章を見せる。そこには、ヤヨイ達の姿が捉えられた写真と、その記事が載っていた。
「遅かれ早かれ、ユニットの存在はバレてた訳だし、誰が発表しようが変わりゃしねえ。むしろあのおっちゃんがやってくれたおかげで、ミナヅキ達には『初めて知った』っていう口実が使える訳だ。民間が嗅ぎ回ってこっちの尻尾を掴まれた時の方が、よっぽどめんどくせーのよ」
確かに、この出力は通常のユニットではあり得ない、し、その瞬間を捉えられたとあってはユニットに辿り着くのも時間の問題という訳だ。
「じゃあ、今はそこまで危険な状態という訳でも無いのね?」
「そういうこと」
「時にタイタスよ、お前、よく30越えた女にそんなこと出来るのぉ。感心するわい」
「ぇ? あ、あぁ、まぁ、昔馴染みなんで」
パッと手を離して苦笑いする。ヘベルハスの部隊にいた時と同じ様にやってしまった。
カニサレスもふぃ、と顔を背ける。
「どうせ三十路ですよ」
ボソッと溢した言葉を聞かなかったことにして、デリカシーの無いノイマンの言葉にため息をついた。
彼女は今日、久々におめかししている。普段の顔とは想像がつかないほど、彼女は美しい。恐らくこの日の為にいろいろとコンディションを整えてきたのだろう。聞けば、彼女のところにもミカグラ兄妹の一人が預けられたと聞く。彼女が部下思いなことを知っているアッカーとしては、今日くらい年齢なんて関係なく彼女の努力を認めてあげたかったのだが…。
(団長の言葉で引いちまう俺も弱いんだよなぁ)
自分の肝の小ささに辟易する。
会場のざわめきも落ち着き始めたところで、ノイマンは壇上に上がりマイクに声を掛けた。
「いつまでもたついている。パーティーは中止だ。今日昇格した彼等には悪いが、今日は解散とする。従業員も精神操作が解けたようじゃし、動ける者、手伝えるものは出来るだけ手伝ってやるといい。それから、今日のこのことは緘口令を敷く。悪いが他言無用にな」
司会の女性に向けて言葉をかけると、ノイマンの顔に気圧された女性が勢いよく首を縦に振る。
それだけ言って、ノイマンは壇上から降りる。
「それにしても、料理がもったいないのぉ。持って帰れるか?」
「え、ま、まぁ、手配は出来ますが」
「なら手配してくれ、かかる代金は総帥のツケで。奴め、間に合わせるとか言うておったくせに結局来んかったわぃ」
「まぁ総帥にもなれば色々忙しいでしょ。元帥が肩代わりできる仕事もあんじゃないすか?」
「え、嫌じゃよ面倒臭い。やつの方が若いんだからやらせておけ」
(うわぁ…)
会場の騎士達が先程の一言でまとまり始め、負傷者の確認からテーブルや椅子の片付けまでの業務を手伝い、会場は収拾がついたものの、他の騎士達の動揺は隠せない。
特にミカグラ兄妹の動揺は相当なものだった。驚きもあるだろう、焦りもあるだろう。だが、彼等が老人を見て一瞬で湧いたのは、怒りだった。全員が何も言わずに視線を落とし、一点を見つめている。
その拳は硬く握られていた。
もう、『何も出来なかった』は嫌だ。
ヤヨイは初めて失った二人を思い出した。
「っ!」
ハッとする。
思い出した。
彼等が最後になんと言ったのかを。
『生きろ、お前らしく…お前として』
『生きて、やっくんの為に』
二人は、生きろと言ってくれた。ヤヨイらしく、ヤヨイとして、ヤヨイの為に。
今まで押し殺してきたヤヨイはもういない。
自分らしく、自分として、自分の為に、今どうしたいか。
「決めた」
ヤヨイの言葉に全員が顔を上げ、そして目を丸くした。
笑っていた。
「俺は親父を殴りに行く。俺として、あいつのモルモットじゃなくて、俺の為に、俺はあいつを殴りに行く。あいつの考えてる計画なんて知ったこっちゃねぇ、あいつは親として、人としてやっちゃいけねえ事をした。だから俺はあいつを殴る。それでいい」
「兄さん…。そうですね、そうしましょう。僕も、一発殴らせてもらいます」
「私も、そうする」
「お兄様は、それでいいんですの?…私は、私はそんなことじゃダメだと思いますわ。奴はサツキ兄様とウヅキ姉様を殺しました。その前には、剣兄様と槍姉様も。奴には殴るだけでは足りない業があるはずです…!」
「そうだよ!悔しくないの!?私達が命懸けで生きたって、アレにとっては唯の実験動物なんだよ?!」
「私も、納得出来ない。奴がいる限り、私達に自由はない。仇を討つ理由はいくらでもある。兄さんにもあるはずだ」
「兄ィは俺たちよりももっとでっかいはずだろ!なぁ!なんでそうなるんだよ!」
怒りが、見える。収まりのつかぬ怒りが、表情という形を持って視覚化されている。
そんな怒りを、ヤヨイはまとめてかなぐり捨てた。
「お前らが本当にそうしたいなら、そうすればいい。その前に俺に殴らせてくれればそれで。俺は、俺のしたい事をする。そう決めた。そう言ってくれたから、そうする。それだけさ」
その笑顔に一点の曇りも無く、嘘も偽りも、ましてや兄としての尊厳もなかった。
ヤヨイは、兄からヤヨイになっていた。
カンナヅキはそこで気付いた。
自分はそんな兄になって欲しいからこそ、騎士に、彼と同じ土台に立とうとしたのだ。何度も、今までずっと、彼等兄妹を守り続けてきた兄に、恩を返す為に、みんなでそう決めたはずだ。
今やろうとしていることは、彼に恩を返すことに繋がるのだろうか?
彼は今、抑え込んできたものを前面に出してくれている。兄としてではない、ヤヨイとしての言葉を。
「それが、兄さんのしたい事か」
「あぁ、そうだ」
「………、変わったな、兄さん。兄さんじゃなくなったみたいだ」
その言葉を、肯定と取ればいいのか否定と取ればいいのかわからない。ただその顔からは、怒りが消えていた。