41. 次なる一手
老人は瓦礫の山の上に降り立つ。何処をどうやったのか、彼は宙を浮きながら、この場にやってきたのだ。瓦礫を見下ろし、小さくため息を吐いた。
一つ、回収出来なかった。白衣の腕部分の裂け目が、嫌に目立つ。
あの時、彼は失敗作としてのプライドを護った。生きるべきでは無いとわかっていながらも、抗い続けた彼は、最後の最後で、自ら死を選んだ。
人は、度し難い。
かく言うこの老人も、生死をとやかく言おうとは思わない。神が人に与えた寿命、いや、命そのものは、既に人の持ち物の一つだ。所有者次第で、活かすも殺すも容易い。死ぬまで生きるか、自ら死ぬか、身体を変えて生き続けるか。どれを選ぶも、老人が口を出すことでは無い。
シュバルツ=ディーン=ライオネル、彼がいれば、どれだけ神を悦ばせられたか。実に、惜しい事をした。
だが結果は覆らない。彼は死んだ。神の御下へ旅立ったのだ。
老人、クラウディオ・ニッセンは魔術師と呼ばれる程科学者として成功を収めていた。今の転生者が安全に転生できるのは、彼のおかげでもある。つまり、人為幽体離脱を可能にさせたのは彼がいたからこそだ。
そもそも、彼が人為幽体離脱の研究を始めたのは、魂そのものの存在を確定させるためであり、幽体離脱に関してはただの副産物に過ぎない。魂の存在が確定した今、次なる証明は神の存在である。
シュバルツは惜しくはあったが、契約通り、仕事はきっちりしてくれた。
改めて周囲を見回す。建っているビルも幾つかあるものの、ほんの一週間前まで人が住んでいたとは思えない光景だ。これならば、暫くは自分から目が離れるだろう。次の準備は着々と進んでいる。
老人が懐から小型のユニットを取り出す。掌サイズにまで縮小されたユニットに現出させる機構は無い、だが、逆の機構はある。
取り出したユニットが稼働を始めると、再利用されずに周囲に散らばった粒子がユニットに吸い込まれていく。主人を失った粒子に輝きはなく、まるで骨粉のような粉に見えた。辺り一帯の粒子を回収し終えたユニットは、その口を閉じた。それをまた懐にしまい、またふわりと浮き上がる。
(あと僅かだ。アレが完成すれば、きっと神も喜んでくれる。さて、次の協力者は逆側にしよう。やはり人間の身体の方が壊れにくい)
思い浮かんだ幾つかの施設に目星をつけ、空間転移装置のボタンを押す。装置は老人の思考を読み取り、即座にその地に彼を誘う。
小型化された空間転移装置は、実はまだ完全では無い。空間転移の法則、原理はミカグラユニットにも応用されている。空間転移装置は一度、身体を粒子状に分解し、それをデータ化して目的地に送信、粒子を再構築する事で空間転移としている。一つでもかければ元通りの復元は不可能だ。その為、安全に安全を重ねる為、現行の装置はかなり巨大なものとなっている。つまり小型化するということは、その危険を顧みない、という事でもある。そしてもう一つ、完全では無い理由がある。データを受け取る側が無い、という事だ。ではどうやって転移するのか。
それは装置自体が移動する、という事だ。データ化された身体を持ったまま、装置自体が読み取った地点に移動する。そして、データを吐き出して身体を再構築する。遠ければ遠いほど、自分が元に戻るのに時間がかかる。そのタイムラグが、命取りになる可能性もあるのだ。余裕があれば改良しよう、そう考えながら、一瞬で彼の姿は消えた。
因みに、ミカグラユニットは、身体に取り込まれている一部、ヒトで言えばカロリー、転生者で言えば電力を謂わばミカグラ粒子に変換し、放出している。粒子はユニットに設定された命令に沿ってその姿を変え、維持できる。もちろん、ユニットを所持している者の命令も受け入れる。だが、如何に所有者といえど、ユニットそのものにインプットされているプログラムを書き換える事はできない。
恐らく解析班にいるプログラマーが何年かかろうと、ユニットのプログラムを書き換える事はできないだろう。なにせ、ユニットのプログラムに使われている言語は老人が独自に開発した言語なのだから。
老人が次に地に足をつけた時には、もう明け方になっていた。目の前のラボラトリーを見上げ、一度背を向ける。
粒子化され、データとして保存されていた男を呼び出す。
「…?!」
「お目覚めかね、いい夢は見れたか?」
「オッサン…。………、ハッ!そういう事かいな」
白い炎に一瞬包まれた次の瞬間には、白髪になった男が立っていた。
「なんや、戦って死ぬ事も許されへんのか。ほんなら、ブラックも生きとるんか?」
「彼は死を選択した。期待が外れたようで悪いの」
レッドの顔から笑顔が消えた。老人の前に立った。
「それは、ホンマか」
「あぁ、この服が証拠だ」
避けた白衣の腕を摘む。シュバルツは回収される事を拒んだ、という事なのだろう。
男は少しの間老人を睨んだ後、溜息を吐いて背を向けた。
「はぁ…、アンタにキレたってしょうもないか。ここに居ないのがそれを証明しとるしな。それで?今度はワイに何させたいんや」
老人はこちらを見ていた監視カメラに笑いかけながら、こう言った。
「ここを、新たな拠点としたいんじゃよ」
レッドはそれだけでその意味を理解した。
「そーかい、ちょっと待っとれ。中のはどうするんや」
「いや、私を所長室の前まで連れて行ってくれれば構わない」
レッドはふーん、と言った後、研究所の扉に歩み寄った。恐らく大きさ的に正門だろう。中央研究所と書かれた看板と、至る所に見える監視カメラがレッドを見ている。豆腐のような建物に窓はなく、他に出入り出来そうな場所も無い。
レッドは腕を組んで少し考える。と、そこで自分の状況に気付いた。
服が無い。
「オッサン、服くれや。ジーパンとジャケットでええ」
老人はやれやれと首を振る
「やっと気づいたか」
「はっ倒すぞ」
「そういうな。どれ、今作らせよう」
何処からともなく現れた小型のドローン達が服を空中に投影、データ状の粒子を吐き出し、衣服を現出させる。出来上がった衣服をドローンがレッドに運んだ。
袖を通して、老人に尋ねる。
「友好的?」
「あぁ、極めて友好的に頼む」
その笑顔の裏側を見て、レッドも同じように笑った。
「りょーかい」
研究所の門に触れる。
ジュッ!と門が音を立ててその場に溶けた。裸足のレッドがそれを踏み抜いて研究所に入る。
「いい身体になったな」
「せやなぁ、ステキ粒子と混ざったおかげで、ええ身体になったわ」
合金が固まったのを見計らい、老人も続いて警報が鳴り止まぬ研究所へ足を踏み入れた。




