40. 光
(仕留め損なったっ…!)
(次が来る!)
(それより今のは?!)
(オリジナルとフォルクローレ、女の反応はある。生きている!)
(オリジナルをサルベージしろ三分の二はカバーに当たれ)
(了解)
複数の自分の声が頭の中で木霊する。視界は暗く、身体は重い。
何が起きたのだろうか。
先程自分は確実にドライドを仕留めた。仕留めるはずだった。
(剣…そう、デッケエ剣が飛んできて…)
真白で巨大な剣がビルを倒壊させた。崩れたビルはグリーンとドライド、更にはカンナヅキと他の個体を巻き込んでその形を失った。
無事な個体は早急にグリーンのサルベージを開始する。他の個体が言っていたように、ドライドとカンナヅキの反応はあった。しかし、二つの反応は纏まっている。
(あのタイミングでフォルクローレを回収したってのかよ、キチガイめ)
他の個体の視界と同期させ、周囲を確認する。粉々になった瓦礫は他の建物をも倒壊させており、最早道路は道路と呼べなくなっていた。
もぞもぞと瓦礫が動いているのを確認し、スポットする。カンナヅキが瓦礫を押し退けて出てくる。恐らく粒子を利用してドームでも作ったのだろう。ドライドも先程とあまり様子は変わっていない。
警戒しつつ、先ずは自分が出る。メインカメラが光を察知し、視界が戻る。瓦礫が退かされ、五体が自由になると、体の調子を確かめながら体を起こす。いつの間にかあの巨大な剣は消えていた。
「振り出し…、いや、俺が優勢。勝たせてもらう、フォルクローレ」
「抜かせ。なら俺と闘え、グリーンカラー。俺は貴様とケジメを付けに来た。有象無象に頼ってないでとっととケリをつけさせろ」
カンナヅキの支えを振り切って立ち上がる。
その姿を見て、グリーンの中にふつふつと、イメージが湧き上がる。
諦めが悪く、決してその闘志を絶やさない。
まるで、ヒーローのような、そんな眩しさを、感じた。感じてしまった。
「それともなにか、負傷兵にすら勝てないほど臆病になったか?」
「言うじゃねえか、その身体で今の俺とやろうだなんてな」
瓦礫の上に立ち、ドライドに言った。
「おう、表出ろや。お望み通りケジメ付けてやるぜ」
「そうでなくては困る」
ふら、と一歩を踏み出す。次の一歩は、しっかりとした足取りになっていた。
「フォル!無茶です!」
「無茶だろうが無理だろうがやるんだ」
ドライドはカンナヅキの制止を振り切りながらも、彼女に言った。
「これは、俺が先に進んで、お前と足を並べるための闘いだ。俺がやらなくてはなんの意味もない」
振り返らず、告げる。
「すぐに追いつく。待ってろ」
グリーンと共に、瓦礫の奥に消えて行ったドライドを、ただ見送ることしか出来なかった。
そんな自分に、無性に腹が立って、カンナヅキは拳を握った。
「さっき、言ったな。フォルが弱くなったと」
「あ?それがどうした」
30あまり残るグリーンの群れに向かって、カンナヅキは踏み出す。
「強い人間なんて居ない。誰もが弱さを抱えてる。それを肯定して、人はやっと強くなれる。強くあろうと出来る」
「…なにが言いたい」
「自分の弱さも認められない貴様と、フォルを一緒にするな」
ギュィッ…!
ユニットが音を立てて再稼動する。白い光を灯したユニットは、カンナヅキのトンファーを白く染め上げる。
(白…?その発光は見たこと無いぞ)
(まだ何かあるっていうのか、このユニット)
それぞれの武器を構え、最大限の警戒を張る。一挙手一投足、見逃さない。
ぎゅ、とカンナヅキが握る。それと同時に後列舞台の銃が火を噴く。だが、当たらない。いや、弾かれている。フルオートの弾丸が、一つ一つ、片手で弾かれている。
冗談では無い。こちらの火器は十本ほど。マガジンには100発入る軽機関銃だ。それを全て吐き出して、彼女に擦り傷の一つもつけられていない。
前衛の足が止まる。徐々に、カンナヅキの手足も白く染まっていく。やがてカンナヅキの腕はトンファーを取り込んでその形を変える。
握られたのは、射出機だった。
その射出機から、凡そ2mはある杭が伸びている。
パイルバンカー。
カンナヅキは新たに生み出した武器を構える。
ドッ。
爆発音はなかった。ただの踏み込みが、グリーンの理解を超える。
ゾク、とユニットを貫く様に、杭が突き刺さっている。カンナヅキの肘打ちは最早トンファーでの打撃ではなく。杭による刺突と化していた。杭が刺さった個体は、突如として目の前に現れたカンナヅキをゆっくりと見下ろして、その場に崩れた。音に反応した他の個体も動揺が隠せない。消えた、そうで無いとしてもそうだった様にしか見えなかった。カメラをハイスピードカメラに切り替える。だがそれも遅い。
ガッ!
胸元にあてがわれたバンカーのトリガーを引く。ガシュッ!という音と共に、杭が貫通する。長すぎる杭は打出された後も他の個体を巻き込んで遠くビルの壁に突き刺さった。一度に五体が壁に縫い付けられる。それを目で追ってしまう。注意がそれたカンナヅキは、ただ力任せに、杭を彼等に打ち付けた。
逃げ出す暇も、悲鳴をあげる暇もなく、あっさりと、ミカグラユニットを手に入れて強化されたはずの彼等は、蹂躙された。針山に一人佇んだ彼女は、それでも尚、己の無力さに膝をついた。
結局、自分では彼を変えることができなかった。彼に寄り添って、心の闇を取り除くことが出来なかった。
ユニットが元の色を取り戻す。
「カンナ」
声を掛けられ、顔を上げる。四本目線のヘルム型兜、ミナヅキだ。
「副隊長は?」
「…グリーンカラーと、一対一を」
「そっか…、無事ならまだいいかな。でも何でそんな項垂れてるんだい?」
カンナヅキは震える声で、尋ねた。
「兄さん…私は……結局見てるだけしか無いのか?あの人と並んで行こうって、決めていたのに…あの人は…」
ゴン!
「いっ! ?!?!??!」
脳天にチョップを叩き込まれ、目を白黒させたカンナヅキに、ミナヅキはヘルムを取って口を開く。
久々に見た、彼の怒り顔だった。
「カンナは自分本位に考え過ぎだよ。カンナはどうして副隊長の所に行ったの?」
「それは…なんだか、一人にしておけなくて…」
「そうだよね?隊長から副隊長の事は聞いたよ。僕も放っておけないなって思うくらいのトラウマさ。それを抱えたままじゃあ、副隊長は前に進めない。そう思ったんでしょ?」
頷くカンナの兜を剥がして彼女の目を見る。
「だったら、最初からカンナと副隊長は並んですらいないんだよ。それなのに並んでいこうだって?カンナが一方的に先に進んでただけじゃないか。副隊長は、フォルクローレ・ドライドは今、カンナと並ぶための一歩を踏み出したんだ。君がそれを待っててあげないで、受け止めてあげないでどうする。こんな所で項垂れてる場合かい、カンナ。君には行くところが、見届けないといけないものがあるだろう?」
カンナヅキは力強く頷く。ミナヅキはカンナヅキの脇に手を差し込んで持ち上げ、立たせた。
「行っておいで、カンナ。それから、二人で帰っておいでよ。僕も待ってるから」
返事もせずに、一目散に走り出したカンナヅキを見送って、ミナヅキは煙草を咥えて火をつける。一呼吸して、フーッ、と口の端から白い煙を吐き出して、近くの壁に寄りかかった。そこへ、フミヅキがやってくる。ヘルムを外していたミナヅキを見て、自分の兜を外しながら、ミナヅキの隣の壁に寄り掛かる。煙草の煙に少し顔を顰めながらも、ミナヅキから離れようとはしなかった。
フミヅキは見ていたのだろうか、カンナヅキの胸の白い光を。自分の胸を見下ろして、もう一度白い煙を吐く。
わかっている。こういう物は、生まれの早さや修練度の差ではない事を。どれだけ修練を積んだとしても、決して掴むことは出来ない事を。
カンナヅキより、弱い意志を持ったつもりはない。志の高さで言えば、彼も負けていない。いないはずだった。
(剣兄さんも…槍姉さんも…こんな気持ちだったのかな…。いや、そんな事考えられなかったか…)
今は亡き二人の兄妹を思い浮かべ、それから、ヤヨイの事を思い出した。
ヤヨイは、誰よりもその二人と仲が良かった。自分達よりも、ずっと長く二人といた。その二人を一度に、しかも自らの手でやらねばならなかった彼の気持ちを、汲み取る事は出来ない。ウヅキやサツキが亡くなったと聞いた時も、ミナヅキは頷く事以外出来なかった。
自分は情が薄いのだろうか、そんな事を考えていると、隣から咽せる声が聞こえた。
「あ、ごめん、今止めるよ」
「いい、吸ってて。ミナヅキは、もっと吐き出していい。言葉にしなくても、煙でもいい、もっといっぱい吐き出して、楽になるべき」
ミナヅキは携帯灰皿を出そうとした手が止まり、フミヅキに向けて目を見開いた。
それから、その手をフミヅキの頭に乗せた。おかっぱの黒髪が指の分だけ少し沈む。
「ありがとう、フミヅキ。弱い兄でごめんね」
フミヅキは首を振る。
「そんな事ない。さっきカンナも言ってた。強い人なんていないから、ミナヅキもそのままでいい」
先ほどの戦闘を、フミヅキを見ていたようだ。ブルーを引き渡すように頼んでそれほど時間は経っていなかったはずだが、ヤヨイに似て仕事も速い。
「弱いままでいい…か…」
ミナヅキは暗くなった空を見上げて白い息を吐いた。
(それもそれで、複雑だなぁ…)
そんなミナヅキに励まされ、カンナヅキは二人が死闘を行っている場所を探した。兜を置いてきたせいで、バイパスから居場所を探る事も出来ない。微かに聞こえる打撃音と、金属同士がぶつかり合う音だけを頼りに、カンナヅキは走る。
だんだんと音が近づくに連れて、周囲のビルに凹みや傷が見えてくる。近い。首を巡らせ、周囲を伺いながら歩を進める。
ザザッ!
飛びのいてきたドライドがカンナヅキの前に着地する。だがカンナヅキに気づく事なくまた踏み出した。先ほどの姿よりも、なおボロボロになりながら、彼の目は先程よりも生きていた。いや、今まで見てきたいつの時よりも、生きていた。死ぬつもりなどさらさらない、そんな目だ。
また金属音が響く。呻き声の後、グリーンの声が聞こえた。
「クソ…、人間のくせに、しぶてえやつだ。なんで俺がこんなに押されなきゃなんねえんだよ…」
「………、」
ドライドが無言でナイフを構える。言葉など不要。彼には、帰らねばならぬ理由がある。そばにいてくれると言った彼女の元へ、帰らねばならぬ。四肢がもがれようと、卑怯者と罵られようと、使えるものは全て使う。この戦いで、勝ちだけは譲る事は出来ない。勝ってケジメをつけなければ、自分は彼女と共に歩む事は出来ない。
彼の目が生きる。
胸の塊が、砕けていく。
(そうだ、誰かに砕いてもらおうなどという甘い考えは捨てろ)
走り出す。
(男なら、自分で砕け…!)
グリーンは持っていた電磁剣を横になぐ。それを掻い潜り、スライディング、足下を掬う。だが次に繋げられない。グリーンは空いていた手で地面に手をつき直ぐに体勢を整える。それはドライドも同じく、スライディングの状態から地面を殴り、少し身体を浮かせると、伸ばした脚を地面につけ、逆側に方向転換する。
振り出し、ではない。
ドライドが距離を詰めるほんの僅かな時間で、ユニットは驚異的な速度の稼働を始める。グリーンの振り上げた電磁剣が網目状に変化し、更に幅広に巨大化する。ドライドは既にアクセルを掛けており身体はグリーンに向けて飛び出していた。
かわせない。
(だったら…!)
懐へ一気に飛び込む。
振り下ろすタイミングに合わせて身体を屈める。振り下ろされた剣がドライドと接触する迄に出来た小さな、コンマ以下分のラグを、使う。
使えるものは、全て
歯をくいしばる。
(間に合え…!)
踏み込み…
(間に合え!)
捻り…
「ァアアッ!!!」
振り上げる!
金属がぶつかる鈍い音がした。
グリーンの手首が宙を舞う。
(ここから…!)
捻った身体を更に捻り、回し蹴りを放つ。踵に仕込んだナイフがグリーンの鼻先を掠める。そのままグリーンはその脚を蹴り上げる。
「ぐっ…!」
足から嫌な音が聞こえる。痛み止めがまだ効いているのか、痛みはまだ感じない。違和感が足を支配する。だがそれに構っている暇はない。続け様に繰り出されたグリーンのハンマーキックをガードする。嫌な音はしなかった。が、その衝撃で吹っ飛ばされる。片脚では踏ん張りが利かず、そのままゴロゴロと地面を転がった。地面を這うように、手に力を込める。持っていたナイフは直ぐそばに刺さっていたが、手を伸ばす事が出来ない。痺れた腕は、身体を持ち上げる事すらも阻害する。
グリーンは悠々と、ドライドに向けて歩いていた。
「臆病者が…随分と余裕…じゃないか…」
息も絶え絶えなドライドに、グリーンはナイフの前で足を止めて言った。
「臆病者には、臆病者なりのプライドがある。俺は、お前に光を見ちまった。ヒーローのみてえな光を。それが、俺のプライドを引き上げちまった。俺が憧れたものを持ったお前に、俺は負けたくないと思っちまった。だから俺はお前を喰らう、呑み込んで、その光を俺が貰う」
「アバドン…か」
「そうだ。俺が持ってるもんは、全部他人が持ってたもんだ。だからその光も俺のモノにする」
刺さっていたナイフを引き抜く。
「いいや、お前にはやらない」
ゴバッ!
「なっ!」
爆発、ナイフを持った腕が粉々になる。
(さっき全部使い切らせたハズ…!)
その為に自分はわざわざ隙を作ってナイフを投げさせていたのだ。この最後の一本だけは、ドライドが徹頭徹尾離さず持っていた為、仕掛けは無いと思っていた矢先にコレだ。
「クソッ!」
飛び退こうとしたグリーンより早く、胸にワイヤーが突き刺さる。
ユニットの内側に、重りが入り込む。
「お前が見た光は、俺のもんじゃない」
目の前に伏していたドライドが、指を折った。
「俺の女の光だ」
ユニットの内部で爆発が起きる。ユニット内部の不完全な粒子では爆発を抑える事が出来ず、グリーンの体が内側から膨らむ。ユニットが完全に動きを止め、グリーンの動きが鈍くなる。恐らく万が一の為の予備電源も積んでいるのだろう。
それに切り替わるのを待ってやるほど、ドライドは優しく無い。
足を掴んで引きずり倒し、バリバリとグローブに電流を流す。這うように頭の位置迄に身体を運び、今かけられる全体重を掛けて、頭に叩き込んだ。
青い光が飛び散り、グリーンの体が完全に停止した。
意識せず止まっていた呼吸がその役割を思い出す。荒い呼吸でその場に転がり、ごろりと仰向けに寝そべった。痛み止めは吹っ飛んだ時に切れたようだ。代わりに、アドレナリンがその役目を継いだのか、痛みはまだそれ程感じられない。
大きく一呼吸を置いて、呟いた。
「終わった…」
長かった。
15年、砕けなかった塊は、今は跡形も無い。
「メイリー…、好い加減…俺も歩こう」
仮面を外して暗くなった空に告げる。
「ありがとう」
振動が地面から伝わる。それと一緒に、彼女が駆けてくるのが視界の端に見えた。
(あぁ…)
その視界も、薄暗くなっていく。最後に見えた光は、眩しかった。
(やっと、並べた)




